THE REASON TO FIGHT
少女を背に真司は立ち上がれなかった。
すでに変身は解除され、仰向けに倒れているのみだった。
彼の目に写るのは青い空のみ。これだけを見れば、世界はどれだけ平和なのだろうか。
「大丈夫か、真司!」
「あ、ああ……問題ない―――ぐふっ……」
なんども爆発を間近で受け続けたからだろうか。それとも、アサルトを長時間使い続けたせいだからだろうか。
彼は青龍の言葉に返事をした直後に吐血した。
激しく吹き出す血もあれば、口の端から線を描くように伝っていく。
「真司っ!?」
「問題ないっ!早くそいつの治療を―――」
「もう終わっている!ここは撤退だ!」
「いや、無理だ」
「なんで!」
「気付いてないのか?エルダー級だ。逃げればこの町が終わるぞ」
「くっ……」
青龍の治療が終わったという少女は今は眠っている。今回の件とは明らかに関係ないであろう足の負傷も治していた。そのくらいの余裕を彼は作り出すことができていたのだ。
「はぁはぁ……」
「くそっ……真司がこのままでは」
「お前はそいつを守ってろ。俺だけで行く……」
「馬鹿ッ!真司が死んだら!」
「はぁ……お前が生きてれば、俺以外の器を見つけられる。お前が最後の希望だ。それなら、俺が命を貼る意味もあるんだよ」
そう言って真司は青龍とアピスと名乗った魔物の射線上に飛び出す。
「うおおおおおおお!」
遠くからアピスの放つ魔力の塊を察知した真司がそれに先んじて両手を前に出して構える。
すると、相手の魔物はなんらの躊躇なく大技を放ってくる。
そんな大技を絶叫とともに真司はボロボロのマントをもう一度見にまとう。だが、今までと違い、彼の意識は数瞬だけ残り続けたのだった。
(そう、命を貼るだけの意味がある。誰かの笑顔を守るんじゃない。俺が守って、母さんが自慢の息子だと喜んでくれれば、アリスがいい男だったと笑ってくれるような人間になりたい)
それはただの願い。だが、彼に突きつけられた試練はそれを破るもの。
(最初から答えなんて決まってるじゃねえか!俺が戦う理由は―――)
彼の意識はもう一度沈んでいく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――笑って過ごせる明日を迎えるために!俺は、俺の出来ることに意味を……意義を見つけるために!俺は命を懸けてきたんだ!」
そう真司は目の前の存在に言い放った。
『ほう……それは他人のためではなく、自分のためというのか?』
「そうだ。別に俺は正義のヒーローやりに来てるわけじゃない。きっかけのあの日も、結局は幼馴染と母さんを守りたかっただけだ。今までの2年間、ずっと戦い続けて、俺が戦う理由なんてそんなもんだよ」
目の前の存在の問いにそう答える。
軽い理由に見えるが、真司の目は本気だった。ゆえにこそ、目の前の存在は彼の言葉を否定もせず、ただ聞き入れる。
『ならば問おう。世界が危機に瀕した時、お前は世界中の人々と家族を天秤にかけられたとき、どちらを選ぶ?』
その問いは、その質問は究極の2択。大切なものを捨て、世界を救うか。世界を捨てて、家族を救うか。
第3の答えを用意するなど甘えた答えは許されない。だが、その答えもある意味で真司の中では変わるものではない。
「話聞いてねえのか?家族に決まってんだろ」
『ふむ……ならば貴様は世界の行く先に興味はないと?』
「あと数百年後なんか生きてるわけもなく、それに関与することもできない以上は興味だってわかないさ。物語でよくある『一人を守れなくてどうやって世界を守るんだ』なんて陳腐な言葉は使わないし、そんなのは詭弁でしかない」
『だが、実際そういうものだろう?世界を救うということは、すべてを救わなければ、誰も救われるわけじゃないだろう?』
「違うな。世界を救うということは、自分の手から零れ落ちる命を諦める勇気だ。すべてを救おうなんて誰にもできやしない。だからこそ人は、自分の手の届く範囲外を守ろうとしちゃいけない」
『ならその範囲外は?』
「俺みたいな一般人から毛が生えた程度の戦力は、せいぜい友人を救える程度。世界を救い、守るのは本来自衛隊や国の機関の役目だ」
正論ではある。真司の言葉に間違ったことはない。ただそれはヒーローとしての発言では―――
「俺は、アリスと母さんと笑って食卓を囲める明日があればいい。そんな小さな幸せのほうが大事だ」
その言葉に目の前の存在はゆっくりと体を動かす。
『ならば、先の問題に答えは出せたか?』
「ああ……もう覚悟は決めた。アリスたちが受け入れてくれなかったら、俺も素直に諦める」
『そうか。それだけの覚悟を持ち、過去に立ち戻ったお前に力を授けよう。我の名は―――!』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うおおおおおおお!」
先ほどに続いての咆哮。だが、先ほどとは真司の様子が変わっていた。
青龍とは違う装甲が身にまとわれていたが、赤黒かったその鎧の色はいつの間にかブロンズに変わっており、それが真司に装着される。
彼の体は相変わらず赤いまま、クリムゾンの形態を示していた。
しかし、アサルトの最大の特徴であるボロボロのマントが布地がきれいで鮮やかな赤色のマントに変わっていた。
その姿に青龍は驚いた。
「その、姿は……?」
「青龍、そのままそいつの容態を見ていてやってくれ。人間は案外簡単に死んじゃうからさ」
「あ、ああ……だが、お前は?」
「任せろ。倒せなくても、この町から追い出してやるさ」
なぜか自身に満ち満ちた言葉。その根拠はわからない。だが、今まで制御できていなかったアサルト形態のはずなのに彼が意識を保っている。それが不思議でしかない。
「ほら行くぞ真司」
「ああ……でも、あんま急かすな。どうせ、戦うんだからな」
「それもそうだな」
そう言いあうのは真司と青龍ではない。真司の肩についている装甲から声がする。
それはいつもの真司と青龍のように。
「さあ、試運転を開始しようか」
「そうだな、玄武―――」
そしてなによりも特筆するべき点。
それは、人間であるはずの真司の体に魔力があふれんばかりに感じられたこと。
本来魔物にしか存在しないはずの魔力。その疑問は、先の真司の答えの中に入っていることは、当人と玄武にしか知りえないことでもあり、ただの人間に刃到底受け入れられない真実でもあった。
File3 「0号 ―――」
パンチ力 78t
キック力 140t
ジャンプ力 ひと跳び10メートル
備考
アサルトクリムゾンの強化形態。ついに自我を取り戻し、彼は―――へとなり果てる。