159 遺跡探索3~おまえ、強く生きろよ!~
[前回までのあらすじ]オルフェルたちは、魔物使いの先輩ジャスティーネさんのテイムを手伝うため、樹氷群のなかにある遺跡に入った。研究室の室長をするメージョーさんとともに、迷宮に足を踏み入れた彼らは……。
場所:ラスダール樹氷郡遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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石レンガの廊下を進んでいた俺たちは、しばらくして目玉の魔物に遭遇した。
冷たい廊下の角を曲がった先に黄色く光る魔物が浮いている。覗き込んで眺める俺たち。
「わうん! あれか? 本当に目玉が飛んでるぜ! だけど、なんだか装飾品みたいで意外と綺麗だな」
「ほんとだぁ、キラキラだね」
もっと不気味な目玉を想像していたけれど、それは細やかに彫刻され、宝石で飾られた金の輪のように見えた。
大きさは人間の頭くらいだろうか。
輪の中央に浮いている目玉は黄色で、雷の魔力を放ち輝いている。グロテスクというよりは神秘的で禍々しい雰囲気だ。
あれはおそらく、なんらかの魔道具が闇のモヤにあてられ魔物化したものだろう。
新しい魔物なのか、カタ学で習った記憶はなかった。
「あれは私がテイムしたいジェイドアイじゃないわね。目玉が黄色だからポランアイだわ。電撃を放ってく……」
――バチバチバチ!――
「ぎゃっ!」
ジャスティーネさんが最後まで説明する間もなく、ポランアイがこちらに気付き電撃を放ってきた。俺は反射でヘキサシールドを発動する。
犬な俺は人間のときより魔力が弱い。ヘキサシールドはいつも以上に一瞬で消え、みなを電撃から守れたものの、衝撃で後方に飛ばされた。
「わっ、この距離で気づかれるの!? 目玉だけに察しがいいな」
「しかもあいつの電撃、かなりの威力だぜ!」
「威力だけじゃないわ。種類によっていろいろと厄介な魔法を使ってくるのよ。あいつは電撃による麻痺攻撃が多いけど、ときどき魔導装備を壊しにくるわ」
俺たちが驚いていると、ジャスティーネさんが説明してくれた。
「えぇ。それは厄介ですね……」
「大丈夫よ。下がっててちょうだい。A級冒険者の実力を見せてあげるわ! ダングリリース!」
ジャスティーネさんが呪文を唱えると、彼女のビーストケージから封印されていた魔物が解放される!
物々しいデザインをした大きめのそれから現れたのは、真っ白な雪の巨人イエティだった。
「グォーーーーー!」
自分を鼓舞するように豪快な雄たけびをあげるダング。
通常四メートル以上あるはずのイエティにしては小さくて、身長は二メートル半くらいだ。
ケージに出力調整機能がないため、これが全開解放だ。
ジャスティーネさんが言うには、通常魔物使いが捕まえた魔物はもとより小さくなってしまうらしい。
――うはぁ、こえっ! 俺、ほかの人にテイムされなくてよかったっ。
――身長縮むのは悲しいぜ。
ちらっとシンソニーをみると、彼も青い顔でこくんと頷く。
だけどたぶん、レーマ村にいたシンソニーは、この事実を知っていたのだろう。
彼はミラナのありがたさを俺たち以上に理解していたようだ。
とはいえイエティはもともと、雪山でいちばんの怪力巨人だ。小さくなってもその姿は十分すぎるくらいに迫力がある。
「雷耐性装備よ」
ダングは魔物だけど野生ではないため、丈夫そうな鎧や盾をしっかり装備していた。
ダングの持つ重そうな金属製の盾に、ジャスティーネさんが土魔石の粉を振りかけている。
昔からあるいちばん早くて簡単な魔法耐性装備の作り方だ。一時的ではあるがそれなりに効果がある。
「こういう単純な装備の方が壊れにくいんだから。安価だし」
ほうほうと眺めていると、ジャスティーネさんが腰に装着していた鞭を取り出し、大きく振りかぶって叫んだ。
「ダング攻守モード! さぁ! 行きなさーい!」
――バシーン! パシパシ!――
「グォーーー!」
彼女がそのよくしなる鞭で勢いよくダングの尻を叩くと、ダングは尻を押さえながら、また雄叫びをあげて進みはじめた。
――ひえーっ!? 結構激しくねー?
その様子に衝撃を受けかたまる俺たち。
ミラナから『あの鞭は音がうるさいだけで痛くないんだよ』とこっそり聞かされたけど、それでも心が張り裂けそうだ。
――ミラナが鞭術コースじゃなくてよかったぜ!
