174 ネースの研究室にて2~最後の希望~
[前回までのあらすじ]闇落ちしてしまった姉のイザゲルを倒すため、おもちゃではなく本物の武器を作ると決意したネース。思い詰める彼のもとにやってきたのは真っ赤な頭の後輩で……?
改稿しました(2025/01/20)
場所:ネースの研究室
語り:ネース・シークエン
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突然研究室の扉がノックされ、怯えていると、扉の向こうから声が聞こえた。
「あのー、ネースさん? いきなりきて脅かしてすみません。オルフェルです」
――え? なんだオルフェルか……。
ボクはホッとため息をついて、そっと研究室の扉を開いた。
立っていたのは真っ赤な髪の後輩だ。
オルフェルはボクのなかでは数少ない、ボクが『お仲間』認定している相手だった。
彼のこの姿を見ればボクは、彼を好きにならずにはいられない。
オルフェルはボクが作った魔玩装備を全身に身につけ、腰には魔玩具の象徴みたいなトリガーブレードを得意げにさしているのだ。
このトリガーブレードは、ボクの作った魔玩装備のなかでもかなり出来栄えがいいものだ。
ボクは騎士が嫌いだけど、『騎士になりたい』というオルフェルの夢を応援していた。だって、夢を持つのはいいことだって、アジール博士の本に書いてたから。
だけど、騎士になれば戦闘に出て、危険な目に遭うことも多いだろう。
だからボクは気合いを入れて、できるだけ堅牢で威力のある剣を作ってあげた。
トリガーの形状や音にもすごくこだわったし、剣先の光りかたなんかも、最高にかっこいい仕上がりだ。
その甲斐あってか、オルフェルは思った以上にトリガーブレードを気に入ってくれた。ボクがつけた魔玩アビリティーを戦闘中に好んで使うのは、彼とベランカくらいだという。
彼はボクの魔玩装備の熱心なファンで、ボクのお気に入りの後輩だった。
――オルフェルくらいだからね。変人モードのボクに普通に話しかけてくるのは。
彼はボクが独自の言葉で話していても、ボクと対話しようとするのをやめない。
興味津々という顔をしながら、「それ、どういう意味ですか?」と、毎回普通に聞いてくるのだ。
ボクはそれに、さらに意味の通じない言葉で返すんだけど。
――ボクが言うのもなんだけど、オルフェルって、ほんとに変だよね。
――『お仲間』って感じがするよ。
――でも珍しいな、研究室まで来るなんて。
「すっげー。見たことない魔道具がいっぱいですね! でも思ったより明るいし、めちゃくちゃ綺麗に整理整頓されてる。ネースさんって綺麗好きなんですね」
オルフェルは研究室に足を踏み入れ、興味深そうに周りを見回している。
いつもすごく褒めてくれるし、たくさん感謝もしてくれるけど、素直に言ってくれているのがわかる。
やっぱりオルフェルは苦手じゃない。
だけど、ボクの研究室にはだれも来ない。ボクはハーゼン以外の人と、二人きりで話したことがないんだ。
だからボクはオルフェルが相手でも、すごく緊張してしまう。
ここはボクの領域だからね。目的のわからない人が入ってくると、ボクはやっぱり不安なんだ。
オルフェルはどうして、いきなりここに来たんだろう。
「インガセッキン?」
「え? インガッキンってなんですか?」
ボクが『変人モード』で話しかけると、オルフェルは首を傾げながらも、やっぱり普通に聞いてきた。その顔にはまったく邪気がない。
でもあの日、ボクが土下座して謝った秘密会議では、彼もひどく泣いていたし、怒った顔をしていた。
ボクはオルフェルが好きだけど、彼に嫌われるのは仕方ないと思う。
ボクの姉さんが村を襲い、きみの両親を殺したんだ。
それに姉さんは、きみの顔に火傷を負わせた。ミラナが処刑されたのだって、もとを正せば姉さんのせいだ。
きみを泣かせているのはいつだってボクだ。
姉さんを救えなかった不甲斐ないボク。
現実に向きあえなかった情けないボク。
それなのに、きみは本当に、どうしてここに来たんだろう。
オルフェルが突然剣を抜いて、ボクを切り殺したって不思議じゃない。
たとえきみに刺されても、ボクはきみに、誠実でいなくてはいけないと思う。
ボクはひとつ頷いて、ごまかしのない言葉をきみに伝えた。
「インガセッキンは、なにしに来たのっていう意味だよ」
「あぁ~! 教えてくれてありがとうございます!」
「で、ここになにしに来たの?」
「いやぁ、ネースさんすっげー、思い詰めてたから、大丈夫かなぁって気になったんで」
「え……」
オルフェルの発言に、ボクはドキドキが止まらなかった。子犬のようなつぶらな瞳は、とても嘘をついているとは思えない。
――この状況でボクの心配!? ほんとに? ハーゼンですらずっといっぱいいっぱいで、ボクのこと放置状態だったのに?
