259 攻守モード2~化け物鎧~
[前回までのあらすじ]エレドゥームの坑道を調査していたミラナたちは、ドーワーフたちのトロッコを襲うデスグローリーに遭遇した。魔物の背中に剣を突き立てたオルフェルだったが……?
場所:エレドゥーム
語り:オルフェル・セルティンガー
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――いけね。ちょっとミラナから離れすぎたか?
と思ったそのとき、背後からミラナの声と笛の音が響いてきた。
「調教魔法、行動範囲制限!」
――ピ~ヒョロロ~!――
これはミラナが攻守モードの補助魔法として新しく習得した魔法だ。使役された俺たちはもちろん、攻撃対象になっている魔物の行動範囲も制限される。
範囲は大体ミラナの周囲五十メートル、というところか。
前方に俺たちの行動範囲を示す魔法障壁が立ちあがり、坑道が防がれた。
魔物以外には見えず、ほかの人は普通に出入りもできるけど、俺たちにとっては宇宙一かたい壁だ。
「カーーーーー!?」
「はっはー。ミラナからは離れらんねーよ。俺もおまえもな!」
デスグローリーはその威圧的な障壁の出現に焦り、バサっと方向を変えて旋回する。俺はその上でバランスをとりながら、あらためてその魔物の鎧に目を向けた。
――思いっきり燃やせばいけんじゃねーかと思ったけど、厳しいか。
鎧に付加された魔法効果で、俺の体に黒い影がまとわりつく。
明るさを覆い隠し、その力を無効化してしまう強力な影の魔法だ。通常闇は光に弱い属性だけど、この影は明るさを侵食するほど強い。
それは炎や雷の放つ光に対しても通じるようだ。
だけどこれは、上級魔法……いや最上級魔法だった気がする。
――くっそ。魔法無効化に痛み消しにステータスアップって。この鎧化けものか?
魔法効果が付与された魔導装備は、効果がひとつ付いているだけでも高級品だ。
三つもの魔法が付与された鎧なんて、俺はいままで聞いたこともない。しかもそれが、こんな強力な魔法だなんて。
難解な魔法陣が複雑に刻まれた魔導鎧が、まるで意思でも持っているかのように、的確に俺の炎を抑え込む。
この鎧がある限り、炎や雷の攻撃では、デスグローリーにダメージは与えられないだろう。
――こんなすげー鎧を、たかがカラスの魔物が装備しているなんて、ありえねーだろ?
――そうか、これってもしかして……。
俺はそのとき、この鎧に隠された秘密をある種の直感で理解した。
これまでの攻撃モードや攻守モードで、さんざん体験した『呪いの反動』。この鎧は、その効果を引き出している。
要するにこの鎧には、見た目からはわからない弱点があるのだ。
鋼鉄のような輝きと重厚感があり、俺の炎の斬撃で傷ひとつつかなかったこの鎧。しかしこいつは、通常の打撃に弱い。
これは完全なる俺の勘だけど、魔力を込めなければ叩き割れる。
「砕け散れ! ポメルストライク!」
俺はトリガーブレードの柄頭を、思い切り魔導鎧に振り下ろした。
かたいはずの魔物鎧が粉々にかち割れ、魔物の断末魔のような音が鳴り響く。
「カーーーーーーーー!」
鎧に付与されていた痛み消しの効果が切れたのだろう。デスグローリーも悶えながら落下しはじめた。
トリガーブレードに炎が戻る。俺はそれをデスグローリーに振り下ろした。鎧さえ砕けば魔法攻撃も効くはずだ。
「カカーーーーーーーー!」
「よし。今度はしっかり手応えありだな」
デスグローリーは燃えあがり、そのまま力無く動きを止める。
「はっはー! 倒したぜ! 俺天才!」
俺は地面に着地しながら、ミラナの無事を確認しようと振り返る。その瞬間、ミラナの焦る声が聞こえてきた。
「オルフェル! こっちに戻ってきて!」
デスグローリーが幻術を使ったらしく、急激に数が増えている。五十匹くらいいるように見えるけど、本体ははじめからいた数匹だけだろう。
「シェインさん、あいつ、呪いの反動で支援がかかってます。魔力は込めずに鎧を破壊してください」
「なるほど、そうか!」
「すごいね、オルフェ。あんな振り回されながら魔物の弱点を見抜くなんて」
「あぁ、これが俺の第六感、犬の勘だ!」
「みんな、あらためて攻守モードいくよ!」
――ピッピピーーーー!――
「「「了解!」」」
ミラナの笛の音とともに、みなの闘志が湧き立って、俺たちはそれぞれに武器をかまえた。
ドワーフたちは行動範囲制限の外に避難し、ここは俺たちと魔物だけだ。
「調教魔法、攻撃魔法威力制限!」
――フィリリ♪ フィリリ♪――
「調教魔法、使用魔法等級制限!」
――ピ~ヨ~! ピ~ヨ~!――
さらに追加された調教魔法により、魔物の発動できる魔法の威力と等級が制限された。
これは俺たちの強すぎる攻撃魔法で、坑道が崩壊するのを防ぐためらしい。使用できる魔法が上級魔法までに制限され、高度すぎる魔法も使えない。
――ってミラナ、毎度ながら制限多いなっ。警戒心たけー!
