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SOMETHING LIKE THE PRIDE

 宿泊の予定も決め、行き先も決め、とりあえずやりたいことの終わったアリスは自宅へと戻っていった。

 真司は送ろうかと聞いたのだが、どこかにアリスが連絡してからほどなくして彼女の母が運転する車が迎えに来た。


 リムジンなどと現実離れした車ではなかったが、少なくとも真司が一目見ただけでも高いとわかるほどのスポーツカーに乗ってきた。

 彼的にはそれでも現実離れしていると文句を言いたかったが、結局何も言えずに彼女を見送った。


 「アリス、本当に金持ちなんだな……」

 「まあ、浮世離れはしてるな。あれで俺のこと好きとか言うんだから、びっくりだよ」

 「だけど愛情表現もちゃんとしてくれてるんだろ?」

 「まあ、そうだけどな。俺の方が足りてるのかたまに不安になるよ」


 そう言って真司はどこか遠くを見つめる。

 自分は愛情表現をしているつもりだが、それでもアリスの一つ一つが大きく、自分でも届いているのかと不安いなることは少なくない。


 彼はアリスに、忘れようとしていた感情を思い出させた責任を取ってほしいのだ。

 まあ、なんとなくメンヘラじみたことだが、それくらい自分の感情を揺さぶった彼女が、彼の中で大きくなっているのだ。


 そんな彼はなにかを思い出したように顔を上げると、明音に言う。


 「ちょっとコンビニ行ってくる」

 「そうか。気を付けるんだぞ」

 「高校生だし、俺がそこらのごろつきにどうこうされるわけないだろ?」

 「それでもだ。母親が自分の息子を心配するのは当たり前のことだろう?」

 「それもそうか―――まあ、気を付けていくよ」


 そう言うと彼はラフな格好のまま家を出ていった。


 そんな彼の後姿を見送ると、明音はなぜか涙が出てきていた。

 理由なんてわかってた。このやり取りが後何回出来るのか、もうわからないからだ。


 明音はなにも真司から聞いてはいない。だが、言われないとわからないわけではない。

 なんで自分いなにも言わずに2年以上も戦い続けたのか。考えれば、そんなに難しいことじゃなかった。


 重大なことを隠していたかったから。そして、明音に隠すようなこと。そして、たまに見る彼の体の不調。彼の死が近づいているのは、言われずとも火を見るよりも明らかだった。


 だから彼女は身を引きたかった。

 今の家族じゃなくて、新しい家族を―――その疑似体験だけでもしてほしかったから。彼女はその一縷の願いを今回の旅行にかけた。そう、彼女がホテルの部屋を取ったのはそのため。


 そして、その布石は着々と望む結末に近づいてはいる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 真司がやってきたのは、家から一番近いコンビニ―――とはいっても、歩いて10分くらいかかるのだが。


 「ったく、住宅街で近くには2時間に1本しか機能してないバスしか走ってないって、本当に都市部かよ。コンビニも駅周辺にしかねえから、結局最寄り駅まで歩くはめだし」


 そうやって文句を言いながら入った彼が一番最初に向かったのは、コンビニスイーツのコーナーだった。


 日常的に戦う彼は以外にも極度の甘党なのだ。こうしてたまに甘いものを買ったり、新しい店を見つけたらふらっと入っていったり、割と甘いものに目がない。

 そんな彼だから、だいたいのコンビニチェーンのスイーツは制覇しているわけだが、今日はほかにも用事があった。


 その目的を果たすために真司は、日用品置き場へと足を向ける。そして、商品を手に取ったとき―――


 「あれ、先輩?」


 いつかの陸上部所属の後輩に見られてしまった。


 「……」

 「十神先輩、なにして……あ、あぁ……」

 「その声の出し方はやめてくれ」

 「その、先輩も男の人なんですね。喜瀬川先輩とですか?」

 「まあ、そうだな―――あいつ以外、俺恋人はおろか友達すらいないしな」

 「悲しっ。あれ、でも、私たちは友達じゃないんですか?」

 「は?」

 「だって、先輩の秘密を知ってますし、そりゃ遊びに行ったことはないけど、さすがにそれは喜瀬川さんに悪いし。学校で仲良く話せるくらいなら、もう友達ですよね?」


 距離感は近かった。だが、悪い気はしない。年下に友人だと思われていたことが嬉しいし、全然相手にもできていなかったのに、あちらから自分を大切にしてくれているのは正直感動ものだった。

 自分の話を聞いて、まず理解してくれないと思う気持ちがどうしても先行していたから。


 だからと言って、彼が美穂たちに話すことはしない。それが悪手だということも十二分に理解しているのだから。


 会話もほどほどにしてそれぞれが会計を済ませると、またコンビニの外で落ち合うことにする。


 会計が早く終わった真司は外で後輩のことを待っているが、その間も自分の買ったものをどうしようか考えていた。というより、アリスにどう切り出そうか悩んでいた。


 「お待たせしました、先輩」

 「別にそんな待ってないから気にすんな」

 「先輩そこは、『ううん、今来たとこ』ですよ」

 「いや、俺がさっきコンビに出たの知ってるだろ」

 「たはー……それにしても意外でしたね」

 「なにがだ?」

 「俺は誰ともそういうことしないー、みたいなスタンスじゃなかったですか。先輩って」

 「そうだな。でも、それは俺考えであって、俺のことを知ってもそれでも、って言うアリスのことを無視するのは彼氏としてどうなのかって感じるところもあるんだよ」


 話の内容は察しが付くだろうが、二人とも直接的な表現は用いない。

 真司は女子に対しての配慮だし、後輩も直接言うのは恥ずかしいのだ。


 「だけど、どういうときに相手を誘えばいいのかいまいちわかんないんだよね。雰囲気が大事って言われても―――なあ」

 「だったら、二人でまったりしてる時に肌をくっつけ合いながらキスをするのはどうです?私的には全部を求められてる気がして、嬉しいですけど……」

 「全部を求める、か……」

 「でも、喜瀬川先輩なら先輩が一声かけるだけで準備してくれるんじゃないですか?」

 「ぶっちゃけ、そんな気もしなくもないな。でも、あいつにもあいつなりの理想のシチュエーションとかないわけじゃないだろ?それにあてはめられなくても、あいつの思い出に残るようにしたいからさ」

 「はぁ……」

 「なんだ、ため息なんかついて?」

 「いえ、ただ私も先輩みたいな優しい彼氏が欲しいなーって」

 「やめとけよ。優しく見える奴ほど棘があるもんだ。人生のパートナーはもっと性格が一致するやつにしとけ」

 「人生の先輩としての助言ですか?」

 「いや、戦うものとしての持つべき矜持、ってやつかな?守りたい人とそうでない者の差、みたいなもんだ」


 真司のその言葉が後輩に響いたのかわからない。だが、後輩の彼女は少しだけ感慨深そうな表情をするのだった。

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