182 監視塔にて~卑怯だもんね~
[前回までのあらすじ]レーギアナの森で、オトラーの領地に侵入していた聖騎士軍と交戦し、勝利したオトラー義勇軍。捕虜となった聖騎士軍の騎士、オリヴィエを尋問したオルフェルは、多くの情報を聞き出すことに成功した。
場所:アガランス砦
語り:オルフェル・セルティンガー
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オリヴィエを尋問したあと、俺はさらに何日かを捕虜たちの尋問に費やした。
そして俺はいま、オトラーの領土南東にあるアガランス砦にいる。
ここは一年以上の間、俺たちオトラー義勇軍と、聖騎士軍が睨みあっている砦だ。
俺たちがいるのは砦の四隅に立てられた監視塔のひとつだった。
狭くて埃っぽい部屋に小さな窓がついていて、そこから周囲の様子が見渡せる。
俺は自分の書いた報告書を片手に、尋問した内容をミシュリに報告していた。
もちろん事前に、同じ内容をシェインさんにも報告してある。
「捕虜たちの話では、結成時、聖騎士軍は全体で一万人近くいたらしい」
「私たちがだいたい三千人だから、三倍以上はいたんだね」
「あぁ。でもレーギアナにくる前に、すでに二千人くらいまで減ってたみたいだぜ」
「私たちそこまで倒してないはずだけど、ずいぶん減ったのね」
「魔物とアリストロ軍にやられて、脱走もかなりあったみたいだ」
「あらら」
聖騎士軍は領地の西側でオトラー義勇軍と戦いながら、東側では侵略してくるアリストロ軍に応戦していた。
だけどもともと、アリストロ軍の方が兵の数が多いため、聖騎士軍は劣勢だ。
そんななか、闇のモヤが広がったことで、聖騎士の嘘が民衆たちに露呈した。
彼らは聖騎士が大精霊の祝福を失ったことを、民衆たちに隠していたのだ。
民衆の不満が高まり、疑問の目を向けられるようになると、兵士の士気も下がってしまった。
いまは東でアリストロと戦っていた兵がどうなったのか、それすらもわからないらしい。
「しかもな、オトラー側にいた兵は、アジール博士の迷宮でかなり死んだらしいぜ。俺らと戦ってさらに減ったから、いまは二百人もいないだろうって話だ」
「わぁ、減ったねぇ。それならあとは、兵器が残ってるかどうかだね」
俺たちがいまいるアガランス砦は、五百年以上前に作られたものだった。
イニシス王国がまだ敵対する小国の集まりだったころ、数々の戦いに使われていた。
オトラー側は森と山に囲まれており、北からは子供のころよく遊んだグレイン川が流れてきていた。
そして聖騎士軍側は、消えた王都の南の地域、シャーレニア地方の西の端の荒野となっている。
砦から遠くが見える魔視スコープを使えば、聖騎士軍がこちらに向けて設置している、たくさんの砲台や投擲台が見えた。
「あそこの兵器も、捕虜たちが言うには動かねーらしい」
「なんだ。見せかけだけだったの? 攻め込んだら倒せちゃいそうだね」
「まぁ、捕虜の話だからな? 数人から確認は取ったけど、信じすぎるのはよくねーよ。オリヴィエも完全には信用できねー。特にアジール製の兵器は、ひとつでも注意しねーと」
「オルフェルきゅんが言うと説得力あるね」
少し苦笑いしながらそういうミシュリ。彼女は俺の胸に穴が空いたとき、本当に心配してくれたようだ。
だから聖騎士たちに対しては、そうとう腹が立っているらしい。
それでもハーゼン大佐が動けない状況で、負傷兵を捕虜にとり、しっかり管理していたのはさすがだった。
おかげで俺たちは、オトラー義勇軍崩壊の危機を乗り越えることができたのだ。