――魔笛吹くミラナが天使みたいにみえるな!
ダングがポランアイに向かって進みながら守りの姿勢をとると、盾から土の魔法障壁が現れた。
思った以上にしっかりと電撃を防いでいるようだ。
――バチバチバチ!――
――バチバチバチ!――
電撃を放ちながら激しく回転するポランアイ!
ダングは防御しながら目玉の前まで進み出る! そこで魔石粉末の効果が切れ、魔法障壁が消え去った。
ダングが怯えた顔でジャスティーネさんを振りかえっている。
「深き闇の微精霊たちよ! 苦痛すらも喜びに変え、白き魔獣を奮い立たせよ! シャドウ・ハート!」
ジャスティーネさんの詠唱の声が響く! ダングの胸から黒い霧が吹き出した。恐怖心を取り除き闘志を沸き立たせる精神魔法だ。
「いきなさい! おまえは最強よダング!」
「グォォォォォーーー!」
ダングの雄叫びに怯むポランアイ! 真っ白な巨人はそのまま突き進み目玉の魔物を叩き落とした。
鋭い爪のついた巨大な手からくり出される打撃は強烈だ。
地面に落ち停止したそれを、白き魔獣がダンダン! と激しく踏みつける。
「グォーー!」
「ダング! もういいわ! 戻りなさい」
――バシッ! バシバシ!――
「うほぉぉっん……」
またジャスティーネさんに鞭打たれて、尻を抑えるダング。
痛くないとわかっていてもやっぱり切ない。
――ダング……! おまえ、強く生きろよ!
ダングが止まると、その足元には曲がった金の腕輪が落ちていた。
「ジャスティーネさん、かっこよかったです! さすがはA級冒険者ですね!」
「んふふ。私だって、あなたに驚かされてばかりじゃないわよ」
「すげー! それにしても、攻守モード!? そんなのあったんですね!」
ダングの大きさや、鞭での指示にも驚いたけど、俺たちは『攻守モード』にいちばん驚いていた。
てっきり魔物使いの命令には攻撃モードと防御モードしかないと思っていたのだ。
攻撃中に防御できないのなんて、ほとんど呪いみたいなものだ。だけど闇属性魔法だからそんなもんだろうと思っていた。
俺たちが少しざわついていると、ミラナが肩をすぼめて申しわけなさそうな顔をした。
「ごめん……。攻守モードは、もっと勉強しないと、難しいの」
「そうよ。私だって四年目でやっと習得したんだから」
ミラナが言うには、彼女は魔物使いの訓練をまだ三ヶ月ほどしか受けていないらしい。
彼女はその間に三年分にあたる訓練過程をこなしたようだ。カタ学で学んだ知識があったとはいえものすごい速さだ。
俺たちが退治される前に捕まえようと、必死に頑張ってくれたに違いない。
「なるほど、そういうことか」
「ミラナ、気にしないでね? 僕たちいままでの支援で、十分助かってるからね!」
「ワン! ていうか、やっぱりミラナは宇宙一だ! ミラナ、感謝してるぜ!」
「うんうん。ほんとだよね」
「そうだね」「ええ。そう思いますわ」
「ありがとう、みんな」
ジャスティーネさんの戦いを見て、なんだか結束の強くなる俺たち。
ミラナも嬉しそうに「うふふ」と笑う。
そんななかジャスティーネさんが、落ちていた金の腕輪を拾った。
「曲がっちゃったけど、この金も雷の魔石も高品質だわ。ここの遺跡、うはうはって感じね! ミラナ、最後に山分けしましょ!」
「あ、はい! よかったです。実は学費も払わなきゃで」
――学費!
A級の魔物の巣窟だけに、ここでの魔物退治はかなりの稼ぎになりそうだ。ビーストケージが揃ったとはいえ、引っ越しもしたいし、金はなにかと必要だろう。
「うちでも買い取れるから、よかったらお店に持ってきてね」
「ありがとうございます!」
「メージョーさんが買い取ってくれるなら、話は早いな!」
メージョーさんは話をしながらも、魔物がいた場所に魔物避けの魔道具を設置していく。これでまた遺跡内で自由に動ける場所が増えたようだ。
――よっし! ミラナのためにガンガン稼ぐぜ! もっと贅沢させてやるから覚悟しとけ!
ジャスティーネさんと協力しながら、俺たちはさらに遺跡のなかを進んでいった。




