THE PLAN OF MOTHER
「今度どこに行くか決めましょう!」
朝起きて一番に口を開いたアリスは、いまだ寝起きで目をこすっている真司にそう言った。
「どこ行くって、海じゃねえのかよ」
「どこの海に行くか、よ!ほら、私はこっちの修学旅行に行けてないんだから!」
「別にいいもんでもないぞ、あれは」
確かに真司は去年―――高校2年の夏に修学旅行で沖縄に行った。
とは言っても、彼にこれと言った友人はいないし、ろくに話せる人もいなかった。
それどころか、内陸の方で観光している最中に海の方で魔物が出現したのだ。
その時間が自由行動だったからはぐれて迷子になったという少々強引な言い訳も通すことができたが、彼にあまりいい思い出はない。
せいぜい言うならば、海中戦闘が非常に難しく、苦戦を強いられたことぐらいだろう。
本当に思い返すほどの楽しい思い出がない。
そして、アリスをそれを見透かしたように一言だけ言う。
「それはあなたに友達がいなかったからでしょう?」
「的確に抉るようなことを言うな。まあ、あのときは精一杯だったし、まだ今みたいに余裕を出せるほどじゃなかったんだ」
「今は余裕みたいな言い方ね?」
「そんなことはない。でも、経験のおかげか昔よりは幾分か気持ちが楽なんだよ」
「そういうものなのね……でも、昔と違って私がいる。少しは沖縄を楽しめるんじゃない?」
「うーん……もうすでに行ってるしなあ」
「じゃあ、どうするのかしら?」
二人でうーん、と首をひねりながら考える。
アリスは海に行きたいようだが、それならば別に都市近郊でも行ける。だが、初っ端に沖縄を持ってきたということは遠出の旅行もしたいのではないかと考えた真司は、ある提案をしてみる。
「九州……福岡とかどうだ?」
「海行けるの?」
「海もあるし、福岡はすごい観光名所があるかって聞かれたら黙るしかないけど、あそこは飯が安くてうまいからなあ」
「なにがあるの!」
「うおっ!?」
安くてうまい飯。そう聞いてアリスは一気に食いついた。そう言えば彼女はお好み焼きもおいしそうにかつ初めて食べると喜んでいた。
まだ言っても日本に来て数か月しかたっていない彼女は、まだ博多ラーメンとかを食べたことはないのだろう。
「と、豚骨ラーメン―――博多ラーメンだな!あ、あとは―――探せば色々あるぞ!」
「本当?海も行けて、ご飯も食べれるの?―――そこに行きましょう!」
「飯が関与すればなんでもいいのか?」
「そういうわけじゃないわよ。でも、真司と一緒においしいものを食べるのは一つの幸せに思わない?」
「そりゃ思うけど……」
「なによ、文句あるの?」
「ありません」
こうして旅行先は決まったのだが、もう二つほど彼女には決めなければならないことがあった。
「さて、まずは泊りにするかどうかね……」
「いいだろ、3泊くらいしても。どうせ学校も休みなんだし、自由気ままにいようぜ」
「別にそれでもいいのだけれど、この町はどうするの?いつ魔物が攻めてくるかわからないのよ?」
「別に青龍の魔術もあるし、探知さえできればこっちに戻ってこれる。それにDBTもいるしな。持ちこたえてはくれるだろ」
「楽観的ね……」
「世界の命運と恋人の願望―――比べるまでもないってことだ」
「でも、世界が終われば……」
「人ってのはな、予測のつかない未来より、目先の欲望を満たしたくなるものだ―――まあ、つまるところ、俺も所詮人間ってことだ」
その言葉にアリスは黙ってしまう。ただの厨二病じみた発言。だが、その言葉の真意には、まだ自分が人間だと、そうしがみついている意があるように思えた。真司の状況を知っているなら、なおさら感じ取れてしまうものだった。
少し重くなったこの空気をどうにかしようと、アリスはもう一つの提案をする。
「じゃあ、泊りで行くことにして―――お義母さんはどうするの?」
「母さん?連れてくのか?」
真司がそう言うと、アリスは限界まで彼の耳に近づいて囁く。
「あなた、明音さんに自分の残りの時間のこと伝えてないんでしょう?」
「そうだけど……」
「私を大切にするのもいいけど、ちゃんと親孝行しなさい。失ってから―――ううん、失わせてからじゃ何もかも遅いのよ」
その言葉に真司ははっとさせられた。
自身の母だからと無下にする理由はない。そんなつもりもなかったが、今回の旅行はアリスと二人きりで行く気満々だった。だが、残りの時間、母との時間だって大切なはずだった。
「そうだな。母さんも一緒に行きたいな」
「なら、早く聞きに行きましょう」
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「なに?福岡に行きたい?行って来ればいいじゃんか」
「そうじゃなくて、母さんも一緒に行こうって話なんだよ」
「あたしが?いいって、恋人同士で楽しんできなよ」
旅行の話を提案すると、明音は即座に渋った。
真司たちの真意を知らない彼女は、二人の仲を邪魔すまいとしているのだ。
ただ、そこは二人も譲れない。
結局、親孝行ではなく、大人の金銭力を頼みにしているという、二人にとっては呑み込んでいいのかわからない理由で明音を連れていくことになった。
「じゃあ、行くことになったからには大人の余裕ってやつを見せてやるか!」
「さっきまで渋っていたとは思えない勢いね……」
「いいじゃんか。あっちでの料金も全部払ってくれるみたいだし……」
「私は自分で払うわよ。たぶん受け取ってくれないから、真司に渡すけど……」
「えぇ……俺に押し付けるなよ」
「嫌よ。自分のお金持ってるのに、よその家の人のお金で豪遊なんてしたくないわ」
「自分お金で豪遊ってどんだけ金持ってんだよ……」
「ざっと4桁万かしら?たかってもあげないわよ?」
「そんなつもりねえよ。でも、そんなに持ってるのか。売れっ子だったのは本当なんだな……」
明音を放置して会話をしていると、その当人から言葉をかけられる。
しかも、なぜかにやにやしている始末だ。
「ホテルはあたしが予約して大丈夫か?」
「いいですけど……大丈夫なんですか?」
「まあな。恥ずかしい話、真司のことをちゃんと遠出に連れて行ったことないから、今回に金使っても文句言われないだろ?それに、この家建てるくらいにはちゃんと収入があるんだ。まあ、繁忙期は死にそうになるけどな」
「たしかに立派な家ですよね……」
「アリスの家なんか敷地面積も考えると、数倍あったぞ……」
「……!?もしかして、あたし、本物の金持ちにマウント取ったのか!?」
「そ、そんな……金持ちなんて……」
アリスのお金事情。少々気になることではあるが、家の中は旅行のことで頭がいっぱいになるのだった。