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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第9章 愛と障壁

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124 降参2~テイム前夜の約束~

 場所:ローグ山(回想中)

 語り:ミラナ・レニーウェイン

 *************



 喧嘩をしてしまった私たち。


 私が悪い部分も大きかったけど、それでもオルフェルは、「ごめん」と言って抱きしめてくれた。


 だけど数日後、私は突然オルフェルに振られてしまったのだ。



「ミラナ、俺はもう戻らねー。これで、さよならだ」



 オルフェルが私に背を向けた。聞いたこともない冷たい声。私の目からボロボロと涙がこぼれた。どうしようもなく体が震えている。



「どうして? 二度と離さないって言ったのに……」


「覚えがねーな……」



 オルフェルはそう言うと、少し言葉を詰まらせた。つらそうに頭を押さえている。最近よく見る光景だ。



「オルフェル……」



 心配で手を伸ばそうとする私。オルフェルの手がそれを遮った。彼の声が震えている。



「別れよう。俺たち、あわねーだろ」


「そんな……。そんなの、最初から、わかってたじゃない!」



 私は彼にすがろうとした。


 私たちは確かに、性格も立場も考えかたも違う。だけど、だからこそ一緒にいれば、足りないものを補いあえるのだと思っていた。


 そしてそれは、彼も同じなのだと、私は信じていたのだ。


 だけど私が彼の背中に触れると、彼はその手を振り払った。やはりあの喧嘩が、オルフェルの心を変えてしまったのだろうか。


 彼の目が私への軽蔑で満ちている。優しさと正義感に溢れ、敵に立ち向かう彼の瞳に、逃げてばかりの私は、どれほど卑屈で、惨めに映っていたのだろう。


 私は情けなさに打ちのめされ、黙り込んだ。そして彼は、私を置いて去っていった。


 どれだけ泣いたかわからない。涙が枯れるまで泣き続けた。


 オルフェルのことを想うたび、胸が痛くて苦しくて、それでもどうしても、彼を思いだしてしまう。


 彼の笑顔で温まる私の心。強く抱きしめられて包まれたあの匂い。夢に酔いしれながら聞いた彼の囁き。


 もっと彼を知りたかった。もっと彼を愛したかった。そして、もっと、違う自分に変わりたかった。



――――――――

   ――――――――



――またあんな目でオルフェルに睨まれたらと思うと、とても振られた理由なんて言えないよ。



 どれくらいぼんやりと、思い出に耽っていたのだろう。気がつくと四つ目の水筒から水が溢れ、手がすっかり冷たくなっている。



――あんな嫉妬深くてカッコ悪い私、できれば思い出して欲しくないけど……。



 そんなことを考えながら、私は水筒の蓋を閉めようとした。



「ミラナ」


「ひぁぁっ」



 すぐ後ろで、オルフェルの声がして、私は手に持っていた水筒を放り投げた。せっかく水を汲んだ水筒が、ポチャンと滝壺のなかに落ちる。



「わ、え? 一応、遠くから三回くらい呼んだけど……」


「ごめん、滝の音が大きくて、全然気が付かなかったよ」


「いや、脅かしてごめん」



 また気まずそうに、顔を歪ませるオルフェル。こんな顔を、もう彼にはさせたくない。そう思いながらも水筒を拾おうとすると、オルフェルと手が重なってしまった。



「きゃぁっ」と大きな声を出しながら、私が引っ込めようとしたその手に、オルフェルの指が絡みつく。



「ミラナ……。俺のこと避けてんなと思ってたけど、それ、意識してんだろ」



 彼の瞳が私を挑発するかのように赤く輝く。顔が熱くなってくる。彼の熱い視線で、火事が起こってしまいそうだ。



「顔、赤いぜ」



 オルフェルはニヤッと小さく笑って、いたずらっぽく瞳を輝かせた。そのまま私の濡れた手を自分の口元に運ぶ。



「ひゃぁあ、手、はなしてっ」


「はなさねーと、犬にすんの?」



――やだ。いま私がお仕置きできないの、見透かされてる!?



