START THE TRIP
「ほら真司!早くいくわよ!」
そんな言葉とともに、彼女はスーツケースを転がしながら早足で進んでいく。
そこまでテンションが高いのはいいが、それに真司と明音はついていけていない。
「アリスは元気だな」
「旅行できるってのが楽しいんだろうよ。でも、本当に指定席取ってよかったのか?こんな直近で予約したら高いだろ?」
「まあ、そうだけどな。あたしは絶対に指定席には座りたくないんだよ」
「へぇー」
「昔、親と旅行に行ったときに、自由席で座ったんだが、座れなかった奴があたしたち家族のスーツケースの上に座っていやがったことがあって、それ以来家族で指定席以外使わなくなったな」
「まあ、金で安心を買ったってことか」
現在の3人の荷物は個人の背負うリュックなどを除いた大きいものは3つ。
そのうちの2つは真司と明音の着替えなどが入ったスーツケース。これは真司と明音、それぞれが引いている。
もう一つはアリスが自分の家から持ってきた荷物や着替えなどがすべて入っている。
面白いのが、アリスのスーツケースのほうが明音たちのものより大きいことだろう。
しかし、アリスがリュックを背負わずに、すべてスーツケースにぶち込んだのもあるのだが、それにしても大きいのだ。
そして、真司が男らしく彼女の荷物を持とうとしたのだが、顔を真っ赤にした彼女に拒否されて、今に至る。
「明音さん、新幹線は何号車に乗るんですか?」
「14号車だ。改札から少し距離があるから、あんまり飛ばし過ぎると疲れてしまうぞ」
「わかってますよ。でも、楽しみなんです。新幹線―――というより、電車に乗ること自体あんまりなかったんですよ」
「アメリカって公共交通機関とか使わないのか?」
「うーん、車社会だから基本車だし、基本車がつかえないような距離って言われたら飛行機使うレベルだったから、あんまり鉄道に乗ったことないのよね」
「じゃあ、母さんが飛行機じゃなくて新幹線選んだのは良かったのかもな」
日本で初めて乗る新幹線に興奮が抑えきれないのか、少々アリスははしゃぎ気味だ。それが悪いことではないのだが、行楽シーズンということもあって、今の駅構内は混み気味で少し目を離したらアリスを見失ってしまいそうだった。
そのせいで真司はそわそわするが、それを察知した明音は彼に言う。
「荷物、あたしが持って行ってやるから、アリスのところに行ってきな」
「いや、さすがにそれは……」
「いいんだよ。これでもまだ力は衰えちゃいないよ」
「そういうことじゃないんだけど……」
「いいから、ガキは親に甘えとけ」
「ガキって言う年齢でもないんだけど―――まあ、いいか。とりあえずアリスと駅弁でも見てくるわ」
「ああ、私はここで待ってるから。そうだな……30分後にはここに来いよ」
「わかった―――おーい、アリスー?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、駅弁ってなにがあるのかしら?」
「うーん、正直俺もよくわかんない。でも、興味が惹かれるのはカツサンドとかかなあ……あんまり焼き魚とかあんまり好きじゃないし」
「なに?真司って魚嫌いなの?」
「いや、焼き魚とか煮魚ってまずいわけじゃないけど、骨とかよけながら食うの億劫だなあとか思ってたら、いつの間にか好きじゃなくなってた。だからかはわかんないけど、刺身とか寿司は普通に好きなんだよ」
「ほえー、わかんないわ。私は太刀魚?の焼いたやつはすごくおいしかったのを覚えてるわ。パパも大好物みたいで、1回だけ日本食の店で食べたことあるのよ。でも、パパ曰く日本のほうが脂がのってて、質のいい奴は比べ物にならないくらいおいしいって言ってたわ」
「……あれ?俺たち駅弁選んでたよな?いつの間に焼き魚の話になってたんだ?」
二人はイチャつきながら店の前にあるメニュー表を眺める。
ラインナップは数えきれないほどあるが、真司とアリスはほとんど絞り切っていた。
「じゃあ、俺はこれで」
「私はこっちのお肉のにするわ―――ていうか、お金は大丈夫なの?」
「おれは母さんにもらってるからな―――1万も……こんなにいらないよ」
「いいじゃない。いっぱい食べるのならそうしろって言われてるんでしょ?」
「いや、多分アリスの分も入ってる」
「え?いや、私は……」
真司の言葉に狼狽えるアリスを無視して、彼は彼女より先にレジに行き、注文をする。
真司の弁当は800円程度のカツサンドを、アリスは自分で買うことを想定していたので2000円近くする弁当を購入する。アリスの弁当は中身がよさそうだったので真司は2つ買っておいた。無論、自身の母に渡すためだ。
彼の見立てでは荷物番しているためにこういったものは変えていないだろうと踏んだからだ。
購入後に弁当を受け取った彼女は少しだけ不服そうな表情をする。もちろん、勝手に購入されたからだ。
「真司、私だけこんな高いのを買ってもらっちゃって―――卑しいみたいじゃない」
「気にすんなよ。本当は自分で買おうとしてたんだろ?それはわかってるから」
「そうじゃないわよ。私は明音さんの厚意で一緒に来ているのよ?お弁当代までお世話になるなんて……」
「いいんだよ。母さんはそのつもりで万札渡してるだろうし、お金のことより旅行を楽しもうぜ」
真司の言葉にある程度納得はしたのか、アリスはスーツケースを引きながら歩き出す。
「ん、スーツケース持とうか?」
「だ、ダメよ!これだけはダメ!」
「お、おう……そうか」
さりげなくスーツケースを持つと言ってみたが、またも断られる。
なぜこんなにも拒否されるのか不思議に思いつつも、持たれたくないのなら仕方がないと諦めて彼女の隣を歩く。
しばらくすると、先ほどの場所が見えてきて明音が二人の視界に入ってくる。
彼らを見つけた明音は2つのスーツケースを引っ張りながらこっちに向かってくる。
「何食べたいか決まったか?」
「ああ―――あと、母さんにはこれ」
そう言って真司が取り出した弁当を見て、明音は度肝を抜かれる。
「おま、これ―――高いやつじゃないの?」
「うん、2000円くらい」
「真司、あたしのなんて安くていいんだから、二人でいいもん食べろ」
「いや、母さんもいいもの食べてくれよ」
そんなやり取りをしながらホームへと進んでいく。
これが彼らの旅行の始まりだ。