202 定例会議1~ハレンチ大佐~
[前回までのあらすじ]オトラーに投降してきた聖騎士軍の捕虜たち。ネースとともに彼らを尋問したオルフェルは、報告書をまとめ定例会議に挑む。
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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聖騎士を含む捕虜たちの尋問を終えた俺は、本拠地の食堂で昼食を食べていた。
「おぉ、セルティンガーじゃないか。元気そうだな」
――うわ、ローラ大佐か。
大佐が笑顔で近づいてきて、俺は少し警戒しながら、大佐に会釈と返事を返した。
鍛え抜かれた長身の身体に大きな胸。あまりにスタイルがよく目立つため、食堂にいる男たちが全員こっちを見ている。
彼女が光り輝く金色の長い髪をかきあげると、華やかな香が漂ってきた。
本当に綺麗な人だけど、戦場では巨大な光の大剣を振り回して戦う、恐ろしく強い将軍だ。
その強さは、彼女ならクルーエルファントとサシで戦えるのではないかと噂になるくらいだった。
「ローラ大佐、お疲れ様です」
ここはそれなりに広い食堂だ。少し時間が遅いせいか、空席はたくさんある。
それでもローラ大佐は、俺の隣に座って俺の肩を叩いてきた。
「やるじゃないかセルティンガー! 報告書を見て驚いたぞ。あの口のかたい捕虜たちから、よくあそこまでの情報を聞き出したものだな!」
嫌な予感しかしていなかったけど、大佐は俺の尋問を褒めてくれた。
女性とは思えないほどに低く芯のあるその声には、大人の色気と同時に、大佐にふさわしい迫力がある。
俺は少し、驚きながら返事を返した。
「いや、あいつら、別に口かたくなかったですよ? 最後には聞いてないことまで話し出す始末で」
「いやいや、私はおまえが捕虜を焼き殺し、ついでに収容所まで燃えあがらせるんじゃないかと心配してたんだ。よくキレずにやり遂げた。評価してやる」
――えー? 俺そんなふうに見えてたのか。まぁ、確かに。毎度逆上してりゃな。
――評価してやるってこれ、本当に褒められたの?
「……ありがとうございます?」
俺が首を傾げながらそう答えると、ローラ大佐は笑顔で俺の肩を抱いてきた。
優しく添えられているように見える彼女の指先は、すごい力強さで俺の動きを封じている。
締め殺されるのかと焦る俺。
しかし、ローラ大佐は上機嫌だ。
「はっはっは。そうかそうか! セルティンガーも大人になったもんだな!」
「えっ? 俺が大人に……!? 本当ですか!?」
これは褒められた以上に驚きの発言だ。俺は思わず顔をほころばせた。
このローラ大佐は、俺の顔を見るたびガキだと言って笑ってきたのだ。
戦闘ではトップレベルに強いはずの俺が、いまだに軍曹のままなのは、俺のガキっぽさが原因なのだと彼女はいう。
俺は軍曹でも特に不満はないけど、俺だってもうすぐ二十歳になる。ガキだと言われるのはそれなりに不満だった。
――俺、ついに大人か!? やったー!?
喜びを隠せない俺を見て、にまりと笑うローラ大佐。
片手でしっかり俺の肩を掴んだまま、俺の耳に手を当て小声で話しかけてきた。
『まぁ、大人になれたのは私のおかげだよな? ミシュリはいい女だろ。感謝しろよ』
「なっ!?」
真っ赤になった俺を見て、ローラ大佐はニヤリと意味ありげに笑っている。
色仕掛けで俺を誘惑しろとミシュリに司令を出したのは、このハレンチ大佐なのだ。
俺は頭から火を吹きそうになりながら、大佐の手を振り払い立ちあがった。
「なに言ってんっすか!?」
「まさか……! あれだけ準備してやったのに、まだなんじゃないだろうな?」
「本当に勘弁してください!」
「なんだ。まだガキのままだったか」
「大佐!? 乙女の恥じらいが宇宙のチリになってますよ!?」
女性だというのに、なんという恥じらいのなさだろうか。
俺には彼女が女性の皮を被った魔物に見えた。
「まったく、情けないな。ミシュリの下着まで選んでやったのに」
「ぐっはぁ! 黙れですよ!?」
慌てる俺を不満そうに見ながら、ローラ大佐は料理を口に運びはじめた。
相変わらずの大食いで、ペロリと三人前は食べてしまう。
――やっぱりこの人魔物じゃねーか!?
俺が立ったままその食いっぷりを眺めていると、ローラ大佐は眉を顰めた。
「おまえも早く食え。午後は定例会議だぞ」
△
俺は午後から定例会議に参加した。
議題は主に投降してきた聖騎士やほかの捕虜たちから、俺が聞き出した内容についてだ。
俺は自分で作った資料片手に、尋問の内容を報告し、有識者たちを含めた指導者たちの質問に答えていた。
この会議で、俺がこんなに中心人物になったのははじめてかもしれない。
俺があまりに真面目に受け答えしているせいか、ローラ大佐とハーゼン大佐がニヤニヤしている。
だけどこの会議は、真面目に参加しておかないと、あとあと後悔することになるとわかっているのだ。
「まさか、イニシス国王がシャーレンとの契約を破棄し、水の国を侵略しようとしていたとは」
「あのケイオス将官が王をそそのかしていたのか」
「確かにあの男は危険な思想を持っているという噂がありましたね」
「しかし、アジール博士が侵略戦争のためにそんな大掛かりな研究を……」
指導者たちは一様に、その内容に驚きの声をあげた。
この会議には、歴史学者や魔法学者、神学者などの学者たちをはじめ、国中で活躍していた通信員や吟遊詩人、それから錬金術師のような各種専門家や、オトラー近隣の領主など、実にさまざまな人が参加している。
だけど誰一人、ケイオスの策謀に気付いていた人はいなかった。
「それにしても、聖騎士が自分たちの嘘を認めるとは驚きましたな」
「闇属性を全員処刑すれば、王都の封印が解かれる、なんて、本当にとんでもない嘘でしたね。
これで、闇属性魔導師たちが、理不尽な迫害を受けることも減るといいですが」
「朗報ではありますが、一度できた偏見が、簡単に変わらないのも事実。間違いであったと早急に世に広め、さらなる取り組みを重ねていかなくてはなりませんな」
闇属性迫害に反対してきた有識者たちは、闇属性の仲間たちのために、真剣な話しあいを続けている。
俺も、簡単だとは思わないけど、聖騎士が嘘を認めたことは、素直にうれしいと思った。
すでに聖騎士たちのいたシャーレニア地方では、聖騎士が嘘をついたという話が、民衆たちにまで広がっている。それが聖騎士を襲った、暴動の引き金になったのだ。
シャーレニア地方の人々が、オルンデニアの復活を目的に、闇属性を迫害する可能性は、かなり減ったのではないだろうか。
「しかし、彼らは本当にオトラーに協力を求めてきたのですか?」
信じられないという顔で、歴史学者のおじさんが俺に質問してくる。
俺はみなに向かって、聖騎士から尋問した内容についてさらに説明した。