118 魔力充填完了!~モヤの奥へ~
場所:レーギアナの森
語り:オルフェル・セルティンガー
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俺たちが防御魔法を訓練している間に、ネースさんは闇を防ぐ魔道具を完成させた。
そして俺たちはいま、レーギアナの森の奥を目指している。
やはりエニーも、すぐに任務への参加を決めたのだ。闇属性の仲間やファンたちのためにも、この問題を解決しなければならないと感じたようだ。
闇のモヤのなかにイザゲルさんがいるという、聖騎士の方便を聞いてしまった兵士たちには、上官たちが口止めしていた。
だけど、不安や怒りは抑えきれそうにない。真実が明らかにならない限り、事態は収束しないだろう。
ネースさんは浄化装置の性能上、参加者を五人に絞った。それにもしもエンベルトが罠を仕掛けていたらと考えると、少人数で行動したほうが安全だと判断したのだ。
聖騎士軍と交戦した場所からさらに奥へ進むと、森の空気が一変した。黒いモヤが渦巻き、腐ったような匂いが鼻を突く。
このまま進んだりすれば、すぐに意識を失ってしまうだろう。俺たちが顔をしかめると、ネースさんが、魔道具を取り出した。
「これに二人の魔力を注ぐもらよ」
「そうだ。ネースの浄化装置はすごいぞ。光の魔力と風の魔力をうまく使って、モヤをきれいにできるらしい。安定して使えるから、安心だな」
「少ない魔力でしばらく使えるもらよ」
「おぉ、画期的ですね!」
魔道具をエニーに渡しながら、ネースさんとハーゼンさんが満足げに話している。この装置があれば、風の魔力で光の魔力消費を抑えられるようだ。
それにこれなら、万一エニーになにか起きても、すぐにモヤに呑まれてしまうことはないだろう。
「シン君」
「うん、やろう」
エニーとシンソニーは頷きあって、魔道具に手をかざし魔力を注いだ。手と手を重ねて見詰めあう二人。仲がよくて本当に羨ましい。
装置に彫り込まれていた魔法陣が淡い光を放ち、緑の風がそれを拡散していく。半透明のドームが俺たちの周りに形成された。
俺は心のなかでそれを、『愛のベール』と名づけた。本当の名前は『シャインブリーズ・ディスペラー』というらしい。
装置の周囲三メートルほどが、闇のモヤの影響を受けずにいられる範囲だ。
ベールのなかは清々しい空気に満ちている。
「すごい……」
「いけそうだな」
「さすが、ネースさん!」
俺たちは足並みを揃えて、闇のモヤのなかに踏み込んでいった。
モヤのなかは思った以上に魔物だらけだった。主に襲ってくるのは、腐敗した泥の魔物ドロップだ。
その名のとおり、茶色い泥が滴り落ちるような魔物だ。泥人形というよりは泥塊という感じで、顔も身体もとろけていてドロドロしている。
俺たちを見つけると数十匹ほどのドロップが群れてきて、俺たちを包囲した。
『うふふ……』『うふふふ……』
なぜか不気味な女性の笑い声が、あちこちから聞こえてくる。
「くらえ! フレイムスラッシュ! って、うわぁ。思った以上に全然効かねぇっ!」
ドロップは炎耐性が高く、俺は完全に苦手だった。むりに燃やそうと火力をあげると、ベールのなかが熱気で暑くなってしまう。
かといって、打撃や斬撃も効かない。どれだけ切り裂いても、切り離した部分がくっついてもとに戻ってしまうのだ。
ハーゼン大佐のイバラによる拘束や、怪力で振り下ろされる巨大斧も効果がない。
「うわ、すごい泥が飛び散ったよ!」
「きたねーっ。体につくと腐敗臭がひどいな。しかも、ヒリヒリするぜ……」
「やだ! 装備が溶けてる!」
酸性の泥が、肌をゆっくりと溶かしていく。剣や鎧にも、腐食が生じているようだ。
『うふふふ……』
「くそー! なんだこいつら」
腐敗臭は愛のベールの浄化作用でかなりマシになっているはずだけど、それでも鼻のいい俺にはなかなかきつい。ドロップたちは俺たちを取り囲んだままジリジリと近づいてきた。
「ミズリナ、清き水で洗い流せ! ウォーターフォール」
ミズリナはネースさんの守護精霊だ。ネースさんが呪文を唱えると、空から水滴が降ってきて、痛みを引き起こす泥を洗い流してくれた。
だけどドロップたちは、その水を吸収し、さらに地面の泥も取り込んで巨大化していく。そして、途中で一体化し、泥を被った人間の女性のような姿になった。
『うふふ……あなたたちも泥になりましょう……』
「おい! ネース、悪化してるぞ!」
「わかってるっ、いま魔力充填中もら!」
叫びながらネースさんが構えた水大砲は、前に見たときより部品が増え、さらに大きく、かっこよくなっていた。
魔力がたまるにつれ色が変わっていく四角いバーが光っている。なんだかわからないスイッチやチューブ、いくつかのレバーも追加されている。
あれは発射する水の向きや、量などを変えるためのものだろうか?