 私はオルフェルに二つの秘密を抱えていた。ひとつは別れた理由、もうひとつは人間に戻る方法だ。


 そのどちらも、私は彼に知られたくなかった。人間に戻るなんて、彼らには無理なことだからだ。


 本当のことをいうと、彼らは魔物ではない。魔物だと言ったのは、彼らの心を守るための方便だった。


 それでも私は嘘つきだろう。このまま彼にお仕置きを目的に闇属性魔法を使いつづければ、私は闇に堕ちてしまうかもしれない。


 私にはもちろん、オルフェルたちに魔法を使う理由があった。彼らは私が調教魔法を使わないと本当に凶暴なのだ。野放しにしておくわけにはいかない。


 それでも迷いながら闇属性魔法を使うのは危険だ。


 闇属性魔法はほかの属性と違い、人の心を操ることができる。だからこそ、その魔法の正しさや意義、目的をしっかり把握して使わなければならない。


 悪意や罪悪感を抱えて使えば、闇属性魔法は術者を蝕んでいく。


 戸惑う私を、試すようにじっと見ているオルフェル。これは完全に、調子に乗っている顔だ。



「す、水筒、拾わなきゃ……流されちゃう……」


「魔力あんのに犬にしねーのは、キスしていいってこと?」


「えぇ!? いやほら、みて? 水筒がね……?」



 オルフェルに握られていないほうの手で、水筒を指さす私。水筒はプカプカしながら、徐々に遠くへと離れていっている。


 流れた先は崖になっていて、そこからさらに下へと水は流れ落ちていた。


 だけどオルフェルは、そんなことおかまいなしに、捕まえた私の指先にキスをした。



「手冷えてんね? どうしたの?」



 今度は私の指先に、ふうっと熱い息を吹きかける。全身がゾワゾワして、変な声が出てしまった。



「ひゃぁんっ、ま、まって……」


「待たねーけど」


「無理無理、わかった、もう降参するからっ」



 私が思わずそう言うと、オルフェルは驚いた顔をしながら、私の手を口から離した。



「降参?」


「うん、降参! だけど、ちょっと待って? いまは、明日のテイムのこともあるから……。ね? 無事にネースさんをテイムできたら、私、なんでもちゃんと、話すから……」


「え? ほんとに……!? なんでも?」


「うん……。なんでも! でも、テイム終わってからね?」


「お、おう! そうだな! うれしいぜ!」


「だけど、ひとつだけ……、いますぐ言っておきたいことがあるの」



 彼にキスされた指先で彼の胸に手を触れると、オルフェルは驚いたのかピクンと少し背中を反らした。


 ここには彼が、私を想い負ってしまった大きな傷跡が残っているのだ。



「どしたの……?」


「ケガしないで……」


「うん……?」


「……今回のテイム、きっとたいへんだと思う。私たちで無理なら、まただれかに手助けをお願いして出なおそうと思うの。だから、だれのためだとしても、無理な戦いかたはしないでね?」



 今度は彼の頬の火傷痕に手を触れる。


 この頬や腕に残る火傷跡は、彼があの時代に背負わされた『責任』を、はたそうとしてできたものだ。


 その痛々しい痕跡を見るたび、私の胸に沸き起こる想い。


『もう傷ついて欲しくない』という、私の強い願いを込めて、私は手のひらでそれを覆った。



「……わかった」



 オルフェルは、また少し驚いた顔で目を瞬かせながらも、こくこくと頷いてそう返事をした。


 私が傷跡の理由を知っていることを、彼は意外に思ったのかもしれない。



「あ、水筒がながされてく……」


「おぅ。俺にまかせとけっ」



 オルフェルはそう言うと、川下に落ちていく水筒を追いかけ、すごい速さで水のうえを走り出した。


 よく見ると足元に赤い魔法陣の障壁を出して足場にし、そのうえを跳ねているようだ。あれはヘキサシールドだろうか。


 彼の発想と魔法を使いこなす才能に感心する。シールドで水面を飛び跳ねる人なんて、きっと彼くらいだろう。


 オルフェルが水のうえを跳ねるたび、水飛沫がキラキラと飛び散った。


 彼はそのまま大きく飛び跳ね、崖の下へ落ちていったかと思うと、水筒を握りしめて飛びあがってきた。



「はっはー! 余裕だぜ!」


「ぷは。勢いあまりすぎだよ」



 その得意げな顔に、私は思わず笑ってしまう。できることなら、このままずっと笑顔でいてほしい。


 これ以上、つらいことなんて、なにも思いださずに。


 オルフェルは私のもとへ戻ってくると、私をギュッと抱きしめた。



「よかった。やっと笑ってくれた。テイムのあと、話してくれるの楽しみにしてるぜ」


「うん……」


「……よし、明日に備えて寝るか!」


「そうだね。早く寝よう」




 オルフェルは少しはにかんで私から身体を離した。彼の温もりが消えていくのを感じて、私は少し寂しくなった。


 私も抱きつきたい。だけどその気持ちをぐっとこらえる。


 自分から彼に触れると、離れられなくなってしまう。また彼を喜ばせて、あとから彼を傷つけてしまう。


 私が全部を打ち明けたら、彼が私を抱きしめることも、きっともうないのだろう。彼が私を見る目も、きっと変わってしまうだろう。


 それを思うと、切なくて涙がこぼれそうだ。



――だけど、こんなことつづけてちゃ、だめだよね……。このままじゃ、調教魔法も使えなくなっちゃう。


――クイシス、私覚悟を決めたわ。どんな結果になったって、逃げないで、本当のことをきちんと話すの。



『そう! えらいわ。やっとなのね! 応援してるから頑張って! 私はいつだって、あなたの味方よ』



 勇気を出そうとする私を、クイシスの声が励ましてくれる。


 彼女はいつだって私の支えだ。


 溢れた水を汲みなおして、私たちは別々にテントに戻った。



 オルフェルと喧嘩し、振られてしまった記憶を振り返るミラナ。


 かっこ悪い自分を思い出して欲しくなかった彼女ですが、このまま罪悪感を抱えていては、闇堕ちの危険が出てきます。


 ネースさんのテイムが終わったら、真実を話すと約束したミラナですが……。


 今回で『第九章 愛と障壁』は終了です。いかがでしたでしょうか。次回から『第十章 海蛇と魔法魚』に入ります。


 だけどその前に、ここまでの改稿をしたいので、しばらく更新をストップします。投稿再開まで楽しみにお待ちください。改稿内容や次の更新については決まりしだい活動報告でおしらせします。


 次回、第百二十五話 ヒドラス1~トランスポーター~をお楽しみに!


挿絵(By みてみん)

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2023/09/19 20:45 退会済み
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