NOTHING BEATS THE TRUTH
「いやぁ―――南条君の活躍は凄まじいね。さすがエースだよ」
「この私が出ているのです。当たり前ですよ」
「ははは!その自身ももはや頼もしいな!」
聴聞会にて、スーツの装着者として戦った南条は上層部に褒められていた。
だが、彼にそれが響くことはない。コネや権力闘争で得た立場でふんぞり返り、前線で命を張ることに恐れをなした腑抜けたちの言葉など響くはずがない。
しかし、それを口にすることはない。言えば、ろくなことにならないのは馬鹿でもわかる。
「いやはや、君の活躍のおかげで、世間のDBTの風当たりは幾分かマシになったよ」
「なら、早くスーツの量産体制を―――」
「それなんだがね……あの女狐―――渡辺君が、一切のデータを非開示にしていてね」
「なら、そのセキュリティを超えればいいだけのことでしょう?一応情報系に強い人はいるでしょう?」
「それなんだがね。おそらく渡辺君が全国の警察で一番情報に強いんじゃないかと言われていてね。そんな人が作ったものだからね、誰もそれを破れないんだよ」
この上層部のメンツが言うように、渡辺はスーツの戦闘情報や武装情報などはすべて開示しているが、どんな製造方法なのか、どんなプログラムを組んでいるのか。その製造に必要な情報のすべてを秘匿している。
それでも実践投入されているのは、それ以外に魔物―――デモニアに対する手段がないこと、そして圧倒的な実績のおかげだ。
彼女のこのやり方は上層部から非常に嫌われている。だというのに、採用しなければならない状況だから、ことさらにいら立ちが溜まってしまうのだ。
「南条君の言う通り、量産体制を取ることができればデモニアへの集団での対抗力が強くなる。政府も国家予算を回す用意はできている。まあ、最悪の場合、性能は劣るにしろ、量産できる力のほうがいいという選択を取るかもしれないがな」
「私が説得してきます。少なくともスーツひとつだけでは、どのみち破損してしまえば、装着者がどれだけ有能でも戦えません」
そう言うと南条は聴聞会を行っていた部屋を出て、DBT待機室に向かっていった。
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コンコンコン
「はーい」
「失礼します」
「あら、たかだか1体のデモニアを倒しただけでつけあがってる南条君じゃない」
「あなたの選んだ装着者は、どうやら撃破実績はないみたいですけどね。私の才能を見抜けなかったことを悔いるのはいいですが、八つ当たりはやめてください」
「ちっ、用がないのならさっさと出ていってくれるかしら?正直目障りよ」
あからさまに拒否されているのに南条は少し眉をしかめたが、あくまで気にしていない体を装って言う。
「渡辺さん、スーツの必要データの開示をしてください。今回の件で、我々はスーツを装着した状態での戦闘並びに撃破であることが証明されました。このまま量産体制を作り―――」
「開示しないわ。さっさと部屋から出ていきなさい」
「なぜですか!ここで量産体制を作らなければ、刻一刻と犠牲者は増えていくんですよ!」
「問題ないわ。今のスーツだけじゃない。0号だっている」
「敵か味方かも定まってない相手を信じるんですか!」
「じゃあ、あなたは誰に助けられたの?―――それに、新しいスーツがもうすぐできるもの」
「ほう、ではさらに効率的に相手を倒すことができるんですね」
新しいスーツということを聞いて、南条は嬉しそうにする。
あまり好まない人物が使っていたスーツをそのまま流用で使うことに、ちょっとした抵抗があったので、新しいものを支給されることがわかると、今の自分の話が頭から離れてしまう。
しかし、彼女から発せられた言葉は無情なものだった。
「なにを勘違いしているのかは知らないけど、このスーツは伊集院君専用よ」
「なっ!?」
「もちろん、今のスーツはあなた専用にチューンナップするわ」
「チューンナップって―――あのスーツはなにも壊れていませんよ……」
「馬鹿ね。あのスーツそのものが私の思っていたものではないのよ。欠陥部分を修正して、もう少しましな戦いをできるようにしてあげるわ」
「ふ、不完全なものでこの私を戦わせていたのですか!」
「私じゃない。私の論文を見て、どうにか再現したものを無理ねじ込んできたのよ、あなたの媚びへつらっている上の人間がね」
その言葉を聞いて、彼はなにも返せない。返しても、聞くべきではない話を聞かされてしまう。しかし、反論したい気持ちは確実に募っていく。
「不完全なシステムでよく勝ったわ。でも、それだけでやっていけるほど甘くないわ。スーツとの親和性が低いながらもデモニアに食い下がり続けた彼のすごさがわからない、認められないというのなら、あなたは強くなる見込みはないわね」
「ですが、事実として私が結果を残している。なら、最新の技術は私が―――」
「結果結果って……それしかないの?男なら、気に入るか気に入らないで決断しなさい」
そう言うと彼女はパソコンに向き直る。無言ではあるが、キーボードを高速で打ち続ける彼女の背中からは今すぐいなくなれと無言で圧を駆けられているような気になる。
「あ、あとね。スーツの量産だけはしないわ。あなたみたいに目の前のことしか考えられてない馬鹿のせいで、私の技術が発端になって日本が戦争国家になるのは嫌なの」
「それは我々がしっかりと管理すれば―――」
「馬鹿なの?今の国際情勢も加味すれば、戦争反対とだけ言うだけではいられないかもしれないのよ。あなたはエリートのわりになにも考えられないわね。日本に戦争という名の暴力はいつもすぐ近くにあることを、忘れちゃいけないのよ」
金槌で殴られたような感覚。
だが、彼の考えは変わらない。民間の犠牲の数を考えれば、悠長なことは言っていられない。
量産するべきだし、もっと本格的にDBTの人員を増やすべきだ。だが、その肝心のトップが研究馬鹿で上層部に嫌われる女。その上、自分より前の装着者を適任だとか言う始末。自分の方が結果を出しているはずなのに。
ストレスがたまる。イライラする。この感情をどう表現するべきかわからない。
怒りというありふれた感情でありながら、形容しがたいほど歪んだ気分。殺したいとは思わないが、今すぐ消し去りたいと思えるほどのどす黒い感覚。
自分で想いながらも気分が悪い。本当はこんな気持ちを味わいたくないが、どうしてもいら立ちが抑えきれない。
そんな彼が部屋を出る選択肢を取ったのは、社会人として良識のある選択を取れる当たり、彼の忍耐力は相当なものだったのだろう。