第78話:ミネルバの聖女
目的の時刻が近づいて来た。
時計塔の短針は正午を指している。
時刻を確認した俺達三人は教会へと赴いた。
教会の広場には大勢の人々が集まっており、アイリスの登場を心待ちにしている。俺達も群衆に混じって正面の扉をじっと眺めている。扉には広場の中央へと続くレッドカーペットが敷かれている。
しばらく待ってると、満を持して扉が開いた。扉の奥は礼拝堂へと続いており、教会関係者が数人立っている。その中央には主役であるアイリスの姿もあった。
白色の神官服に身を包んでおり、袖やスカートの端には黒い模様でエメロード教の紋章が刻まれている。
アイリスの手には身長と同じ長さの杖が握られており、杖の先端に施されてる拳サイズの宝石は射し込んできた太陽の光で山吹色に輝いている。
厳粛な雰囲気の中、神聖さと美しさを併せ持つ聖女の姿に、その場に居合わせた観衆は全員息を呑んだ。
「う、美しい……」
「あれが聖女アイリス様のお姿か」
クラスで一番美しいとか、もはやそういう次元ではなく、この世の美をすべて詰め込んだような芸術的な美貌に人々は心を奪われていた。誰もが無言のまま『聖女アイリス』の存在感にくぎ付けとなっていた。
礼拝堂から長い廊下を通って広場へと姿を現す。あらかじめ道として敷かれているレッドカーペットをゆっくりと進んでいく。
その際、俺の近くをアイリスが通り、アイリスの表情を確認する事もできた。
氷のような感情がわからない表情だった。
普段の優しげな面影は消え失せており、アイリスが度々口にしている厳格な神の代行者としての側面を感じさせた。
今まで当たり前のように接してきたけど、本来の聖女は正規の手順を踏まなければ対面する事すらも叶わない。聖女はエメロード教の象徴であり、国家の柱でもある重要な存在だ。
現在、アイリスの周りには騎士の護衛が数人配置されているが、その中にはセフィリアさんやイゾルテさんの姿もあった。今不用意に近づけば知人であっても切り捨てられる可能性があるだろう。
広場の中で他と比べると少しだけ高さがある位置。そこには壇上が設けられおり、アイリスはその壇上へと登る。
立ち止まりゆっくりと俺達の方を振り返る。杖の石突を地面に立ててアイリスは両腕を大きく広げた。
袖口が風に揺れてふわりと浮き上がり、アイリスの姿が一瞬だけ大きく見えた。
形式的な祝詞に加えて、自分の今の立場を簡単に説明して、その上で聖女としての言葉を人々に告げる。
「この場にいらっしゃらない聖女コーネリアに代わり、私が神の言葉を代弁します」
そこまで説明すると、一呼吸おいて、はっきりとした口調で広場全体に届くように宣言する。
「秩序神エメロードの加護の下、このメルゼリアに祝福を!」
祝詞の第一節は俺達が暮らしているメルゼリア王国に対しての内容だった。
メルゼリアの自然・産業・文化面などを淀みなく語っていく。その中には俺が知らない内容も含まれており、傍から見れば何十年もこの地に留まっていたような自然さがあった。ローランドについての言及はなく、あくまでもメルゼリア王国の聖女としてのスタンスを取っている。
第二節は西方大陸を取り巻く脅威についての説明。
現在、俺達が暮らしている西方大陸は《エリアゼロ》と呼ばれる呪いに支配されている。この呪いに対して聖女としてどう立ち向かっていくかを俺達に語った。
「神の代行者としてすべての魔を滅ぼし、メルゼリアに安寧をもたらす事をここに誓います。敬虔な信徒の未来に光あれ!」
と高らかと宣言するアイリスに対して民衆達は歓声を上げる。
アイリスの言い回しには聴き手を引き付ける魅力がある。
聴衆の中には魔王もしれっと混じっており、アイリスの演説に耳を傾けていた。
「わはははは! いいぞアイリス! その調子で悪党を滅ぼすのじゃ!」
その悪党にはお前も含まれてるんだぞ。
俺は心の中でそうツッコミを入れた。
アイリスの心情はともかくとして、『すべての魔』とは魔族すべてを指し示している。
当然ながら魔王もその中に含まれているし、聖女の立場を優先すれば真っ先にこの魔王を抹殺するのが責務となる。
アイリスの演説は30分ほど続いた。終わりの挨拶を済ませて拍手に包まれながら元来た道を引き返していく。
そこで偶然、アイリスと視線が合った。
すると、真一文字に結ばれたアイリスの口の端が引き上がった。
雪解けした大地で偶然発見した花のような春を告げる微笑み。
時間にして数秒程度だろうか。
アイリスはすぐに真剣な表情へと戻ると、そのまま教会の中へと戻っていった。
「すごく綺麗でしたね。雰囲気も普段と全然違いますし、まるで別人です」
「ローランド時代のアイリスさんはあんな感じだったのでしょうか」
レラ、マルスの順番で感想を述べた。
二人とも聖女モードのアイリスを見たのは初めてだったので、アイリスへの印象を改めているようだ。
あんなアイリスを見るのは俺も久しぶりだった。最後の微笑みも一瞬だったけど見惚れちゃったし、すごく得した気分だ。
それから一時間ほど時間をおいてアイリスが教会から出てきた。
彼女の背後にはティルルさんとセフィリアさんもいる。
「皆さま、お待たせしました。私のために教会までいらして下さってありがとうございます」
先ほどまでとは打って変わり、ほのぼのとした雰囲気で朗らかに話しかけてきた。
「アイリスさん。すごく綺麗でしたよ!」
レラはアイリスに駆け寄って儀式中のアイリスの魅力をこれでもかと言わんばかりに称賛する。
「本当ですか!? えへへ、頑張って文章を覚えた甲斐がありました~」
アイリスも気をよくして嬉しそうに微笑んだ。
「流石でございます、お嬢様!」
とセフィリアが手を叩いて拍手をした。
「今日の役目はもう終わったのか?」
「はい、本日はもうフリーです! なので今から夏祭りを楽しみますよ!」
アイリスは鼻息を荒くして意気込んでいる。夏祭りを楽しむ熱意は俺以上にあるようだ。
「お嬢様。いまは人々の往来が激しいので、もう少し時間をおいた方が宜しいかと思います」
「えー。ティルル、ここに来てそれは反則ですよー」
お母さん口調でそう提案するティルルさんに、感情豊かに反応するアイリス。
二人の関係は相変わらず円満のようだ。
「メイド長、今はロイド様がいらっしゃいますので何かあっても大丈夫ですよ」
セフィリアがティルルにそう告げた。
「何かあってからでは遅いと思うんだけど……。まあロイド様がいらっしゃるなら大丈夫かしら」
「え!?」
二人が突然変な事を言い出したので俺は困惑してしまう。
「たしかに先生がいらっしゃるなら悪い奴が近づいてきても大丈夫ですね」
「ロイドさんさっすがー!」
レラまで茶化しながら俺に笑いかけた。
おいおい、お前ら正気か?
みんな俺をあてにしてるけど、彼らの俺に対する信頼感はいったいどこから来てるのだろうか?
俺は不思議に思いながら一緒に市場へと出かけた。
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