ATONEMENT FOR DEATH , UNFORGIVABLE KILLING
「ギシャアアアアアアアア!」
辺りには魔物の叫び声だけが響く。その光景を南条のスーツに搭載されたカメラ越しに見ていた渡辺は戦慄する。
「1万℃……漫画じゃないんだから、そんな温度になるはずがないじゃない。そもそも、1万℃なんて大概の物質の発火点を超えるわよ。どうなってるのよ」
彼女の見るモニターには炎の内部温度は1万℃だと出ている。だが、周囲は少し明るく、熱い程度のもの。現に、1万℃を超える炎が近くにあるというのに、住宅が全焼しないし、南条が生きている。
そもそも、そんな炎が噴き出しているのであれば、地面が溶けてどんどん沈んでいくはず。
そんなものを見せられたらいやでもわかる。
真司の戦う相手は科学を超越したなにかであるということを。人間はおおよそ対抗する道すら薄い相手を敵にしているということを。
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「キシュウウウウウウウウウ……」
いったん体内のガスを全て放射しきった魔物が攻撃をやめると、徐々に炎が引いていった。
真っ赤な炎が引いていくと、燃やされていた真司の姿があらわとなる。
燃え尽きたかに思われたが、彼は健在で顔を覆うように腕を組みながらその場に立っていた。
そしてその体は炎のように赤く、青龍がいるはずの装甲は玄武のものに変わってマントを羽織っている。
「何℃か知らねえけど、今までの俺だったら死んでただろうな。なんでお前、今まで出てこなかった?お前のその力があれば人界を滅ぼすのなんて簡単だっただろうに」
「ギシャアアアアアアアア!!!!!」
「まあ、会話を持ちかけても無駄か。強いのは強いが、セクト級の中では下位のほう、ぽいし、っな!」
そう言うと真司は瓦礫のところに歩いていき、棒切れを拾う。その鉄くずは剣へと形状を変えて、彼の手の中に収まる。
「さて、仕返しだ。覚悟はいいな?」
「ギシャアアアアアアアア!」
突然真司の覇気によって空気が変わる。それを敏感に察知した魔物が怯えながら叫び、炎を吐く。だが、彼に同じ技は二度も通じない。―――いや、わかりやすい手を何度も受けるほど弱くない。
自身の生み出した剣を空に掲げ、思いっきり振り下ろす。その瞬間、吹き出された炎は二つに割れて、相手までの道を作る。
その現実離れした光景に、作り出した本人はなんの感慨も産まないまま相手の懐に飛び込んでいく。
その勢いのまま相手を両断しようと彼は剣をもう一度振り下ろすが、魔物によけられてしまう。一定の距離感で炎を撃たなければいけない。あまりに近すぎると、炎の照準が合わないことをわかっているようだった。
「戦い慣れしてるな。本能で戦い方を理解してるみたいだ」
「もしかしたら変異体かもしれないな」
「変異体?」
「ごくまれに魔物種の中で特筆した能力を持った魔物が生まれるときがある。その最たる例が、ほとんど知能がない種の中に、卓越した知能を得るものがたまにいるのだ」
「こいつがそうだと?」
「ああ、確信はないが、セクト級にここまで戦いを組み立てる脳はない。そもそも、自身の射程圏など理解などするはずがないのだ」
その言葉を聞いて、真司は一旦魔物から距離を取った。
「なら、こっちも剣じゃないほうがいいかもな」
そう言うと彼は腰を抜かしているスーツ装着者のもとに行くと、落ちていた装備品を奪っていく。しかし、その武器にはセキュリティロックが―――
「こんなものすぐに解除して―――」
そう思い力を込めようとした瞬間、ショットガンが起動した。
―――解除されたのだ。ロックされていたはずの武器が何者かの手によって。
『はあ、今回だけよ。0号、携行ショットガンは壊しても構わないわ。そんなものよりもっと高性能なものを作るから』
「ありがとよ、誰だか知らねえけど」
『こちらこそ感謝するべきね。あなたにはいつも助けられてるわ』
そんな会話をすると、左手にショットガン、右手に剣を装備したまま走り出す。
「ギヤアアアアアアアアアア!!!」
「おらああ!」
さきほどと似たような光景が広げられる。
炎は剣先から二股に割れ、道を切り開く。
剣を掲げたまま、進み炎を割りながら魔物を探す。
それを察知したのか、一歩ずつ進んでいくと炎の強さが一段ずつ上がっていく。だが、バーストクリムゾンの防御力の前に意味をなさない。
そうしていくうちに真司は魔物のもとにたどり着き、前に掲げたままの位置から最速で剣を振り下ろした。すると、魔物の口は切れ、炎を吹き出す器官が壊れてガスが体の内部に逆流し始める。
ガスを溜める器官以外に流れ込むことで、内臓がその高温に耐えられないうえに、相手の体がどんどん膨張を続けていく。
「ギヤアアアアアアアアアア!?」
「熱いだろう?でもな、死ぬほどじゃねえだろ?だからな、お前は死んでいった人間に報いなきゃいけない」
「キシュウウウウ……」
「もうわかるよな?死は死を以て許される。だけど、許していい殺しはない。お前はもう死んでも、誰にも許されず救われることはない、ってな」
「ギヤアアアアアアアアアア!!!!」
殺意を敏感に感じ取った魔物は自身に致命の一撃が飛んでこないように剣にしがみつこうとする。だが、彼はそれを膝蹴りで顔面を捕らえながらのけぞらせる。
後ろ側に振られ、頭が上を向いたところを狙って、彼は持っていたショットガンの口を額に突きつけて言った。
「……死ね」
周囲に響く大きな重厚音。次の瞬間には、魔物の頭が吹き飛んで残された首から下が静かに倒れ伏せ、灰となって消滅する。
それを確認した真司は、持っていた剣を鉄くずに戻し、ショットガンを南条の方へと持っていく。
装着員のそばに行くと、真司はショットガンを目の前に投げ捨てるようにして渡し、背を向けて歩き出す。
ただ何も言わずに立ち去ろうとする彼は―――
―――足を止めた。
彼の背中に先ほど使用したものとは違う武器が向けられていた。そして、向けている本人はただ一人だけ。
「0号、あなたを捕獲します」
「なにをとち狂ったんだか……そっちがその気なら、装備品の一つや二つ、壊れても構わねえよな?」