最期の言葉をどうぞ
「貴様を今から銃殺刑に処す。最期に何か言いたい事があれば、記録に残そう」
「ありがとうございます。それならば、安らかに死ねます」
「では、言ってみろ」
「ちょっと待ってください。人生最期の言葉なので、もう少し考えたいのです」
「時間稼ぎか?ふん、面白い奴だ。良いだろう。5分だけ時間をやる。我々の、せめてもの慈悲だ。それまで考えるがよい」
「感謝致します」
「現在時刻は午前9時06分だ。今から5分後、9時11分には貴様の刑を執行する」
「ああ、これほどまでに寛大な大佐には、出会った事はございません。不躾ながら、時間内に、ひとつお聞きしたいのですが、大佐でしたら最期の言葉を遺すとしたら、なんと答えますか?」
「我輩は、最期に言う言葉はもう決めてある。戦場で生きる兵士である以上、いつどのような死を迎えるか分からんからな。常に胸の内にしまってある。だがそれを話すのは、最期の瞬間が来たらだ。だから今、貴様にその言葉を教えるような事はしない」
「なんと素晴らしい。常に死と向き合っておられるのですね」
「我輩の事はどうでも良い。それよりも、貴様の最期の言葉は考えたのか?残りはあと4分だ」
「その前にひとつお願いがございます。私の荷物の中に、ブランデーのコニャックが入っていると思いますので、それを一口飲ませてください」
「ははは!それは叶えられない願いだ。コニャックは昨夜、我輩の部隊全員で美味しく飲ませてもらったからな」
「・・・全員で飲んだのですか?」
「酒など久しく飲んでいなかったので、活力が湧いたぞ。貴様も少しは役に立ったのだ。誇りに感じて死ぬが良い」
「・・・・・・」
「早く言葉を考えろ。残り3分だ」
「・・・任務完了です」
「なるほど、それが最期の言葉か。これで心置きなく死ねるな」
「大佐、最期にもうひとつだけお伝えしたい事が。実はあのコニャックの中には、神経系に作用する遅効性の毒が入っていたのです。昨夜飲まれたのであれば、そろそろ効果が現れるはずです」
「なんだと?!」
「私の任務は銃や爆弾を持たぬ特攻です。敢えて敵兵の捕虜となり、敵の大将に毒入りコニャックを飲ませる事だったのです。戦地でアルコールの誘惑は強烈です。私の荷物の中に酒を見つけたら、誰しも飲まずには居られないでしょう。幸いな事に、大佐の部隊全員がコニャックを飲まれたそうなので、私一人で部隊を全滅出来たわけです。大佐の仰る通り、誇りに思い、死ぬ事が出来ます」
「き、貴様!!」
「さあ大佐、最期の言葉をどうぞ。残念ながらその言葉を記録する者は、此処には誰もおりませんが」