THE INVISIVBLE
姿を現した相手と対峙する真司は、静かにメイズへと形態を切り替えた。
理由は単純で、相手が見えなくなるのなら頼りになるのは聴覚や触覚になる。そうなると、よりそれらを察知しやすいメイズが正しい選択ともいえる。
「姿を変えた……?」
「なんだ、俺のこと知らねえのか?まあ、そこまでのことは報道されてるわけでもねえし、当たり前っちゃ当たり前なのか?」
「ふぅ……すぅぅぅぅ……!」
目の前の相手が大きく息を吸ったかと思えば、気づいたら姿が消えていた。
だが、彼の探知から逃れることなどできない。
相変わらず呼吸音が聞こえない。姿を現した時、一定間隔で吸って吐くを繰り返していた運動の音が聞こえない。それでも彼の耳にはすり足で砂利を削るわずかな音やわずかに変化する空気の流れを感知し、完全に敵のいる場所を把握しきっていた。
漫画のように安直に後ろにいるということはない。というよりは、少しずつ移動している。
彼の右側について、動きを止める。それがブラフなのか、それとも次の攻撃への準備なのかは真司にはわからない。ここは直感で行くしかない。ブラフなら突っ込んで負ける可能性はある。だが、攻撃の準備状態なら突っ込んで阻止するのが早い。
どんな攻撃手段を持っていて、どれだけの破壊力があるかわからない以上は撃たせないことに越したことはない。
「青龍、玄武……お前らはどう思う?ちなみに俺は攻撃前だ」
「我に異論はない」
「そうだな。我らがほかの感覚で見えることがわかっているとは言ったが、それでも奴らは透明状態になった。それだけなら罠の可能性もあったが、距離が少し遠い」
「明らかに距離を利用し、近接を織り交ぜることを想定している位置取り。その感じなら、まず安全圏から中距離攻撃だ」
ならばメイズの能力で銃を生み出し、撃てばいい。
普通ならそう思うだろうが、あいにく変形させるものが近くにない。この状況で既存のものを破壊して作るのも時間猶予的に厳しい。
「まあ、だからってメイズで近接できないわけじゃないんだけどな……!」
「……!?」
自分が今どうするべきか考えた彼は、躊躇なく敵の気配のある場所に飛び込む。
先ほどの組み手で相手の身長を把握した彼は、透明のまま首を鷲掴みにした。
「ぐえ……」
その瞬間、嗚咽しながら会入れが姿を現した。
首を掴んだことによって頸動脈が締まり、脳での思考が鈍ったためだろう。
「契約者のメリットは、人知を超えた力を手に入れ、魔物にはさらなる力を手に入れるための手段となる。双方にとって、戦うのならメリットのある関係―――それは知ってるな?」
「ぐ……それ、くらい……しって、る」
「傷の回復速度、危篤状態からの生還などは契約している魔物の魔力量や魔術行使の能力によって異なるが、おおもとの運動能力や生命期間は契約者自身―――つまり、人間の体に比例することになる」
「なにが言いたい……」
「お前、透明になるとき、呼吸止めてるだろ?」
「……っ!?」
自身の透明化のからくりを見破られたのか?どうなのか一瞬で相手は動揺する。
なぜバレたのか、相手自身はほとんど能力のことは口にしていない。だというのに、どんどん自分の力がバレていく。それは非常にまずい。
「おそらく呼吸を止めることによって、一時的に循環器の働きが微弱になるんだろう。それを利用して、魔力も一時的に体内の同一箇所で停滞させ、変化を促さないようにする。体の中で全身を覆うだけで何もしない魔力はお前を包み隠すように姿を隠すのだろう?」
首を絞められながら聞かされたその話はほとんど正解だった。
ただ、唯一違うのは、覆い隠すように魔力を使っているのではない。魔力を確かに皮下で覆っているのは確かだが―――
「いや、カメレオン系の魔物と契約しているように見えるな……。皮下で魔力を結晶化して、極粒の結晶の間隔の操作による反射色の操作か?」
バレていないと思ったことも看破された。
なにも開示していないのに能力を少し見られただけで、すべてを見破られた。
「……ぬわああああ!」
「ぐっ……」
追い詰められたこの状況に、相手は耐えられず、発狂しながら攻撃してきた。
真司はその攻撃を捉えることができず、頭にもろに食らってたたらを踏む。
そのおかげで彼の手は離れ、相手は解放された。
「けほっけほっ……」
「なんだ今の攻撃?まあ、カメレオンで速い攻撃。この二つでだいたいわかるか……」
一瞬後退しても、特段相手と離れたわけではなく、せき込む相手の胸倉をつかむと、そのまま後ろに投げる。
叩きつけるように背中を地面に落とし、バウンドさせる。
さっきまで苦しかったのに、今度は突然背中を襲う衝撃に戸惑うが、実際の行動はなにもできずに一瞬だけ相手は宙に浮いてしまう。
真司はそこに間髪入れずに、首と右手を掴み地面に組み伏せ、そのまま走り出す。
ズガガガガ!、と地面を抉りながら進んでいき、家屋の壁に叩きつけて停止する。
「ぐ……ど、どうして……同じ、契約者なのに」
「ぽっと出が勝てるだなんて思うなよ。漫画じゃねえんだ。初出のやつが勝てるほど甘い世界じゃねえ。そもそも、俺とお前じゃ経験が差があり過ぎる。そんなこともわからねえのか?」
ド正論だった。普通ならそう。だが、相手もそれを夢見ていたわけではない。ただ、ここまで実力に差があるとは思っていなかったのだ。
「お前たちが……」
「あ……?」
「お前たちが魔物を倒すから、世界が危ないんだろうが!」
「は……?なに言ってるんだ?魔物が、魔界があるからこっちの世界が危ないんだ」
「違う!お前はなにも知らないからそんなことを言えるんだ!」
魔物がいないと人界が滅ぶ。その発言は看過できるものではないが、だからと言って、はいそうですかと言えるものでもない。
しかし、真司が黙ったことを好機と見た相手はさらにまくしたてる。
「お前はその契約した魔物に騙されてるんだ!魔界の目的は、世界の統合だ!二つの世界は滅びかけてる。だから、二つの世界を―――」
「違うな」
「……青龍?」
相手の話を聞いた青龍が、突然しゃべりだし、相手の言葉を遮った。
「魔王の目的はただ一つ。人間への復讐だ。なにも知らないのはお前の方だ。いや、知らされていないほうが正しいのか?」
「そんなわけっ!」
相手がなにかを言おうとしたが、突然一帯が霧に包まれ始める。
「霧……?」
「仕方がない。時間切れだ」
「お、おい!カメレオン!まだ俺は―――」
「無理だ。ここは一旦引いた方がいい」
そんな声が聞こえた後、霧が晴れたが、そこにはもうさっきの相手はいなかった。