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THE NEON CITYSCAPE

 アリスと別れた後、真司はある場所に向かっていった。


 その場所とは彼が青龍と初めて会った場所だ。

 夜の7時。景色はすっかり暗くなり、都会近郊らしく、マンションや一軒家の団欒の光が周辺に明かりをもたらす。


 しかし、彼のいる場所はそんな光は届かない。

 誰も近づくことのない名もなき森の中。遠方に明かりこそ見えど、彼の立つ場の足元は1メートル先すら見えないような場所だった。


 あの日の夜。彼は声に導かれた。


 怪我で自暴自棄になり、ただ何もすることなく、放浪していた。

 痛く、苦しい時間。それを変えたのは誰でも青龍だった。


 無気力に生き、なんの意味もなかった彼の人生を、意味のあるものに変えてくれた。


 戦うことに辛さはあれど、彼はそれを地獄だとは思わなかった。

 ただ失うことを恐れ、守ることを義としてきた。


 『懐かしいな……』

 「ああ、ここでお前と会った。最初は度肝を抜かれたよ。こんなでっかいトカゲみたいなのがとぐろを巻いて目を閉じてるんだから」


 そう言いながら真司は両手をいっぱいに広げる。


 出会った当初の青龍は本当に全長が10メートルもあるんじゃないかというくらいの巨体だった。

 それが彼の中に入り、戦うときには彼とともにいやすい大きさになっていた。


 「色々な敵がいたな」

 『そうだな。初めて戦うときは、センスの塊だと思ったものだ。なかなかいないぞ、あそこまでまともに魔物とやりあえる人間は』

 「たまたまだ。青龍がいなかったら対峙することすら許されなかっただろうに……」


 次に、彼はその場に腰を下ろす。

 そうして、視線の先には、母や幼馴染、恋人のアリスが住む街が見える。


 今日も世界は平和だ。

 ついこの間まで魔物の侵攻を受けていたとは思えないほどにだ。


 青龍の力と真司のやさしさのおかげ。


 町を直し、魔物の脅威を退け続ける。それだけの英雄行為を知る者はいない。しかし、それでいい。俺のおかげだと恩着せがましくするつもりはない。役目が終われば、静かに消えていく。


 おそらく彼が英雄だと発言すれば世界は揺らぐ。彼を称え崇めるものも少なくはなくなる。そんなことになれば世の混乱は避けられない。それならば、彼は静かに死を待つのみとする。


 今目の前に広がり景色を守り、彼の周りの人たちが笑って過ごせる明日を迎えることができればいいではないか。彼の死一つで、明日を迎えられるのであれば、安い代価だ。


 『本当にいいのか、真司』

 「死ぬことを恐れたつもりはない。俺が怖いのは、志半ばで無駄死にすることだ。どんな結果になっても、魔界を退け、アリスたちが笑える明日を手にすれば……手に入れさえすれば、俺の命くらい何個でも捧げてやるさ」

 『だが、お前の幸せはどうなるというのだ』

 「決まってんだろ。もうアリスたちにたくさんもらった。このペンダントもそのうちの一つだ」


 真司は首に掛けているもの―――いつからか肌身離さずに身に着けているそれを手に取る。

 そのペンダントは同じデザインのものは、この世にもう一つしかない。


 それが二人の心を繋いで、想いを宿らせるもの。

 あの時、真司はアリスにすべてを見透かされた。やりにくい相手だと思ったのとは別に、初めて自分のことを理解してくれる人がいて、少しうれしさの感情が見えてしまっていた。


 でも決してそのことをアリスには伝えない。伝えなくとも、彼女が感づいていることはわかっているが、やはりそれを口にするのは恥ずかしさが伴うものなのだ。


 『真司……もしお前の命が何個もあったらお前はどうする?』

 「決まってんだろ。なんどでも立ち上がって、何度でも戦うさ。たとえ、特攻のような戦いになってもだ」

 『やはりお前はそういう男なのだな。神に最も近しい存在の我が言わせてもらおう』

 「なんだ?ありがたく聞かせてもらおうじゃないか」

 『命は大事にするものだ。決して、他人のために使うことは美学であれど、義とはなりえない。失うことで苦しまれる命もあるのだから』

 「わかってるよ。でも、もう俺には後戻りすることはできない」

 『だが……』

 「青龍もわかってんだろ?なに言っても、俺はもう変わらないって。たとえ、魔物へと変貌しても、死んでも俺は俺だ。俺の愛する人が覚えていてくれさえいればそれでいいんだ」


 そう言うと、青龍はなにも言わなくなる。

 しばらくすると、突然―――


 ガサガサ!


 「っ!―――誰だ?」

 「お前……十神か?」


 真司の後ろの草むらが音を立てたかと思えば、見知った顔が草むらの陰から飛び出してきた。


 「なにしてんだこんなところで。お前の彼女が寂しがってるぞ」

 「……お前になにがわかるんだ」

 「わかるよ。あいつはあれでいて、寂しがり屋だ。だからあいつは俺に依存して……」

 「違うぞ。唯咲はお前のこと好きだった。そこに偽りはない。傍にいるからかもしれないが、彼女はお前のことが本気で好きだったんだぞ」

 「だからだ。だから、俺には受け入れられない。そんな器じゃない」


 そう発言する真司だが、ここで相手―――加藤の反応に違和感を覚える。

 掴みかかってこない。それに、自身のことを認知してるというのに、いつもと違ってやけに冷静だった。


 いつもなら何かを恨むかのように激しい怒気を見せるのだが、今日はそうではないようだった。

 まるで、なにかを知っているかのような―――いや、なにかの決意を固め、それで心がいっぱいで余裕がないように真司には見えた。


 「なあ、十神」

 「なんだ?いつもみたいに突っかかってこないのか?」

 「―――お前はみんなが言ってることは間違ってるけど、本当ことを知ってるのは自分だけってなったら、どうする?」

 「なんだそれ?まあ、俺なら一人でやる。誰になんと言われようと、我が道を行くのみだ」


 なんだか自分のことを聞かれているようだった真司は割と普通に答えられた。まあ、彼自身でそういうことをしてきたのだから、答えなど聞くまでもないというだけのことだ。


 「それで、お前はなにしに来たんだ?」

 「いや、ここが町の景色がよく見えると思ってな」

 「なんだ?干渉にふけって」

 「俺、水泳辞めるわ」

 「は?」


 その言葉に、真司は間抜けな声を上げた。


 「俺の生きる道が決まった。もう、後戻りはしない俺はもう水泳はできない」

 「なにばかなことを……」

 「もうやめたお前に、このことを覆すことはできないよ」

 「バカ!お前は大会でも記録を残してただろうが!」

 「それでも、それ以上にやらなくちゃいけないことがあるんだ……」


 彼の決意は変わらない。それは目を見ればわかる。

 だからこそ、理解できない。あれだけ水泳をやめた真司を非難し続けた加藤が水泳をやめる理由が。


 そして、戦いの行方は誰も行く先を知ることができなくなる。

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