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MISFORTUNE AND HAPINESS

 「あれ?お前、十神か?」

 「げっ、長谷川先生……」


 ショッピングモールから帰る途中、真司はこれまでに会いたくなかった人物と出くわす。

 授業で一緒の空間にいたが、できる干渉しないようにしていたが、彼を見つけると絶対に何かしらしてくる人。


 そして、彼のスポーツ推薦を許可してくれた人物。


 中学時代の恩師の犬山だった。


 「お前、仮にも元顧問なんだから、『げっ』とか言うなよ」

 「い、いや……お久しぶりです」

 「授業でも会ってただろ?まあ、ちゃんとこうやって話すのは久しぶりかな?」


 先生がそう言った瞬間、真司の前に立ちはだかるようにアリスが立つ。

 特段目の前の相手から嫌な気がしたというわけではないが、真司のほうが明らかにおかしかった。


 「……?なんで、こんなに警戒されてるんだ?……というか、どこかで見たことあるような?」

 「あなたがいると、いっつも真司の音がぐらつくわ。あなたが悪人じゃないのはわかるけど、今の真司に良い影響を与えるとは思えないわ」

 「アリス……」

 「はは!十神、良い彼女ができたな。お前の弱い精神面を支えてくれるいい恋人だ」

 「そう、ですね……」


 アリスの言葉に、長谷川は一切動じない。

 それどころか、会話を続けようとする。


 「学校でお前の話を聞いた。サボり魔だとか臆病者だとか、ひどいのなんか女を捨てたクズだなんて言われてたな」

 「……っ」

 「あなた、なにがしたいの?真司を追い詰めたいの?」

 「―――でも、お前はそういう奴じゃない。スランプで腐ったのはいただけないが、それでも一つの命を守って水泳をやめた。それは私は臆病だとも逃げだとも思わない」

 「先生……」


 長谷川の言葉で、真司は少しだけ話に耳を傾ける。

 本当は学校で自分がどう言われているかを、長谷川に一番知られたくなかった。だが、知ってくれたからこそ、こうしてしっかり話そうとしてくれている。


 「十神……と?」

 「喜瀬川アリスです」

 「喜瀬川か。ちゃんと話がしたい。俺の奢りでいいから、ファミレスにでも行かないか?」


 真司とアリスはその提案を断る理由などありはしない。

 ただ言われるがままに彼らは長谷川についていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 店についた彼らは、店側に迷惑だけは書けないように注文はした。

 真司はハンバーグ。アリスはパフェを。長谷川は適当にコーヒーでも頼んでおいた。


 店員が去っていくと、長谷川はすぐに本題に入った。


 「怪我はどのくらいひどいんだ?」

 「今はもうなんともないですけど、もう全力で泳ぐのは諦めました」

 「そうか……お前がテレビに映るの、少し期待してたんだけどな」

 「治ったところで、空いてた期間もあるし、いつ痛みが出てくるかわからないんじゃ、どのみち選手生命は終わってますよ」


 嘘だった。本来なら、体の半分が運動ができなくなるほどに不全だろう。ただ、今は状況が違う。

 犬山の目の前にいるのは、事故の怪我を思わせない彼だったから。


 余計な心配をさえまいと彼はとっさに嘘をついてしまった。


 「じゃあ、なんで学校の授業をサボりがちなんだ?」

 「それは……成績さえ維持できれば、文句はないでしょ?」


 そう言って自身が授業をサボることを正当化する。そうでもしないと、彼が授業を抜ける口実を見いだせない。


 しかし、それは長谷川には通じなかった。


 「お前が真面目なのも、頭がいいのもわかってる。だからお前は授業を聞くだけで、大概のことを理解できる。そんなお前が出席するだけで済ませられるものをわざわざ休む必要がない」

 「別にいいでしょ?別に友人がいるわけじゃない。学校に行くこと自体もそこまで意味を感じてないんだから」

 「はぁ……確かに、必要ないかもな」


 否定の意はなかった。

 長谷川は真司が頭のいい生徒であること知っていたし、真面目であることも知っていた。だからとは言わないが、高校に来て、彼の評価を知ったときは少しだけ驚いた。


 しかし、そこには彼なりの真意があるのではないか。そんな予感がしていたし、3年間大事に育てた教え子のことを簡単に見放すことができないのだ。


 彼の目を見ればわかる。嘘をついていること―――何かを隠すための嘘であることも。

 だが、それを話したいと思っていないのなら仕方がない。


 「まあ、なんであの時に真っ先にいなくなったのか問いただしたい気もするけど……いいか。十神なりの考えがあるんだろうな」

 「……」

 「私がいなくなる前に話してくれとは言わない」

 「……いなくなる?」

 「ああ、言ってなかったな。あと数週間もしないうちに、私は海外に行くことになってるんだ」

 「な、なんで……?」

 「なに言ってるんだ?私は一教師以前に、指導者だ。だから海外に発つ前にお前と会話がしたかった。それだけだ」


 唐突のカミングアウト。

 いや、中学の頃から指導者としてのスカウトは海外から受けていたという噂は耳にしていた。だが、本当に行くとは思っていなかった。


 「今の部員には申し訳ないんだけどな。やっぱり十神以上の選手は現れないと悟ったよ。だから、心機一転頑張ろうかなって感じだよ」

 「そう、ですか……」


 突然の別れになりそうな雰囲気。


 「大丈夫だよ。たかだか海外に行くだけさ。連絡手段なんかいくらでもあるし、いつかまた会えるさ」

 「……っ」

 「だから、十神。結婚式には呼んでくれよ?」

 「―――ちょっとお手洗いに……」


 結婚―――その言葉を聞いた瞬間、アリスは席を外す。何気ないように長谷川に写ったが、真司にはなぜ立ったのかはすぐに理解できた。


 アリスはそ黙って話を聞いていたが、耐えきれなくなりトイレの個室の中に入り、座る。


 真司はすべてを捨て、訣別しただけで、周囲の人たちには恵まれていた。

 自分が愛した人は、もっと幸せになるべきなのだ。


 もし、彼と結婚することになればそれは綺麗で幸せな生活を送れることだろう。

 だが、彼女が知らないわけがない。そのすべてを教えられた彼女は頭を抱えるしか―――いや、気づけば涙が頬を伝っていた。


 「結婚……できるならしたいわよ。私は真司が好き。愛してる―――でもね、そういうわけにはいかないのよ。あいつ……長くないのよ。なんでそんな残酷なこと、言うのよ……」


 こんな涙は誰にも見せられない。

 だけど、この弱音を誰かに吐きたい。死別することをわかっていながらそばにいることは、幸せであると同時に不幸なのだから。

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