そんなこともあり、俺はますますミシュリへの気持ちを深めることになっていた。
――てか、砦にきても『オルフェルきゅん』のままか? これは、ほんとにまいったぜ。
――いまは二人きりだからいいけどさ……。
彼女は今日も綺麗に化粧をしていて、嗅ぎなれたいい香りがしている。
髪の色にあわせた桃色の戦闘服も、彼女のスタイルのよさを際立たせていた。
可愛い仕草で身を寄せられると、俺もドキドキしてしまう。だけどいまは仕事中だから、浮ついてばかりもいられないのだ。
俺は緩みそうになる気持を引き締めつつ話を続けた。
「シャーレニア地方はかなりたいへんな状況らしいぜ。魔物とアリストロ軍のせいで大勢死んでるみたいだ」
「あのオリバーってやつ、私にはずっと無言だったけど、オルフェルきゅんにはずいぶん喋ったんだね」
「オリヴィエな」
「とりあえず、捕虜がいることを聖騎士軍に知らせたいよね。いまなら捕虜と引き換えにいろいろ交渉できるかもしれないし」
「そうだな」
ミシュリは捕虜たちが俺にだけ素直に話をしたのが不満だったらしく、ムッとした顔で頬を膨らませた。
だけどすぐに戦略的な話をはじめる。ところどころふざけているけど、やはり彼女は大尉なのだ。
――まぁ、しかたねーよな……。
そのとき俺の頭には、捕虜たちの悲しげな顔が浮かんでいた。
捕虜たちは『シャーレニアに帰りたくない』と、涙ながらに訴えてきたのだ。
俺はカタ学で学んだ、シャーレニア地方の情報を思い出していた。
聖騎士軍の本拠地があるその場所は、平野に流れる川の合間にいくつかの小さな街が存在している。
その北西にはシャーレン教の聖地があり、昔から多くの人が巡礼に訪れていた。
歴史的な大聖堂や、光の大精霊シャーレンを崇める神殿がいくつもあり、聖職者たちが祈りや奉仕を行って暮らしている。
そんな神聖な地域が、魔物だらけになっているという。
そのうえ捕虜の話が本当なら、聖騎士軍は崩壊中で、民衆たちにも嫌われている。帰りたくないのは当然かもしれない。
だけど俺がそれに同情するには、俺たちの確執はあまりに大きい。
捕虜たちはオトラーにとって、負担や不安の種になるのだ。話し合いに利用されるのは仕方がない気がする。
――だけど、心配だな。あいつ、無事だといいけど。
俺はシャーレニアにいるはずの、友人の顔を思い浮かべた。
俺に闇属性の妹イソラを託した、聖職者のレーニスだ。
シャーレニアには何人かのオトラーの協力者が潜伏している。
敵地にいる闇属性の魔導師たちを助け出し、オトラーに匿うためだ。
だけどもう長い間、彼らからの連絡や協力要請も途絶えていた。
「うーむ。すぐそこの地域なのに、そこまで魔物が増えてるなんてな。地域による魔物の数の偏りは前からあったけど……」
「アリストロも魔物はたいへんそうだし、オトラーはこれでも運がいいのかな。領地内の魔物の数は、一年前と変わらないもんね」
「そうだよな……。あ、それでな? ここからがよくわからねーんだけど」
「うん?」
俺たちは互いに首を傾げながら、聖騎士軍の話を続けた。
やはり聖騎士軍は増え続ける魔物に対抗するため、アジール博士を頼ろうとしたようだ。
しかし彼らが博士に会うために踏み入ったのは、レーギアナの森ではなく、スキアズの森にある研究施設だったらしい。
「え? どういうこと? アジール博士の研究室はレーギアナにあるんだよね?」
ミシュリが不思議そうに首を傾げている。
スキアズの森はシャーレニア地方北部の、封印された王都と聖地シャルバリの間にある森だ。
そこは昔から、闇のモヤが多く発生する場所として知られていた。
