THE FLASH
真司はゆっくりと歩みを進め、巨大な魔物のもとに向かっていた。
「作戦は?」
「4個ほど思いついたけど、2つは周りの被害が想定以上のものになって、1つは駆けつけてる軍が皆殺しになって、もう一つはこの町が死の町と化しちまう」
「つまりなにもないんだな?」
「そ、作戦なんてない。正面突破だ。未知との遭遇なんてそんなもんだ」
そう言って彼は走り出す。
その瞬間、相手の魔物が瓦礫を巻き上げて攻撃を仕掛けてくる。
宙を舞う瓦礫は弧を描くように飛び、真司のほうに向かってくる。
だが、それに当たらずに彼は地を駆けていく。
「突破口は俺たちのサイズに対しての、あの巨体だ」
「デカければデカいほど、我らを捉えづらいと言いたいのか?」
「そういうこと。漫画とかでよくある地上での肉弾戦は通常では考えられない。と、なれば、奴が取る行動は一つ―――」
真司が考えを示そうとした瞬間に、大きく地面が波打ち、彼を空に舞いあげる。しかし、それを待っていたとばかりに彼は笑った。
「そう、ただ一つ!がら空きの俺に、巨体を生かした攻撃!そうなったら、空中に打ち上げるよなあ!なんせ―――」
宙を舞う彼に迫りくる魔物の腕。真司の体よりも高さのある腕の幅。民家程ありそうな巨大な拳。一度その攻撃を受ければ粉砕してしまいそうだが、彼はそんなに弱くない。
「―――地に足がついていないときが、戦いの隙だもんなあ!!」
叫びながら彼は振りぬかれた腕を正面から受け止め―――ず、そのまま流すように腕の上に乗って、そこにつかまる。
その魔物のにとっての予想外の行動に、相手は腕を振って振り落とそうとするが、振りぬく向きを変えるその一瞬の静止。その一瞬を彼が見逃すはずがなかった。
「取った!」
彼は勝機を見出し、前転しながら魔物の腕の毛をむしり取って走り出す。
むしり取った毛は、次の瞬間に剣に変化した。もはや、棒状というより、真っすぐなもの―――一瞬でも真っすぐな状態になる物ならなんでもいいようだった。
腕の上を走りながら彼は剣を構え、魔物の顔に近づく。
(顔に剣が刺さった時点で、青龍の魔術を起爆させる。刀身からの爆発なら、魔物の頭の中で爆発することになる。死ななくとも、脳にダメージは行くはず……)
「どらああああああああ!」
雄たけびを上げながら振り下ろそうとする剣。だが、それよりも先に彼の目に映った。魔物の目が一瞬だけ青く光ったのを。
その瞬間、思考がどんどんと加速していき、彼の生体信号が全力で赤信号を警告していた。
(今の光は……?まさかっ!?)
結論に至った彼は剣を投げ捨てて、顔を腕で庇い、急ブレーキをかけ始める。だが、そんなことでは間に合わなかった。
相手の魔物の目―――先ほど一瞬だけ閃光を放った両目からビームが飛んできた。
彼はそれをもろに食らって、宙に放り出される。
(目からビームって、本当にゴリラかよっ!?)
地に足をつけなくなった浮遊感に襲われながら彼は考えた。どう勝てばいいか。どう立て直せばいいのか。
「クソッ!そんなのありかよ!」
「馬鹿ッ!前を見ろっ!」
青龍の言葉に、彼はとっさに正気を取り戻す。
だが、そのころには巨大な拳が迫っていた。
(ああ……相手の次の一手を考えること、忘れてた……)
そして彼は成すすべなく、迫りくる拳の陰に飲まれていった。
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ズガアァァァン!
「0号……」
今の音は、真司―――デモニア0号が敵の手によって文字通り撃ち落とされ、地面にたたきつけられた音だった。
そして、その音を聞いて呟いたのは、彼と肩を並べたことがあった伊集院だった。
彼は渡辺の静止を振り切り戦火の中にある町に生身で飛び込んだ。
位置情報アプリが示す場所は、もう少し奥に進んだ場所。だが、そこは0号の撃ち落とされた場所に果てしなく近い場所だった。
もしかしたら今ので―――
そんな考えが彼の頭をよぎるが、ぶんぶんと頭を振ってそんな考えを払い落とす。
「とにかく早く……っ!?」
伊集院が奥へと向かおうとした瞬間、彼の耳がある音を捉えた。
ザッザッと踏みしめるような音。それも一つではなく、複数。
しかも音の一体感もすごい。おそらく、鍛えられた精鋭兵の集まり。その考えに至った瞬間、彼は瓦礫に隠れるように身を潜め、少しだけ頭を出して正体を伺った。
そしてその目に映ったのは―――
「特殊行動部隊?さっき、ミサイル発射の準備をしているように見えたけど……?―――完全包囲は済んでないみたいだから、早く助けに行って離脱すれば……」
そう言って彼も行動を起こす。彼の警察に入った理由、挫折した理由を知れば、彼を責める心など芽生えるはずはない。
それがたとえ、誰の意思に反していたとしても。
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「ごちそうさま」
「お粗末様―――悪いね、真司がいなくて」
「そんなこと、ないですよ」
真司のいない食宅で、アリスと明音は食事を済ませた。
本当ならここにもう一人いたはず。だが、その一人は世界をかけて戦ってる。
そう思っても、やはり家族として恋人として思うところはあるのだろう。
どれだけいってらっしゃいと笑顔でできても、待つときは地獄かと思うほどの苦痛が伴う。心が締め付けられて、痛くて、苦しい。そんな気持ちが二人にはあった。
彼を思えば思うほど、知れば知るほど、彼が優しく生きているのかがわかる。
善人から戦いは死んでいく。そんな言葉を聞くたびに、真司が思い浮かぶ。そんなことを言われたら、彼はいつ死ぬのかわからない。そんな不安に駆られる。
だから二人は真司とともに入れる1分1秒を無駄にしたくない。
「本音を言うなら、私はあいつに戦いに行ってほしくないです……」
「そうかい。私もおんなじだよ」
「でも、真司は私たちのために戦ってる。やめてなんて言えないですよ……」
「そうだね。私も大事な一人息子を奪われるのは苦しいさ。でも、あいつの決めた道なんだ。否定はしちゃだめなんだ」
「わかってます……わかってますけど。やっぱり、あいつが一番報われないと……」
「わかってるなら、何かしてやればいい。所詮母親の私と、すべてを理解して支えてやれる恋人。どちらがあいつに多くしてやれるか。それは明白じゃないのか?」
そんな言葉がアリスの胸にストンと腑に落ちたような気がした。




