THE VOICE OF UNKNOWN
「海水浴……?」
ずずず、とラーメンをすすりながら真司はアリスに聞く。
彼の対面にはフォークをもって麺を巻き取りながら食べるアリスがいる。
そして、彼女の真司の言葉に対して返す。
「そうよ。あなたにとって最後の―――私にとって日本で送る高校生活、最初で最後の夏休みなのよ。全力で楽しみたいじゃない」
「そうは言ってもなあ、あんまり近くに海があった記憶はないな。市民プールとか競技用プールとかなら死ぬほどあるけど」
「それじゃあ意味ないじゃない!ていうか、ちゃんと海に行く方法くらい調べてるわ」
「そうか、俺がついていけばいいのか?」
「そう、そうなのだけれど……」
「だけれど……?」
アリスは少し言いづらそうに顔を背けて、ラーメンをもう一度口の中に放り込んで飲み込むと、哀愁を漂わせながら言った。
「水着が、ないわ……」
「アメリカから持ってきてないのか?」
「あるけど、今朝、ここに来る前に着てみたら入らなかったのよ」
「ふーん……」
「ふ、太ったわけじゃないのよ!ただ、胸のサイズが合わなくなってて!」
「まだ俺はなにも言ってないぞ……」
アリスが強めに言うものの、真司はいたって冷静かつ呆れていた。
その上、真司はアリスに先んじてこの後の予定を組み立ててしまう。
「じゃあ、今日はこれから水着でも買いに行くか?」
「そ、そうしたいわね」
「イ〇ンって確か売り場あったよな……?」
「そ、その……」
「……?」
彼がどこに行こうか考えていると、彼女が言いにくそうに声をかけてくる。
普段は魅せない恥じらうようなその姿に、真司はギャップを感じながらも彼女が答えるのを待つ。
「真司が、選んでくれないかしら?その、やっぱり彼氏に選んでもらうのって、憧れてたりとか、わからない?」
「いや、服に興味持ったことねえからよくわかんないけど、それがいいなら全然かまわないけど?」
「あなたって、こういう時いらないこと言うわね……まあ、そういう正直なところも好きなのだけれど……」
アリスはそう言うが、明らかに彼女の頬は緩んでいた。
水着を選んでもらえるのが嬉しいとでも主張しているように。実際嬉しいのだから問題ないのだろうが、運の悪いことに真司に服のセンスはない。
致命的とまではいかないが、凡夫で派手嫌い。
テレビで見る芸能人の私服なんて理解できないし、自分が着るのは基本的に柄すら入っていないものばかり。たまに着る柄物はたいてい彼の母親の買ったものだ。
そんな彼に彼氏だからと水着選びを頼むのは少々早計かもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方そのころ、近くの水泳場を借り、部活を行っていた真司の通う高校の水泳部に激震が走っていた。
「監督、俺、部をやめます」
「なっ!?なんで、このタイミングで―――お前、再来週には最後の大会も控えてるんだぞ?」
「わかってます……でも、決めたことなんで」
「そ、そんな……考え直さないか?」
「直しません。僕のやるべきことが見つかったので」
「じゃあ、大学の推薦はどうするんだ。お前くらいの選手ならプロだって!」
そんな二人のやり取りは水泳場に響く。
ゆえに、監督と加藤のやり取りは部内の全員に筒抜けだった。
朝方、珍しく練習場に遅れて来た上に水着にすら着替えていない加藤に憤慨した顧問兼監督の先生だったが、彼に手渡されたものを見て、一気に顔色が変わった。
あの名選手が部を離れようとしている。真司の時は彼がスランプに陥り、大した成績を残していなかったから先生は特に問題視はしなかった。問題が大きくなったのは、真司を知る人物たちが騒いだからでもある。
だが、今回はわけが違う。
3年近くにわたる部活期間で、色々な大会で入賞し、時には優勝すら飾った。
そんな彼が突然大会直前でやめるなどと言い始めたのだ。
先生は加藤が大学でも水泳を続けてゆくゆくはプロになると思っていたのだから焦るだろう。
退部になれば大学へのスポーツ推薦はできない。
だからこそ、部のためにというよりも、加藤自身のために部をやめてほしくないと必死に先生は引き留めようとする。
それからしばらく問答は続いたが、最後は加藤が折れないということで、先生が書類を受け取り、加藤の退部が成立してしまった。
話は終わったと先生から離れていく彼は、今度は部員につかまってしまう。
「お、おい、退部するってどういうことだ!」
「そのままの意味だよ。俺にはやることができた。だからもう、水泳をやる余裕はないんだ」
「じ、じゃあそのやるべきことってなんだよ!」
「それは言えない」
「なんでだよ!お前はあいつみたいに落ちぶれるって言うのかよ!」
「違うよ。俺は俺にしかできないことがある。そっちを取っただけだよ」
「くっ……お前、後輩たちになんて説明するんだよ。お前にあこがれてやってきた奴らだっていっぱいいるだろうが!」
そう言って加藤に詰め寄っている男子部員は、近寄ってこれない後輩たちを見る。
後輩の中には加藤の活躍を見て入ったものもいれば、真司の中学時代を知って追いかけてきた者たちもいる。
だが、加藤も退部となれば、後輩たちの憧れが踏みにじられてしまう。一種のやる気につながっているものがなくなれば、おそらくこの部活は例年のようにはいかなくなるだろう。
それでも加藤はそうせざるを得ない。
「加藤、君……」
「あ、唯咲……」
「その、私のせい?私が不甲斐ないから部にいるのが辛いの?」
「違うよ。唯咲は俺のために色々頑張ってくれてるだろう?そんな姿が好きだし、嬉しいよ。それとこれとは別問題なんだ」
「じゃあ、なんで!」
「俺も、できることなら続けたい。でも、そういうわけにもいかないんだ」
「ま、待って!行かないで!」
加藤は美穂の静止すら聞かずに去っていく。部のマネージャーである彼女は不用意に彼を追って練習場を出るわけにはいかないため、その場で立ち尽くすしかない。
「また、またなの……?また、大事な人が私の目の前からいなくなっていく……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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「ああ……俺は、あいつらを巻き込みたくないんだ」
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「わかってる。それも全部、俺の選んだことだ」
場を去った加藤は誰かと会話をする。だが、そこには誰もおらず、電話をしている様子もない。
なにが彼を動かすのか。それは誰にもわからない。