第1話 その1 同じ極同士のアダムとイブ
男女の会話劇です。苦手な方はご注意下さい。
「あなたの名前、教えてほしいなぁ」
首をかしげながら、全人類の内8割の男子はノックアウトされそうな笑顔で微笑みかける彼女。
「僕の名前は月島 真緒。漢字は、月が空に浮かぶキレイなあの天体の月で、島は海に浮かぶあの島」
「まおは?」
「真は、真心の真で、緒は堪忍袋の緒が切れるの緒だ」
「名字も名前も、隣同士の漢字がなんだか正反対なんだねっ」
改めて、彼女の姿を見る。キレイだなぁ……凄くキレイな人。
髪色は銀髪のように見えるけど、少し暗めの色だ。あ〜この前教えてもらったのに、忘れちゃったなぁ。
「私の髪色のこと、気にしてる?」
驚いた。心でも読めますよ、と言わんばかりの顔だ。多分、見た目が良いからよく見られるのだろうね。
肝心の髪だけど、長さは鎖骨と同じくらいで多分セミロング。
前髪は平行に切り揃えた感じの形で、左右は薄め真ん中は厚め。そしてその真ん中だけ、目に掛かるくらいの長さ。
目や鼻、口は王道な美少女という見た目。違う所があるとすれば、目だと思う。
いわゆる幼く見えるはずのタレ目なのだが、まつ毛や二重幅が妙に大人っぽく見せてくる。形容するのは難しいが、例えるなら美しい。
告白の時に言ったら惹かれてしまいそうな「君の瞳はダイアモンドより美しい」の、それなのだ。
眩い光のような美しさがあるのだ。それに加え、目の色が薄めのピンク。今までに出会ったことのないレベルの美少女だった。
「もしも〜し。真緒君、聞こえてる?」
「あっ、ごめん。それにしても凄いな……僕の心も分かっちゃうのかい?」
さり気なく名前に君付けで呼ぶ辺り、世の男性が虜になる行動をよく分かってるようだ。
「ん〜〜なんとなく! 女の感は三度までって言うかなぁと思って♪」
「女の感はよく当たるのよっ、と仏の顔は三度までが合体してよく分からなくなってるよ。なんかもう、ハイブリッド仏様になっちゃってるよそれ」
「へへへぇ♪ わざと間違えたのバレちゃったなぁ〜。あっ、ちなみに色はシルバーアッシュだよ」
そう言うなりすぐに、その髪は宙に舞っていた。そう、彼女は自身の髪をしなやかな手付きで踊らせたのだ。
髪色も相まって、その光景は白銀世界に降り注ぐ雪よりも、繊細で、きらびやかで、美麗だった。
言い過ぎだろうか。見とれ過ぎだろうか。……否、以上の言葉を吹き飛ばし凌駕する程に、彼女は美しかった。
「ふふんっ……見とれてるんでしょ?」
「悔しいけどそうだよ。見とれてた。君は本当にキレイな人だね」
首元がスッキリした青色のシャツに、フリフリな白リボンが腰辺り左右に1つずつ付いた白の短いズボン。
ショートパンツと言うのかな、確か。彼女はショートパンツに、シャツをインしたスタイルの格好だった。
足には、白のサンダルを履いている……男性ならば、この爽やかで清楚な見た目をした女性に見とれない人は居ないのではないかと思う。
多分、見とれなくても振り返って見てしまう気はする。
「……? んーーー。ん〜。んん?」
なんだろうか。急に彼女は、天然記念物でも見てるかのような目で、僕を見始めた。
「それ……だけ?」
僕に近付き、上目遣いをするように彼女は言う。
「それだけ?」
フシギマナザシ(今、僕が命名した)の彼女の言葉を、素早い早さでオウム返しする。
「なんか……物足りないというか、素っ気ないというか」
「君はキレイだよ? とても美しい。それに、顔だってとても可愛いだろう。あれ、僕が伝えてなかっただけか?」
上目遣いをやめた彼女は、不服そうな顔をして僕を見つめる。
例えるなら「ねぇ〜ずーるーい! 僕もあのオモチャ欲しいのにぃ! ふん!」の、目だ。多分。
「っ…………。真緒君、女の子全員にそういうこと言ってるでしょ。後、多分だけど私に興味ない」
頬を膨らませたリスのように、まんまるいお顔で不服を表現する彼女。
「そんなことないよ〜。僕は、女の子の友達はおろか知り合いですら、1人として居ないんだ」
「へぇ〜。180くらいありそうな身長で? 黒髪センターパートで? ちょっと目に掛かってる上に少し前髪があって? 切れ長で二重もあるイケメンに女友達が居ないと?」
真っ赤な顔で、僕の見た目の特徴を羅列していく彼女。褒められてるのか貶されてるのか分からない。
「君もしかして割と卑屈?」
「だから真緒君に出逢えた。それに私、卑屈というより嫉妬深いのが正しい」
「自分でそんなキッパリ言えるの凄いな」
「アダムとイブになるのに、そんなの隠してる意味ないもん。私はアホだけどおバカじゃないよ」
「アホって、漢字で阿呆って書いて、おろかな人を指すんでしょ。いいの? 自分のことそんな風に言って」
「だって、私ワガママだもん。独善的な快楽主義者、ヘビが差し出したリンゴを食べるおろかものよ♪」
凄い爽やかな笑顔だけど、言ってる事かなりヤバいんだよなぁ。
人を殴っておいて、楽しくてつい♪ って言ってるのと同じなんだよなぁ。
「でだけどっ、真緒君。本当に居ないの?」
「本当だよ。それに、君に興味があるからこそ、音楽鑑賞をやめてまで話しているんだろう?」
なんだか、彼女の意図する所が分からな過ぎて、キョトンとしてしまった。
つい、首をかしげながら言ってしまう程に。
「……っそ。真緒君って、ちょっとずるい所あるね」
「君の見た目や、誰にでも分け隔てなく接しそうな性格程、ずるいものは無いと思うけど」
「それは私の表の性格なんです〜っ。初対面で、まだ10分ぐらいしか話し合ってない真緒君には分からないもーんだ! もーんじゃ!」
普通なら、舌を出して目をつぶるのだが、何故か彼女はヘラでもんじゃをすくっていた。
「ごめんごめん。君のことを、表面で見てた訳じゃないんだ。許してよ」
不機嫌そうに唇をとがらせていた顔は、次の瞬間に笑顔に変わっていた。
「ふ〜ん。じゃあさ、今からゲームしようよ」
彼女が回る。景色は、様変わりする。
僕の中のカメラが、彼女を切り取る。切り取った写真に名前を付けた。
「初夏」「未来」「蒼穹」、そして……。
――彼女は「八面玲瓏な踊り姫」。
どうしても僕には、彼女が愚かな人間には見えなかった。
いや、それこそ僕の独りよがりなのだろうか。理想の押し付けというやつか。
綺麗な花にも棘はある……人間の生き方は、それでもいいのかもしれない。
「あっ。ごめん、ゲームをする前に1つ聞いておきたいんだけど」
「んー? なぁにぃ?」
回りながら彼女は言う。
「君の名前……教えて欲しいんだ」
回り続けていた彼女は、僕と向き合う形でその動きを止めた。
髪、風の動き、少々の服の揺らぎ、そのどれもが美麗な映像によって演出されているようだった。
しなやかに踊ったセミロングの髪が、彼女の体にまとう。
「私の名前は……『亀宮 舞桜』です」
目の前の少女は、鈴のような美しい声で、僕と同じ名前を呟いた――。