242 ケルベロスユナイト1~地下バンカー~
[前回までのあらすじ]アジール博士の研究記録を手に入れるため、トールレニアの研究室を目指すケルベロスガンマ。実験場にてポータルの安定装置を移動した彼らは、いよいよ瞬間転移のときを迎える。
場所:トールレニア
語り:オルフェル・セルティンガー
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「みんな! いよいよトールレニアへ乗り込むぜ! もう覚悟はできてるな?」
「「「もちろんです!」」」
ポータル三号機の低い動作音とともに、隊員たちの力強い声が実験場に響く。
俺たちは、未知の体験に緊張しながらその巨大な装置の前に立っていた。
――カチッカチッ!――
――ビー! ビー! ビー!――
メラニーさんが操作盤にある複数のレバーを押しあげ、最後に少し大きめのスイッチを押下する。準備完了を知らせる無機質なビープ音が響いた。
「行きましょう」という彼女の声に促され、俺たちは安定装置を乗せた台車を押しながら、その円柱形の空間に足を踏み入れた。
――ヴゥーン……――
紫黒色の光が全身を飲み込んでいく。無重力のような浮遊感と、耳鳴りを思わせる嫌な音が、俺の意識を揺さぶった。
目を閉じると、全ての感覚が遠のいていく。そして、再び目を開けたとき、俺たちはもう別の場所にいた。
「ここは……?」
「ポータル初号機のなかです」
「うわぁ、本当に一瞬だったな」
あまりにあっけなくて、隊員たちはみんなほっとした様子で顔を見合わせた。
「ふぅ。すごい体験しちゃいました」
「生きてる……、か?」
「ええ。生きてますわよ、フィニー!」
「腕も足もまだあるな」
周りを見渡すと、ポータル初号機は二号機よりも一回り小さく見えた。
初号機の定員は十人、二号機は二十人、そして三号機は五十人となっている。
博士が一度に多くの兵を転移させるため、研究を重ねていたことがここからもわかった。
そしてエンベルトの話が本当なら、あの迷宮は五百人あまりの兵士たちを、一度に瞬間転移させている。
きっとあの迷宮は、博士が開発した最新の転移装置『ラビリンス』の一部なのだろう。
その異質さを考えると、『ポータル』から『ラビリンス』へと研究が進む間に、なにかが起きたとしか考えられない。
それくらい、あの迷宮は得体のしれないものだった。
そのなかに取り込まれたあの日の記憶を思い出すと、俺は内臓をぐちゃぐちゃに混ぜられたような、気分の悪さに襲われた。
そしていまも俺の胸を締め付けるのは、あの迷宮の奥深く、マレスを守っていたライルの姿だ。
「オル先輩、気分悪そうですけど大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。問題ない。みんなはどうだ? 異変はないか?」
「「はい、問題なさそうです!」」
「じぁあ、あとは研究記録を見つけるだけだな!」
「はい、帰りは一瞬で私の家に着きますから、野営の必要もないですよ!」
メラニーさんが少し得意げに笑っている。ポータルの感覚は慣れそうにないけど、一瞬で街に帰れるのだと思うと、急に心が軽くなった。
だけど、ここは危険な軍事施設のなかだ。けして気を抜くわけにはいかない。
ポータルの外に出てみると、そこは地下実験室のようだった。窓ひとつない真っ暗な部屋だ。さまざまな部品や工具が散乱している。
操作盤に取り付けられた小さなランプだけが、いまは静かに明滅していた。
愛のベールの光がなければ、ほとんどなにも見えないだろう。
「暗くてよくわかりませんね。研究記録はどのあたりでしょうか」
「実は記録や資料はこの部屋とは別の資料室にまとめられているんです。通路はここを出てまっすぐですし、すぐそこなので問題なくいけるはずです。
私は安定装置を初号機に取り付けて、帰りの準備をしておきます。その間に取りに行ってきてください」
「一人で危険じゃないですか?」
「大丈夫ですよ。この部屋はすごく丈夫で、魔物も入ってこれませんから」
自信ありげにそういうメラニーさん。
この部屋は爆発事故などに備えて、かなり頑丈に作られているらしい。
それに彼女はここまでも、いざというときには自分の魔法や魔道具で、しっかり身を守っていた。
彼女なら確かに大丈夫だろう。
俺たちはメラニーさんに作業をまかせて、その間に研究記録を取りに行くことにした。
魔力を補充済みの、予備の浄化装置を彼女に渡す。
「浄化装置の魔力が切れるまでには戻ります。万一俺たちが戻らなかったときは、メラニーさん一人で帰ってください」
「そんなこと言わず、絶対戻ってきてくださいね?」
メラニーさんに見送られて、俺たちはその実験室をあとにした。
△
実験室の重い鉄製の扉を抜けると、そこは薄暗い石造りの通路になっていた。
通路の天井はアーチ状で、暗闇の奥へとつづいている。じめっとした空気とかび臭い匂いが漂っていた。
「この壁にある魔法陣は……」
「壁の強度を増すためのものみたいですね」
「もう魔法の効力は切れているようです」
通路の両側の壁には、魔法で強化された痕跡があった。実験室の壁は丈夫に作られていたけど、通路の壁は脆いようだ。
強化魔法はすでに力を失い、壁はなにかがぶつかったように、あちこちが崩れ落ちていた。たぶん、この軍事施設に潜む魔物たちが、縄張り争いでもしたのだろう。
崩れた壁の向こうには、物資が収められた倉庫や、避難所のような簡素な部屋が見えている。どうやらここは、かなり大規模な地下バンカーらしい。
「強引な強化魔法の重ねがけが原因ですね。軽い衝撃でも簡単に崩れますよ」
「みんな、できるだけ気をつけ……」
――シュンシュンシュン!――
その瞬間、暗闇だった通路が赤く光り、なにかが俺たちに迫ってきた!
通路を埋め尽くすほど大量のそれは……。
「火矢だ!」「アリアンナ!」
「はい! アクアレイン!」「ガォォーン!」
雄たけびをあげる精霊クマー! 滝のような水が前方の視界を奪う。それは飛んできた火矢の炎をかき消し、矢の勢いを抑え込んだ。
アクアレインは脆くなった壁や床に触れることなく、直前で霧のように消えて行く。
「さすが。完璧な魔力操作だ、アリアンナ」
「ありがとうございます。でもこれだけ大量の火矢を一斉に放つなんて。いったいこの奥にどれだけの敵が……」
「いや、この矢自体が魔物みたいだぜ」
床に落ちた矢は、それぞれがカタカタと震え音を立てている。再び燃えあがろうと煙を吐き、魔力を溜めようとしているようだ。
「ヒートバースト」
俺が呪文を唱えると、矢は赤く燃えあがり、そのまま溶けて燃え尽きた。
断末魔のような音がかすかに響く。
ヒートバーストは高温を生み出す魔法だ。小さいものなら鉄でも溶かして消滅させる。
「施設内は魔力だらけで、探知魔法もほとんど効果がない。不意打ちされても、できるだけ壁を壊さないようにしてくれ。音で魔物が集まってくるし、下手すると生き埋めになるぜ」
「「はい!」」
「パヴィオ、モルスモーダルならなにか感知できるか?」
「やってみます」
パヴィオは全身の感覚を研ぎ澄ませ、目をつぶる。彼の表情がこわばった。
「パヴィオ?」
「近くでなにか暴れてます……! 二体……どちらもかなり大きいです」
「巨大魔物対決か?……巻き込まれるとやっかいそうだな。みんな、音を立てず、速やかに移動だ」




