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THE KISS

 真司の発言を聞いてアリスは硬直した。

 なんせ、いきなりノックもせずに入っていったとはいえ、そんなうるさいとか罵声を浴びせられるほど彼を怒らせる行為ではなかったからだ。


 「あ、え……」

 「あ!違う!違うから!―――アリスに言ったわけじゃないから!」

 「そ、そうよね。し、真司が私にうるさいとか……」


 そこまで言ってアリスは気づいた。

 今まで自分が彼になにをしてきたのかを。決して今までの自分が彼に寄り添う姿に酔っていたということはない。


 ただ、傍から見れば、彼女の行動は最初彼にとって煩わしいととらわれていてもおかしくない者だった。それに気づいてしまうと、どうしようもなく不安になった。


 「わ、私……鬱陶しくないかしら?」

 「き、急になんだ!?」

 「そ、その……私って半ば強引に真司と付き合ったじゃない?だから、ちょっと温度差があるんじゃないかなー、って」


 そう言うと、彼女は自然に彼の隣に座った。

 不安を示しながらベッドの上の彼の隣に座るのは、天然なのか根っから図太いのか。それともテンパり過ぎて、そんなことに頭が回っていないのか。


 「思えば、私、真司からキスされたことないもの……」

 「そうか?」

 「そうよ。私から雰囲気を出して、しやすい雰囲気にしないと素振りすら見せないじゃない!」

 「それは悪いともうけどさあ……」


 アリスの言葉に彼はそう返すことしかできない。

 幸せだ幸せだと思うことはあっても、彼が彼女に深く手を出せないのは自明の理でしかない。彼は未来を見て、彼女にとって最良の選択肢を選び続けている。だから、彼女のすべての初めてをもらうわけにも、彼女を自身に依存させるのもいいことではない。


 だがそれは真司の考えでアリスの考えはまた違う。


 「私はね、今が大事なのよ」


 ただ一言、彼女は続ける。


 「だから、キスもするし、ハグもするわ。あなたに私の好きって気持ちをずっと噛みしめてほしいから」

 「その気持ちは十分伝わってるよ」

 「でも、私もしてばっかりじゃなくてしてほしいのよ。だから、真司。さっき私を不安にさせた責任を取ってよね」


 そう言うと、アリスは真司と顔を対面させながら彼の膝の上にちょこんと乗る。

 かわいらしい動作だが、真司は困惑するし、アリスは自身の取った行動で顔が真っ赤だった。


 だが、真司もここまでされて引き下がるわけにはいかない。

 彼女だって勇気を出していることだし、これまで彼女の求めてきたことを断ってきたことにも負い目は感じている。


 だから彼は彼女の右頬に手を添え、意を決して唇同士をぶつけさせた。


 文調のように激しくはないが、わずかにくちゅっと湿っぽい音を部屋に響かせる。最初は唇通しを当てるだけのキスだったが、いつの間にか互いに深く求めるように力強くなっていき、果てにはお互いの舌を絡ませていた。


 そうしていると、やはり満たされたい欲が出てくるのか、アリスは彼を座っていたベッドに押し倒した。

 ボスっと埃を立たせながら真司はアリスに馬乗りになられる。


 「ふふっ、口では嫌だと言っても結局ディープキスしてくれる真司は大好きよ」

 「それは……アリスだからだよ」

 「嬉しいことを言ってくれるわね。でも、真司は知ってるでしょう?マウントポジションを取った方が何もかも有利だって」

 「まあ、嫌という程な」


 真司は拒絶の色は出さなかった。まあ、アリスが体を交わらせようと躍起になっていないからだろう。

 キスだけなら普段からよくしているし、子供ができるような行為ではないので、真司も断る理由がない。


 今はアリスが真司のお腹の上に乗っかっている。決して重くない彼女。いや、相当の体重を持っていない限り、真司が彼女を重いと思うことはないだろう。


 そんな彼は胸の上に指を這わせる彼女に付き合っていた。

 どこか寂しそうに、もの悲しそうに指を動かす彼女の姿はとても画になっていて、彼が見入っていたのもあるが、一番は彼女に触れてもらうことがどうしようもなく心地よかったのだ。


 1ミリでも1センチでも指に触れられると、どこかぽわぽわした気分になって、変な浮遊感に襲われる。

 決して不快感はない。だが、恋人が初めての彼にとって感じたことない感覚が故に、その正体を知るためという口実の下に、その優しい感覚をかみしめていた。


 「真司……」

 「アリス……」


 決して届かない距離ではない。だが、いつか届かない距離になる。

 二人の想いはただ一つ。


 今は―――今くらいは幸せになりたい、と


 この幸福がいつまでかわからないうちに終わる。

 そんな想いを胸に、アリスは彼に覆いかぶさるように密着し、真司はそれを受け入れながら、お互いの唇を貪りあうのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「これが人間の『恋愛』というものか」

 「我々魔物にはない感覚だな」

 「そうだな。単一の個体で子を成すことができるものも、我々のようにそもそも子孫が生まれない種族もいる。そんな我らからしたら、理解しがたいうえに、興味深いものだな」

 「ああ……だが、これが人間のいう幸せというものだろうな」


 真司の中で彼らの情事を見ていた二体の魔物は互いに話し合う。

 魔物に恋愛など存在しない。感情こそあれど、種の繁栄の根本はより強い個体を生み出すための儀式のようなものなのだ。無性生殖や子を成さない種族も少なくない。限られた有性生殖の魔物も、恋愛感情など乏しく、本能的に強いと感じるもの同士で生殖行為に及ぶ。


 そんな世界で生きた彼らにとって、人間の持つ感情である『恋』が理解できなかった。と、同時に、興味深かった。


 そして、それを青龍は理解した。半分だけ。


 「人間は幸せをかみしめないと、普通に生きられないのだ。だからこそ我は、真司に幸せになることを諦めては欲しくないのだ」

 「お前……なら言っていいのではないのか?一度だけなら、どんな死でも蘇生ができること」

 「いや、言えばあいつは必ず死を前提にした戦術を作る。それだけは避けなくてはならない。この蘇生はすべてが終わって、真司に死の運命が訪れたときに使う。これだけは真司に悟られてはならぬのだ」

 「そうか……お前にはお前なりの考えがあったのだな。なら、来るべき時まで、そのことは黙っておこう」

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