THE METAMORPHOSE
『これより対DBT作戦を開始します。すでに、全部隊は配置についています』
「そうか。相手は未知の存在だ。出し惜しみはしないでくれよ」
『了解しました』
今回の作戦の指揮を執るのは、陸海空自衛隊の上層部及び防衛大臣率いる防衛省だ。
今回の作戦を成功させれば、国民の軍事力を持つという考えに傾く。それも、戦争のためではなく、国を守るためという大義のために、という建前で。
国の本当の思惑は表に出ることはない。だが、それは民衆によって看破される。だからこそ、隠すことにも隠さないことにも意味はない。
ただ、建前が重要。
国を守る。その建前さえあれば、反対の意見こそあれど、結局最後は押し切れる。それが民主主義の悪いところであり、都合のいいところでもあった。
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『始まったみたいだな』
「ああ……変身はあとどのくらいだ?」
『夕暮れ時にはできるはずだ』
「そうか、あと1時間。軍には粘ってほしいものだな」
『DBTを出せば少しは食い下がれるだろうに。無駄なことを』
「結局、国の上に立つ人間は駄々っ子ばかりなんだよ。自分のしたいことがどうにもいかないとき、手段を選ばない。駄々をこねるように、なにがなんでも実現したがる。その末路がこれだ」
『ダメだ、あのミサイルでは魔物を殺すには足りない』
青龍がそう言って見つめるのは、遠方より襲来したミサイルだ。
ミサイルは寸分の狂いなく巨大化した魔物に着弾するが……
「目標、損傷なし―――か」
『ダメだ。あれでは魔物の眠りを妨げてしまうだけだ』
「起きたら起きたで、俺たちが出る。さすがに1時間じゃ、国は滅ばないだろ。もしかしたら、街は壊滅状態になるかもしんないけど」
『それは我が直す。だから、どんな状況になっても、戦いだけは―――』
「放棄するつもりはない」
『そうか……』
「第二幕が来るぞ」
そう言うと、すぐにミサイルの弾幕の二回目が飛んでくる。
着弾の瞬間、爆風が吹き抜け、魔物の付近の建物が崩れていくが、国はそんなこと気にしないとばかりに容赦がない。
あたりに響く轟音。
耳を塞ぎたくなるほどの衝撃波による音。
どれも真司でなければ耐えられないものばかり。
しかし、彼らにも動かない理由はあった。
ひとつは魔力不足。変身した状態で活動(戦闘)をするには青龍の持っている魔力が必要だ。今はその力が回復しきっていないため下手に出れない。
そしてもう一つ。あの弾幕だ。
魔物は耐えてはいるが、それはあの巨体があってこそ。おそらく真司たちがもろに受ければ、死にはしないだろうがただじゃすまない。
そうこうしていると、第三幕が終わったあたりで動きがあった。
その巨体が少しずつ動き始めた。付近には誰もいないが、おそらくこの映像を報道越しに見て、民衆は息を呑んでいるだろう。つい魔物の反撃が始まる。
そう思った矢先、真司は自身の横を見た。
視線の先は、すでに地面ごと抉られた後だった。
「速いな……」
『今のが見えたのか?』
「ギリギリな。だけど、これはまずいかもな」
『ああ、あのミサイルを射出していた砲台が一つ破壊された』
地面がえぐれた衝撃は、真司たちの横で止まるなんて都合のいいことはなく、ただただ彼らの後ろを突き抜けていった。
その後ろにあったものとは、軍の部隊。
その一部が壊滅した。
『真司、ここはもう出るべきだ』
「いや、我慢だ」
『だが、これ以上わかっているのに死者を……』
「結局人の力じゃ対抗できない。そうなれば、俺たちが最後の砦だ。俺たちが倒れれば、もっと奥の人間が死ぬ。そういう天秤のもとに立たされてるんだ」
『だが……』
「正義のヒーロー云々じゃない。命を助けるということは、救う命を選ぶこと。救えないものを悔やむ時間はない」
そう言うと、真司は座っていたビルの淵から飛び降りて地面に着地する。
「あと、30秒、29、28……」
そんな彼の頭上をミサイルが抜き去っていく。
指揮系統が崩壊したのだろうか。そのミサイルは、魔物に当たらない者もいくつかある。
「20、19……」
あらぬところが爆発。どんどん建物が倒壊していき、街が少しずつ更地と化していく。
雑に奪われた命。これが小説なら、笑えないし、良い展開とは呼べない。だが、戦争とは、略奪とはそういうもの。
いたずらに命が奪われ、知らぬ間に命を落とす。気付く間も与えられず殺される。
そんな運命を家族や友人にたどってほしくないから、彼は決心した。否、すでに決心していた。
「10、9……」
誰も守れない命に意味はない。誰も守ろうとしない命に大義はない。
奪おうとする命に、正義はない。
「8、7……」
そんな人生は嫌だと。守るための命を得て、捨てた。
愚かな選択かもしれない。だが、後悔の選択を―――
「6、5……」
いつかの明日の自分に言う。
今日より多くの命を守れと。
「4、3……」
いつかの昨日の自分に言ってみたい。今日はお前より多くの命を守れたと。
「2、1……」
だが、失った命を悔いるためにそんなことは言えない。たぶんそれを言えるのは、すべての戦いが終わり、全人類の運命と命を救った日だけ。
そして、その日を超える命を救うことはない。それが彼の最後の日だから。
『魔力、全快……』
「行くぞ……」
そして、今この瞬間、彼の握った拳は赤くなるのだった。
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「あれは……!?ぜ、0号です!」
「なにっ!?いったいどこから……」
「それはわかりません……ですが、現在巨大デモニアに接近中。戦闘に入ると思われます」
なぜ今まで現れなかったのか。なぜに今になってなのか。
軍にとってそれは大いなる疑問だったが、これ以上の好機もない。なんせ―――
「各隊員、ミサイルの準発射備の通達を。特殊行動部隊は、安全圏から徐々に0号を包囲するように通達しろ。そして、両部隊に互いの作戦は伝えるな」
そんな隊長であろう男の言葉は、そのまま部隊に伝えられる。ある致命的な言葉を除いて。
だが、そのことを知るものはまだいない。
向かっていく真司。これ以上真司に活躍されてしまっては困る国。
両者は知らぬ間に、泥沼の対立へと進んでいる。これは本当に哀れな人間と愚かな人間のいさかいの話。