――なんだありゃっ、すげー!
あまりの変化にワクワクする俺。
つい見入っていると、見上げるほど大きくなったドロップから、大量の泥が降り注いできた。
「オル、とにかく浄化装置とニニたちを守れ! ニニとシンは魔力温存だ」
「「はいっ」」
「了解! ヘキサシールド!」
俺は覚えたての魔法陣によるヘキサシールドで、ドロップの攻撃を跳ね返した。
「上出来だ! だが、まだくるぞ! 防げ」
「ヘキサシールド! ヘキサシールド! ヘキサシールド!」
タイミングをはかりながら、何度もヘキサシールドを出す俺。一回の魔力消費が少ないとはいえ、なかなか消耗するうえ、集中力が必要だ。
ハーゼン大佐は石の盾で泥を防ぎながら、水大砲に魔力を溜めるネースさんを急かしている。
「早くしろ、ネース」
「魔力充填完了! 変形ハイプレッシャーモード! ウォーターキャノン!」
――ガチャガチャ!――
――キュイーーーン!――
ネースさんの水大砲の筒状部分が変形し、大きく開いたかと思うと、空気を劈くような効果音が鳴り響く!
そして高度に圧縮された大量の水が噴射され、巨大なドロップに穴を開けた。
ウォーターキャノンは水大砲に魔力を貯める必要があり、発動に少し時間がかかるもののその威力は絶大だ。
普通なら膨大な魔力が必要だけど、中規模の魔法を魔道具で強化し、魔力消費を抑えている。
前にシーホの森で見たときとは比べものにならないくらいの勢いだ。
まるで水の大蛇のように飛び出して、キラキラと水飛沫をあげた。
ドロップは水の分量が多いと形を保てないようだ。
頭を抱え、悶えながらも水に押し流されて、どんどん小さくなっていく。
話しあいのときネースさんが『準備がある』と言っていたのは、この水大砲のことだったようだ。
『ぎゃぁぁぁ……!』
「わぁ……!」「かっけー!」「いいぞ! ネース」
「ネースさん、すごぉい☆」
「ぐひひひ」
本気モードのネースさんは非常に頼もしい。
背中を丸めて「ぐひぐひ」と笑う彼の隣に、水の守護精霊ミズリナが現れた。
彼の海のように青い髪を、『偉いわ』という顔で、満足げに優しくなでている。
ネースさんと同じくひきこもりなのか、いつも青い光になって姿を消している大人しい精霊だ。同郷の俺たちも、めったにその姿を見ることはない。
だけどネースさんも、魔道具や装備品の開発で、日々魔力を消費している。だから、久々に見たミズリナは、かなり大きくなっていた。
フィネーレよりも大きくて、人間でいうと十歳くらいの背丈がある。このミズリナの成長も、彼の水大砲が前より強力になった一因だろう。
「修復はお任せだよ☆ リペア♪」
一息ついたところで、腐食した剣や鎧にエニーが修復魔法をかけてくれた。金色に輝く光がエニーのスティックから溢れ、装備がピカピカの状態に戻る。
一時的だし、魔力も消費するけれど、いまはとてもありがたい魔法だ。
俺たちは装備を整えなおし、さらに森の奥へと進んでいった。