ボクの胸がじんわりと熱くなっていく。喜びで心が満たされていく。
この場所で研究ばかりしてきたボクは、ずっとずっと一人だった。だけど本当は、ものすごく寂しかったんだ。
――ほんとに可愛いな、この後輩! よかったら、このいちばんいい椅子を使ってゆっくりしていってほしいもら!
――いまコーヒー淹れるもらよ! 豆を挽くから、ちょっと待っててね! 極上のやつ淹れるもらね!
ボクに無言で椅子をすすめられたオルフェルが、少しキョトンとしながらも椅子に座った。
――あ、しまった。声出してなかった。だめだー! ボクたんやっぱり会話無理もらー! 変人のふりやりすぎてもうそれが通常モードになってるもらー!
冷や汗をかきながらも豆を挽きはじめたボクを、オルフェルがニコニコしながら眺めている。
「あ、コーヒー豆、すっげーいい匂いですね。ネースさんこれ、どうやって手に入れるんですか?」
「ベランカが調達して、ボクにまわしてくるんだ。ボクがオトラーのために寝ないで研究しつづけられるようにって」
「うはぁ。優しいような、厳しいような。ベランカさんらしいですね」
オルフェルがおかしそうにクククと笑う。
その笑顔に、ボクの心は癒されてしまう。心を温められてしまう。
ボクが豆を挽いていると、オルフェルが腰のトリガーブレードを、ゴトンと作業台の上に置いた。
ボクの胸がドキリと跳ね上がる。
――落ち着け、ボクは覚悟を決めたはずだ。
ボクは大きく息をついて、その剣に手を伸ばした。
「……オルフェル。きみの用件はわかったよ。この剣から、魔玩アビリティーを取り除いて欲しいんだよね」
苦渋の想いがボクの胸に押し寄せる。だけど大丈夫だ。ボクは水属性だから、全て水に押し流せばいい。
これからは余計な感情を捨て、やるべきことを成し遂げる。
世界を変えるのは強い兵器。
おもちゃの武器は、この世界に必要ない。
「心配いらない。ボクが責任をもって、それを本物の武器に改造するよ」
「え!?」
ボクの言葉に、オルフェルは慌てた顔でトリガーブレードを自分の腕に抱えた。おもちゃを取られまいとする子供のように、大切そうに抱きしめている。
「いや大丈夫です! 俺トリガーブレードめちゃくちゃ気に入ってるんで! 音が鳴って光らねーと、さっぱり調子出ないですよ」
「え?」
「俺こうやって、机の上にトリガーブレード置いて、眺めるのが好きなだけなんです。誤解させてすみません」
「でも……」
「ほんとにこの剣、端から端まで最高ですよ。部下たちから不満が出てる部分は、改造してやってほしいですけど、これはこのままで大丈夫です」
「どうして、きみは……」
オルフェルの言葉にボクの目から涙が溢れだしてくる。張りつめていた糸が切れたみたいだ。鼻水と嗚咽が止まらない。
どうしてこの後輩は、こうも変わらずにいられるのだろう。こんな残酷な世界で、曲がることも、押しつぶされることもなく。
自分を変えるほどの努力をしたにもかかわらず、君は大切な人を失った。志した夢は理不尽に潰えて、大きな失望も味わったはずだ。
手に入れたかったもの、手にしていたもの、その多くを失って、ボクたちは激情に飲み込まれた。
君の体に残るのは、隠し切れない大きな傷跡。
それはボクが思うより、ずっとずっと痛いはずだ。
それでもきみは、大きなわだかまりを熱に変え、ボクにまでその温かさを届けてくれる。
君が人に歩み寄るのは、この息苦しさを乗り越えていくための、君の生きる知恵なのかもしれない。
ボクはそんな推論を立てた。
その強さと優しさは、過去の失敗や痛みに囚われたボクには、とても簡単には真似できない。
ボクももっとまっすぐに、人と向きあうことができていれば……。
「えっ!? 俺、ネースさん、泣かせた!? すみません! 大丈夫ですか? ほんと、ネースさんにばっかり、みんなで期待して負担かけて申しわけないです。俺、あんま役に立たないかもしれないですけど、なんでも協力するんで困ったら言ってください!」
オルフェルは慌てて駆け寄ってきて、ボクの背中をさすりはじめた。一生懸命慰めてくれてるけど、これは悲しみの涙じゃない。
こんなボクを仲間と認め、ボクとその作品を大切にしてくれるきみへの、感謝の涙だ。
ボクは義勇兵たちの武器から魔玩アビリティーを取り除き、本物の武器に改造するつもりだ。
だけど、その武器だけは、そのままにさせてもらっていいだろうか。
きみがそう望んでくれるなら。
この恐ろしい世界への、ボクの最後の希望として。