――攻守モードで俺たち、自由に戦えるんじゃなかったの!?
――これじゃ、『待て』するまでもねーよ。
ちょっと不満ではあるけど、攻撃中に防御魔法が使えるのはやっぱりありがたい。
「よぉぉっし! 調子乗ってきたぜ!」
俺は気を取りなおして、デスグローリーのピッケル攻撃を、トリガーブレードで受け止めた。
その瞬間、全身にひどい痛みが走る。さっき魔物に振り回されたとき、岩壁に激突したせいだ。
「ぐはぁっ! いってぇ」
「オルフェル!」
俺が呻いて膝をつくと、俺を襲っていたデスグローリーを、シェインさんの槍が貫いた。
魔力を込めていないにもかかわらず、鎧どころか本体まで貫いている。ライオン獣人の筋力恐るべしだ。
「オルフェ、どこかケガしてるの?」
「そういやさっきボキッてなった」
「えぇっ? どこらへん?」
地面に這いつくばったままの俺に、シンソニーがヒールをかけはじめた。肋骨が何本か折れてそうだ。
その間にもシェインさんが、次々と魔物に槍を突き立てていく。ネースさんも巨大な尻尾を振り回して攻撃している。あの尻尾は強力だ。
だけど相手はほとんどが幻影で、仲間たちの渾身の物理攻撃も空振りするばかりだった。
「「「カカーー!」」」
「えい! って、あれ? また幻影もら」
「やぁーー! たぁっ! うーむ。これも違うな。本体はどれだ!?」
シェインさんもネースさんも、攻撃を空振りしすぎて、だんだん息があがってきた。
「はぁ、はぁ。なんか増えていってる気がするもらよ!?」
「倒し方がわかったのに、なかなか当たらないね」
「こんな幻影、おにぃさまの手を煩わせるまでもありませんわ。一気に片付けますわよ。ネース!」「え? あ、了解」
「「フロストレイン!」」
困っているシェインさんを見かねたのか、ベランカさんがネースさんに声をかけた。
二人が声を揃えて呪文を唱えると、雨のように降ってきた水の礫が一瞬で凍りつく。それが大量の氷の槍となって、デスグローリーたちに降り注いだ。
「「「カーーーーー!?」」」
「わ! ネースさんとベランカさんの連携魔法!?」
デスグローリーの幻影が次々に消え去り、氷の槍が突き刺さった本体だけが取り残されている。
「おぉーー! かっけー! 二人ってほんと仲良いですよね」
「だまりなさい」
「す、すません」
フロストレインのあまりの威力に、俺が感心して声をあげると、ちっちゃなベランカさんに睨まれてしまった。
逃げだしたデスグローリーが、俺とシンソニーの頭上を通過しようとしている。
俺を治療していたシンソニーが、いきなりウィングワンドを振りあげた。魔物の鎧が俺の頭上で砕け散る。
「僕の上を素通りできると思ってるの?」
シンソニーは間髪入れず、エアスラッシュを撃ち放った。風の斬撃がデスグローリーを切り裂き吹き飛ばす。
どう見ても即死級の一撃だ。飛び散った鎧の破片も一緒になって飛ばされていく。
「かっけ……。やっぱり鳥にはエアスラッシュだな」
「攻守モードって最高だね」
騒がしかった坑道が静かになると、ドワーフたちが戻ってきて、俺たちは大きな歓声に包まれた。
「おぉぉ! すごいのぉ! 本当にあのデスグローリーをやっつけたわい!」
「やるなぁ、おまえたち! トロッコも奪われずに済んで助かったぞい」
「おぉう! やったぜ!」
喜ぶドワーフたちに取り囲まれて、俺はしばし気分よく調子に乗った。後半はぶっ倒れてただけだけど、みんなが俺の『犬の勘』を褒めてくれたからだ。
倒し方さえわかれば、ドワーフたちもあいつらに、ある程度対抗できるだろう。
俺たちはそのあとも坑道を歩き回り、いくつかのデスグローリーの集団を討伐して周った。
そしてその夜は、エレドゥームの中央にある王城で、休ませてもらうことになったのだった。