「よくわかんねーけど、捕虜たちが言うには、アジール博士の研究室は、ずっと前からスキアズにあるらしい。迷宮で迷って気が付いたらレーギアナにいたんだと。
そこで俺たちに出くわして、あの戦いになったっていうんだ」
「そんなばかな」
ミシュリが呆れたような顔をしている。それもそのはず、レーギアナとスキアズは、まったく別の場所にあるのだ。
五百人近くいた軍隊が、知らないうちに移動するとは考えにくい。
俺たちが首を傾げていると、突然砦の兵たちが騒ぎはじめた。
「白旗だ! 聖騎士たちが降伏してくるぞ!」
「え、うそでしょ」
俺はミシュリと並んで監視塔の窓から目を凝らした。
白旗を持った男を先頭に、肩をすくめた男たちが数十人、ぞろぞろと列をなして歩いてくる。
荒野からは砂埃とともに、冷たく乾いた風が吹きつけている。
彼らはその風に煽られて、ふらふらとよろけながら進んできた。
あのイニシス王国の立派な国旗を掲げていた聖騎士軍とは思えない生気のなさだ。
――すげー異様な雰囲気だな。
遠くてよく見えないため、首にかけていた魔視スコープを片目に当ててみた。
「あれ、本当に聖騎士軍?」
シンソニーも監視塔にあがってきて、情けなさげな姿勢で歩く男たちを目を細めて眺めている。
魔視スコープでみると、それは確かに聖騎士軍だった。先頭で白旗を振っているのは、あのエンベルト・マクヴィックだ。
しかし、彫刻のように整っていたエンベルトの顔が、見事なほど青く腫れあがっている。
――てか、なんだあれ、やべー……。
俺が黙って魔視スコープを覗いていると、ミシュリがそれに手を伸ばしてきた。
「オルフェルきゅん、魔視スコープ私にも貸して」
「やめろ、見るなミシュリ!」
「どうして?」
聖騎士軍はみな鎧も着ておらず丸腰で傷だらけだった。そして、局部を適当な布や植物などで隠しているだけで、ほとんどのヤツが全裸だったのだ。
こんなものはミシュリに見せられない。
「貸してったら」
「ダメだって」
魔視スコープを抱えてミシュリに背中を向けると、ミシュリが後ろから抱きついてきた。
「どうして? 貸しなさい! 命令だよ!」
「やめろって!」
「上官の言うことが聞けないの?」
「こんなときだけ上官モード!?」
「これでどうだっ」
ミシュリが後ろから俺の脇の下をくすぐりはじめた。
「ひぁっ、勘弁してっ!?」
身をよじって悶える俺。俺たちがいちゃつきはじめたと思ったのか、シンソニーが気配を消している。
「もう、なんなの?」
「いや、あいつら裸だから、ミシュリには見せたくねーんだって」
「えっ? 全裸聖騎士!? みたいみたい!」
ミシュリからの虐待に耐えていると、やつらは砦の前まで歩いてきてしまった。
見たがっていたはずのミシュリが窓の外を見て、真っ赤になってしゃがみ込んでいる。
「見たくなかった」
「だから言ったのに……」
呆れて頭を掻く俺。好奇心旺盛なのはいいけど、困った恋人だ。
「それにしても、なんであいつら裸なのかな? 誇り高き聖騎士はもうやめたのかな」
シンソニーが首を傾げている。
「俺たちを油断させる作戦じゃねーか? 奇襲とか捕虜の奪還が狙いかもしんねーよ」
「近づいたら爆発するとか?」
「あいつら、卑怯だもんね」
裸の聖騎士軍を見下ろしながら眉を顰める俺たち。
「とにかく、私は上官たちに報告して指示を仰いでくるよ。オルフェルきゅんは兵たちに警戒をよびかけてきて」
ミシュリがそう言って監視塔を出ていく。
俺もシンソニーと一緒に、分隊の兵たちに指示を出すためその場を離れた。




