THE BATTLE IN SKY
「―――転」
青龍がそう言った瞬間、真司の目の前に広がる光景は全く違う者に変わっていた。
ゴオオォォォォォォォォォォ!
風を切る音。そして、自分たちが落下していることを自覚させるような浮遊感。
彼らは現在海抜9000メートルの高さを落下している。そして、それは真司だけではない。
「……っ、っか……」
落下する時に受ける空気抵抗でうまくしゃべれない女性店員が彼に向かって手を伸ばしていた。
助けを求めるように、というよりも首を掴んで締めてやろう、と言わんばかりの目をしている。
真司がそんなものに屈するわけがないのだが。
(青龍、やっぱりそうみたいか?)
『ああ、この魔力の波動―――全身から魔力を放出せずに腹で胎動するこの感じは―――』
(寄生型―――しかも、後始末が面倒なハリガネムシタイプだな……)
『そうだな……だが、どのみち今の状態が続くだけでも体のほうが持たないぞ』
そう青龍が言うと、真司はメイズに変身する。
強化状態になれるクリムゾンを選ばなかったのは、地に足がつかない状況で、わざわざ近接を選ぶ必要はない、そう判断したまでだ。
そして、寄生型の魔物とは、読んで字のごとく、魔物以外の生物に寄生する魔物のことだ。
寄生魔物の主な目的は、種の内部混乱の準備。並びに、生態の調査だ。しかし、最近は魔界の侵攻が始まったことにより、人間側の少しでも魔界に脅威になりそうな人材―――少量だけでも魔力を保持する人間たちを秘密裏に殺すなどのことが行われている。
寄生された人間は半分意識が奪われた状態で生活する。具体的にはなぜこんなことするのかわからないけど、しなければならないように思う。という状況を作り出す。
真司たちは気配や魔力の流れ正体を見破れるが、それができない者たちに見分ける手段はない。せいぜい、手遅れになってから宿の体が魔物に栄養を吸われすぎてガリガリになっていくくらいのものだ。
手遅れになったら魔物の因子が体の中にたまり、真司と青龍にも救えない。
だが、目の前の女性店員は見たところ手遅れと言った様子は見受けられない。
まだ中から魔物を引きずり出せば救う手立てはある。
だが、問題は寄生しているのがハリガネムシ型だということ。寄生型の魔物を体外に放出すると、宿の体は栄養を奪われている状態なので、著しく体力が低下、衰弱してしまう。しかし、ハリガネムシ型はさらに、かなり強引に外に出させないといけないため、宿の体が危篤状態と言っても差し支えないほどに衰弱する。
確定が死ぬわけではないが、死ぬ可能性が極めて高い。
前回助けられたから、その方法で今回助けられるとは限らない。そんな境地に立たされている。
もう一つ厄介な点を挙げるなら―――
「来るぞ」
「わかってるって!」
青龍の持つ物ほど強くはないが、魔物としての魔術が使えるようになる。
まあ、死ぬほどの勢いというわけではないのだが……
真司を襲うのは、大量の水だ。
体を貫くのではなく、量を加算して下方向に押し流すものだ。
その攻撃を受けて、真司は落下方向への速度が格段に上昇する。
しかし、彼もそんなやられてばかりというわけにもいかない。
隠し持っていたハンガーを銃に変形させると、落下方向とは逆の方向に乱射し、少しでも落下エネルギーとの相殺を狙う。
逆に相手を撃つことはできない。寄生されていると言っても、外側はなんでもないただの人間だから。
しかし、早く決着をつけなければならない。
そりゃ、相手の体も心配だ。だが、なによりも優先しなければいけないのは、アリスを待たせているということ。
そうしていると、相手に異変が起きた。
「……!?」
「やっとか、結構時間かるもんなんだな」
彼が戦いの場を超高高度に設定した理由。それは単純に、相手の体が人間だからだった。
無論、殺すようなことはできない。だが、死ギリギリなら、青龍の力で連れ戻せる。面倒には変わりはないが。
「な、なんだ……意識、が……?」
「デスゾーン―――海抜8000メートル地点のことだ。地球ってのはな、高いところは空気が薄いもんなんだよ!」
「が……」
「空気が薄いと、ただ呼吸困難が起こるだけじゃない。長時間いれば、身体機能や判断能力の低下。そして、慢性的な死が訪れる。お前ら寄生型の魔物の弱点はただ一つ。魔力を内包していても、身体能力や免疫は人間と何一つ変わらないということだ」
そう言った瞬間、真司はまたも後ろ側に射撃し、今度は相手に急接近した。
相手もそれに対応してどうにか反撃しようと手を前に出すが―――
「遅いっ!」
それよりも早く彼が掴みかかった。
そして、銃を捨てると、なんの躊躇もなく相手の腹に手を突っ込んだ。
ブシャア!と血が噴き出し、返り血も彼につくがそんなことは気にしない。
失血死する前にどうにか、と下腹部を真の意味でまさぐっていると見つけた。
その感覚を頼りに、彼は一気に引き抜いた。
すると、相手の腹から血と一緒に黒く長い糸状のものが出てきた。
それは、真司でもわかるほどの魔力を持った存在―――魔物だ。
うねうねと動くそれは、すぐさま真司の手を逃れようとするが、ここは超高高度の空の上。逃げ場なんてありはしない。
真司は捨てた銃を己の手に戻すと、すぐにクリスタルをかざす。
間髪入れない一撃が魔物を襲う。いつものような大きな爆発ではないが、確実魔物が爆散して消滅する。
それと同時に、真司は抱きかかえている女性店員の口元に手を当て、海抜0メートルと同じレベルの濃度まで圧縮した空気を生成し、通常の呼吸ができるようにしながら青龍に訴える。
「早く治療を」
「わかっている。だが、まあよくもこんなに傷が浅くできたものだな」
「腸の中じゃなくて、間にいたから思いのほか楽に見つけられた。これが中だったり、子宮内にいられたりしたらこうはいかなかったよ」
そう言いながら真司は青龍の魔術によって傷が閉じていく様子を見届ける。
段々と青ざめたような顔から生気を取り戻し、最後には呼吸も安定してきた。しかし―――
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫か?」
「まあ、血吐いたくらいだ。問題はない」
真司とて、人間に変わりない彼だって長時間ここにい続けるのは苦しいものなのだ。
こうして、短い空の戦いは幕を閉じた。