DON'T KNOW WHAT NEED TO KNOW
カチャ
敵との戦いを終え、帰ろうとしていた真司に向けて銃が構えられる。
それをしたのは、その場にいた南条以外の警官たちだ。
今回自衛隊はなぜか出動せず、現場の判断に完全に一任されていた。それはDBTの出動も関与しているためではあるのだが、その場にいた警官たちは上からの命令の一つである『0号を捕らえるか討伐しろ』という命令を忠実に守ろうとしていた。
「なんだ?俺とやろうってのか?―――気乗りはしないなあ……」
「動くな!」
「はぁ……銃口向けたくらいが脅しになると思ってるのか?」
彼は自身に警告を発した警官に向かうと、なんら躊躇なしに銃口を掴む。その際に真司は射線から外れ、残った左手を相手の胴に押し付ける。
「もう一度聞くぞ。銃くらいで脅しになると思うか?」
「くっ……」
「やめてください!」
彼が警官に詰め寄ると、ほどなくして制止の声があたりに響く。
声の主は頭と背中の装甲が激しく損壊している鉄塊―――もとい、南条の姿だった。
その声を聞いた真司は、特段攻撃の意思はないのですぐに放す。
「あなたたちもです!銃を下ろしてください。どのみち私たちが勝てるような相手ではありません。ここはおとなしくするべきだ」
その言葉とともに、真司が制圧した警官以外の人も軒並み銃を下ろしていく。
別にたかだかハンドガン程度の鉛玉で死ぬほど彼はやわではないが、それでも銃を向けられるストレスから解放されたのは大きい。目に見えて真司の周りを渦巻いている緊張感がなくなった。
「あなたの正体、目的。ほかにも色々と知りたいことはありますが、私の損傷も激しいので長く時間を取れません。とにかく、今回は助けていただきありがとうございました」
「気にするほどじゃない。いつかその恩を返してくれればいい」
「はい―――あなたが我々に敵対することがなければ、ですがね。さあ、引き上げますよ」
そう言って南条率いる人員はその場を去っていった。
南条の後姿を見ながら真司の思ったことは一つだけ。
「一言余計だろ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいまー」
戦いを終え、彼の帰ってくるところは一つ。
自身の自宅がそんな場所であることを幸せだと思いながら、彼が玄関で土足を脱ぐと、間髪入れずに金色の物体が飛び込んでくる。
「おかえり!もう、ご飯できてるわよ。さ、早く―――」
「待て待て。俺は飯より先に風呂に入りたい派なんだ」
「なんで?」
「外出て来たな体のまんまで飯食いたくないんだよ」
「じゃあ、外食はどうするの?」
「その返しは卑怯だと思う」
そんななんでもない日常会話をしながら時間は過ぎていき、いつの間にか寝る時間になっていた。
今日はアリスが泊まっていくらしく、彼女はちゃっかりお泊りセットを真司の部屋に運んでいた。
「俺の部屋に泊まるのは絶対なんだな?」
「当り前でしょう?私と真司は恋人同士。一緒に寝るくらい、なんてことないわよ」
「そうなんだけどな。俺もアリスがいると、色々と暖まるから助かるんだけどさ」
「じゃあ、いいじゃない。ほら、布団に入るわよ」
そう言うと彼女は乾かしたばかりの髪を揺らしながら布団の中に飛び込む。
そうしたかと思えば、彼女は掛け布団を少しまくり上げ、真司の入れるスペースを作りながらこっちに来いと手招きをする。
「完全にやってることが男のそれなんだよな。まあ、アリスが楽しそうに幸せそうにしてるなら、なんの文句もないけどさ」
「いいのよ、どんなに男っぽいことしたって、真司は私のこと大好きなんだから」
「自信満々だな」
「あら、違うの?」
「なにも間違ってねえけど」
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明音は真司とアリスの情事が聞こえていた。
決して聞き耳を立てているわけではないが、どうしても聞こえてきてしまう。
布団をバサバサとする音。イチャイチャする声。意図せずに聞こえてきてしまう。
そんな仲の良い声を聞かされてしまっては、少しだけ寂しいものだ。
少し前まで自分だけの息子だった彼が急に恋人を作った。少々驚きはしたが、献身的に彼に尽くしてくれる姿を見て、この子しかいないのかもしれないと思った。
しかも、彼のしていることも知っているとなればなおさらだ。
彼が帰ってくればいの一番に抱きしめに行くし、彼が傷ついていたら自分の睡眠すら削って看病する。
自分の息子はさぞ幸せ者だろう。そう思う反面、少し、切羽詰まり過ぎているような気がする。
卒業間近の恋人とはいえ、プライベート中のべったりが過ぎる気がする。
いや、いつか結婚するとなれば普通なのかもしれないが、それでも高校生がそんなことになっているのは少々疑問が残る。
自分のように火遊びで他人を巻き込んでしまい、その相手を幸せにしようとしているのならおかしくないかもしれないが……
「ちっ、嫌なものを思い出してしまった……」
彼女が思い出したのは、もう10年以上前の記憶。愛していた相手に愛されていなかった絶望。そして裏切られた怒り。色々な感情がせめぎあって息子にすら辛く当たってしまった。自分が駄目な母だと自己嫌悪に陥るあの出来事。
本当なら嫌われてもおかしくなかった。関係を壊してもおかしくなかった。
だからこそ、今でも自信を母だと慕ってこの家にいてくれる真司を、明音は狂おしいほどに愛していた。
「とにかく子供は卒業まで我慢しておけよ……?高校中退なんてしたら、ろくに就職できる世の中じゃないんだから、さ……」
そんな明音の呟きが二人の元に届くことは絶対にない。
彼らの情事が明音に漏れても、だ。
明音には二人の幸せが、この先未来永劫続けばいい。愛し合うもの同士が依存し合いながら助け合って生きていく。
なにも悪いことはない。そう、愛さえあれば―――二人は幸せになれるはず。
ただ、この時の明音は知らなかった。いや、知らされていなかった。本当のことを。
いつまでも続くと思っていたこの幸せが突然終わりを告げるものだと。
それが戦いのさなかであったとしても、どれだけ幸せか。それをかみしめるときは刻一刻と迫っている。