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BEING THE SAME ALSO MEANS BEING DIFFERENT

 時は少し戻って、真司と別れたばかりの車を見る。

 中には、後部座席に座るアリスと運転するアリスの母がいた。


 当のアリスは、後ろで静かにしていたのだが、バックミラー越しににやにやしていたのが見られたのだろう。彼女の母親も不思議に思う。


 「ふふっ」

 「あら?楽しそうね、アリス」

 「なんてたって、真司たちとお泊りなのよ?大好きな人と旅行なんて心躍るに決まってるわよ」

 「真司君と旅行に行くのね?いつから、期間はどのくらいなのかしら?」

 「うーん……詳しいことはわかってないけど、それはわかったら連絡するわ」


 そう言うと、彼女の母は納得したように意識を完全に運転に戻した。

 ただ、娘の恋愛事情は聴きたくなるのが常というもので―――


 「真司君とはどこまでいったの?押し倒した?」

 「それは―――したけど意味なかったわ。手が震えてる。行為に対する忌避感を感じるから、私がそれを乗り越えられる時にしよう、って断られちゃったわ」

 「あら、それでも押し切ったりしないの?」

 「無理よ。心の奥底を見透かされてたし、多分あれ以上やったら真司は本気で抵抗してきたわ。そうなったら、私じゃ押し倒せるほどの力はないわよ」

 「そう……でも、アリスの場合、早くあの思い出を塗り替えないと―――恋人との優しいものに変えないと一生傷として残るわよ?」

 「それは……わかってるわ」


 母の言葉で思い出されるのは、あの忌々しい日のこと。たった一度マネージャーに嵌められるような形で起きる寸前になった惨劇。なんとかその場は逃げ伸び、バックレるように芸能界を去っていった。


 幸い舞台での活躍のみで、テレビに顔が出ていなかったのが幸いして、界隈の人間以外はそこまで騒ぐことはなく、早々に逃亡できた。日本に引っ越したのは、この一件が原因ではないのだが、父の転勤の話がぴったり来て、じゃあちょうどいいと乗っただけなもの。


 「でも、今のままでも私は十分幸せよ?」

 「本当?」

 「体の繋がりじゃない―――本当に心から通じ合っていると思える人。それが真司なの。あいつといるときは嫌なことを忘れていられるのよ」

 「そう、それならよかったわ」

 「まあ、私は真司ならめちゃくちゃにされてもいいし、まぐわいたいとも思ってはいるわよ?」

 「アリス、そういうことは外で言っちゃダメよ」

 「わかってるわよ。せいぜい真司を誘惑する時くらいにしか使わないわ」


 そう言うと、今度はなんだか彼女の母は呆れたようにため息をついて一言だけ言った。


 「もう何をしてようと、アリス―――私の娘が笑顔で幸せになれるのなら、なんでもいいわよ」

 「ありがとう、ママ……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「よぉ!」


 後輩と一緒に歩いていると、突然後ろから声をかけられる。

 声の方を向くと、後輩に合わせたくないかつ、自身も会いたくない相手がそこにいた。


 「なにしに来た……」

 「おいおい酷いじゃないか。実の父親に向かって」

 「え……先輩のお父さん?」


 少ない会話を聞いて、後輩は驚いた。

 それは真司とその父親を名乗る人物があまりにも似ていなかったからである。


 確かに言われてみれば、目元が似ているようにも見えるが、この少ない時間での所作も人相も全く違う。


 「答えになってないぞ。なんの用だ?」

 「だから―――父親に対する言葉遣いってものがあるだろう?」

 「お前を父親だなんて思ったことねえよ。俺も母さんも最初から父親はいなかった。もうそうやって生きてきてんだ。今更関わって来るんじゃねえよ」


 そう言うと真司はさりげなく後輩と実父の間に立ち塞がる。


 その行動をなにかと勘違いした男はにやりと笑う。


 「そいつがお前の新しい彼女か?」

 「……」

 「やっぱりお前は俺と同じだよ」

 「なにが言いたい?」

 「女をとっかえひっかえして、己の欲望のために生きる。お前もあの女は捨てたんだろう?」

 「はぁ……だから、母さんも捨てたのか?」

 「ああ、体は良かったからな。レディースだとかなんとか言っても、所詮は女なんだよ。一発ヤッて、優しくしてやれば簡単だったよ。まあ、妊娠するとは思ってなかったけどな。馬鹿なおかげで、数年間はあの女で抜いて、飯も食えたからな。いい女だったんじゃねえか?」

 「そうだな……母さんは馬鹿かもな」


 真司は言葉を反芻させ、意見に同意する。だが、彼の頭にはいろいろなことが駆け巡っていた。


 確かに明音は直情的なところがあって、理論的に攻めるタイプではない。元夫のクソな部分を長く見抜けなかったし、利用された。それは明音が純粋な人であったがために、好きな人を疑わなかったためだ。


 それを馬鹿だと思うのも悪いことでも、間違ったことでもない。だが、それでも真司の母で、その役目をただの一度も放棄したことはなかった。

 母親らしいことは説教を何度も受けたこと。自分の行動をただ何も言わずに見守ってくれたこと。そして、彼が危険なところにいたら、本気で怒ってくれる。


 旅行とか家族らしいことは難しかったかもしれない。だが、それを不幸だなんて思っちゃいない。

 だって明音は―――


 「そうだろう?あのバカ女のそばにいるより、義理の母でも父親がいる方が幸せだろう?」

 「結婚したのか?」

 「ああ、俺も少しは落ち着かないといけないと思ってな。高校の時に躾けた女を嫁にしてやったよ。家事も仕事も、お前の相手も全部やってくれるぞ。お前の馬鹿母のおかげで慰謝料もなかったから、借金もないし、最高だ!」


 その言葉を聞いて、真司はゆっくりと男の方に歩みを進めていく。


 「せ、先輩……?」


 明らかに人道に反した行動に後輩は驚き、裾を掴んで止めようとする。だが、真司はそれを振り払って相手の方へと向かう。


 彼の表情は少々下を向いていて見えない。だが、男は歩み寄ってくる真司の姿に勝利を確信した。だが、男の考えとは裏腹に、強い衝撃が男を襲う。


 フッと、真司が消えたかと思えば、下から思いっきり加速した衝撃が襲ってきて、男は弧を描いて宙を舞った。


 「ぐえ……な、なにするんだ!?」

 「失せろ。問答は無用だ」


 真司の目は怒気に満ちていた。そして、その怒りは明音の無念。そして、バカにされた気持ちが高ぶったものだった。


 ―――そう、明音はいつだって真司を見捨てなかった。


 水泳を辞めたときも、学校にサボりがちだと呼び出されて怒られたときも、説教はしても人格否定は絶対にしなかった。

 そして、説教の次の日は豪勢な料理が用意されていた。わざわざ忙しい仕事を早退してまで。


 その愛を否定されるいわれも、バカにされるいわれもない。


 「クズはクズでもベクトルが違う。お前と俺はクズなのは同じかもしれないが、俺にはお前みたいに女を道具としてないがしろにすることはできねえよ」


 そう言うと、真司は心配そうな後輩を連れて、その場を去っていった。

 残された男は、憎しみにも似たような目で真司を見ていることは、この時誰も気づかなかった。

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