THE ANSWER
「謹慎……ですか」
「ああ、今回の君の行動は作戦指揮に重大な影響を与えたというわけではないが、そう指示が出た」
特殊な団体にいるとはいえ、伊集院は警察。先の行動が原因で彼には謹慎命令が下されていた。
命令違反の行動は、倒壊した町の中でいくつか生きていた防犯カメラにとらえられ、単独で勝手に行動をとって現場を混乱させたとデマじみた報道がなされた。
メディアに0号の動きがほとんどマークできなかったからでもあるだろうが、この報道に週刊誌や朝刊、夕刊、果てはネットニュースまで。世間の不安をあおるかのように、伊集院という警官のせいで世界が滅んでいたかもしれないという心理にまで煽り、ニュースを大きくしていった。
それに応じて彼がDBTの特殊スーツの装着者であることに疑問の念が集まり、その余波は警察組織まで行き届いてしまった。
「不服か?」
「いえ、私が作戦指揮に反したのは確かですので……」
「まあ、口ではそういうしかあるまい。お前の妹を守りたいという感情もよくわかる。それがあの一件で足を不自由にしたのならなおさらだ」
「あれは、関係ありません……」
「そうだな。お前は家族を―――とか言える奴だったな。だが、我々が許しても、世間はそうとは限らない。お前はこれから世に針の筵とされるだろう」
「覚悟の上です」
「だが、決してあきらめるな。お前があの特殊スーツの装着者に選ばれたのは、ただの窓際だったからではない。その意味は彼女から聞いてみると良い」
そう言われると、伊集院は部屋から出される。
世間から自分に届く声。警察に相次いで届く彼への誹謗中傷。たとえ、警察であろうともそういうことをするものはいるし、彼も傷つく。だが、そんなことを考えなくて済むくらいには先の言葉が反芻していた。
「僕が選ばれた理由……?窓際だから僕が捨て駒にあてがわれたって、渡辺さんも……」
そう考えながら思い出すのはあの時の渡辺の言葉だった。
『お互い内部で厄介者扱いされていたから、事実上捨て駒にされたんでしょ?こんなろくに実地訓練もしてない急造のパワードスーツなんか渡して―――データを取って、私たちが死んだら本格的に対策を取る気満々じゃない』
だが、この言葉が嘘だとしたら……
そう勘繰ってしまう。しかし、それは考えるだけ無駄なこと。これから謹慎処分で、渡辺と話す機会はしばらくない。
それに、もし代役の装着者の成績が良ければ、自分が戻ることも許されない。
そうなれば、自身の警察にいる価値はなくなる。いよいよその時が辞め時ともいえる。だからこそかもしれないが、彼は不謹慎ながらも新たな装着者の失敗を祈るばかりであった。
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「本日付でDBTに配属されました『南条』と申します!よろしくお願いします!」
「南条君ね……それ相応には動いてもらうけど、期待はしてないわ」
「ちょっと、失礼じゃありませんか?確かに私は未熟ですが……」
「違うわ。あなたは伊集院君の足元にも及ばない。だから、期待していないのよ」
そんな渡辺の言葉に一瞬で南条の頭に血が上った。
「お言葉ですが、私のほうが功績は大きいですし、スーツへの親和性もすべてが伊集院さんの上を言っています!そんな私に彼以上の働きができないと?」
「そう言っているのがわからないの?」
「私は自堕落な彼とは違って優秀です!それが気に入らないというのなら、次にデモニアが出たときにでも見せてやります!ま、そんなことしなくてもすぐに答えは出るでしょうけどね」
そう言うと、バンッと扉を荒々しく締めながら南条は部屋を出ていく。
そうして部屋に一人残された渡辺は彼の履歴書をもう一度見る。
「南条透―――捜査一課の警察官。2年前の誘拐事件の解決の立役者となった人物。いち早く真相にたどり着き、解決のために最高効率で動ける優秀な人……ねえ。でも、私たちのところではそれだけじゃどうしようもないのよ。たとえ、頭がよくても、運動能力が優れていても、戦いの場は効率を無視できる馬鹿真面目が本領を発揮する場なのよ……」
そう言って渡辺は、棚にしまってある書類を手に取る。
その書類には絶対に見たらわかるように『最重要!』と書かれた赤い付箋が貼られていた。
その書類はほかでもない伊集院の履歴書ともいえるもの。
「伊集院康太―――2年前の誘拐事件で誘拐された女性の兄。単独先行で勝手に犯人のいる場所に突入。結果的に被害者を救うことができたものの、被害者は両足に銃弾を受け、後遺症が残ってしまった。しかも、その際遅れて突入した彼の相棒は、伊集院君の妹さんを庇うために銃弾を受け、殉職。以後、成績が低迷。伊川のコンビは名実ともに過去のものとなり、“私にDBTの所属に選ばれた”、と」
なぜ彼女が伊集院を選んだのか。なぜ、同じ事件で解決に導いた南条を選ばなかったのか。
その理由は単純で、伊集院にしかないものがあったからに他ならない。
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「兄さん……」
「ま、茉奈……歩けるのか?」
「う、うん……あんまり覚えてないんだけど、0号が助けてくれて……」
「0号が?」
「そう、なの。だからね、みんなが言うような悪い人じゃないんだよ、0号は!」
「そう、かもしれないな」
念のために病院にて検査を受けていた彼女は、発見時埃まみれで気絶していた。
確かによく考えてみれば、凶暴だと言われている0号のそばにいて、命があることすらありえない。そうなれば、答えは一つ。
やはり、0号は敵ではない。
「ああ、敵じゃないさ。0号は、正義の味方だ!僕も早くDBTに復帰しないと……渡辺さんに聞きたいこともあるし……」
「兄さん、その……私のせいで」
「茉奈のせいじゃない。でもありがとう。茉奈の言葉で持ち直せた。謹慎があけるまで、僕なりにできることを探してみるよ」
「う、うん……でも、無理はしないでね……」
信じていたものが肯定される。それだけが嬉しかった。
それが身内ならなおさら。
彼は0号がずっと敵だとは思えていなかった。ただ、今回の一件で確信に変わった。
0号の正体は―――
「そうだ。兄さん、たしか0号の中から出てきた人が、0号のことを『シンジ』って言ってた」
「そうか……シンジという名の人間だったのか」
彼はまた一つの真相にたどり着く。だが、その行く末が正解だとはだれも答えない。