第56話:海水浴
海水浴。
一口に言ってもその楽しみ方は人それぞれだ。
水泳、タートルスキー、ビーチボール、砂遊び、貝殻拾い。
適当に列挙しただけでもこれだけ多くの楽しみ方があるので、自分だけの楽しみ方を探す必要がある。
すぐには動き出さず、周りにいる観光客の行動を観察した。いわゆる情報収集に努めるのである。
例えば沖の方でタートルスキーをしてる日焼けした筋肉質の男性。あれは典型的な陽キャタイプ。
タートルスキーというのは、キングタートルという巨大亀に紐をひっかけて水上を高速で滑る遊びだ。
キングタートルと仲良くなれるだけのコミュ力が必要なので基本的に全員陽キャだ。
陽キャを目指す俺が一番見習うべき海の男と言えるだろう。
だがしかし、慣れない事はするものではない。俺は基本的に陰キャなのだから彼を見習った所で大失敗するだけだろう。
それなら少しグレードを下げて波打ち際での水遊び程度に留めておくべきか?
よくよく見れば、大多数の観光客も似たような行動を取っている。大人の集団心理というべきか。彼らは周りから自分がどう見られているか無意識に考えてしまうのだろう。
典型的なのが砂浜でビーチボールをしている男女四人。
コボルト革を縫い合わせて作ったふわふわの鞠で、少年少女の間では蹴鞠としてもよく用いられている。
ビーチボールで用いるのは、それをちょっと大きくしたタイプ。
ボールを手のひらで勢いよく弾き、それを相手の陣地に入れて得点を競う競技。
俺も詳しくはルールを知らないが、彼らは海を楽しんでるように見えて実際は海を楽しんでいない(偏見)。
そもそも海に来てなぜ砂浜で遊んでいるのだろうか。
意味がわからない。
どうせ、「周りがやってるから自分達も……」と思ってやっているに過ぎないのだ。
彼らは情報に群がるイナゴ共だと思っている。
多人数でやる競技なので、人数が足りない時は周りの観光客を誘う事も多い。
そういう時、彼らは「すごく上手ですね。俺達と一戦しませんか?」なんて対戦者を集める。
ガチの陽キャにしか許されない特権階級発言だ。
そのまま仲良くなって海の家で一緒に食事をして連絡先を交換して自分の中の交友関係をさらに広げていく。
くそうくそう、すごく羨ましいぞ。陽キャ共め……! 絶対に許さねえ……!
ふう、いったん落ち着こう。
クールになるんだロイド。
周りの陽キャ達に自分のペースを乱されるな。
魔導士は冷静さが重要だ。
今の俺は第三者から見れば完全に陽キャだ。
考えても見てごらん?
超絶美少女の元聖女アイリスが側にいて、さらに美人メイドのティルルさんもいる。
先輩同僚のマルスとレラもいる。後者二人は彼らは陽キャなので実質的に俺は陽キャメンバーの一人という事になる。
要するに始める前から海の戦いに勝利してるってことだ(意味不明)。
いずれにせよ、まずは海水に触れよう。
話はそれからだ。
手のひらで掬うようにして海水に触れる。
海水はひんやりとしていて泳げばすごく気持ちよさそうだ。
だが、いきなりはしゃいで泳ぎ始めると子供っぽく思われるかもしれない。
まずはクールさを保って段階的に海水に入るべきだろう。
周りもそうしてるし俺もそうしよう。
俺自身もいつの間にか情報に群がるイナゴになっていた。
その時だ。俺の価値観を根底から覆すような出来事が起きた。
「はわわ!? こ、これが本物の海なんですか!? 青すぎですぅ! 美味しそう! ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゥゥゥゥ! ふぁああああああしゅっぱいいいいいいいい!? 海すごすぎですぅうううううううううう!?」
白狐族の獣人少女が海水に顔面を突っ込んで海水をゴクゴクと飲んで猛烈に感動している。
最初、俺は唖然となってその光景を眺めていたが俺はハッと気づかされた。
正解は最初から目の前にあったんだ。
この少女のように全力で楽しむことが一番重要だったんだ。
ありがとう名もなき少女。
俺はこの少女に敬意を称して同じテンションで海水をゴクゴクと飲んだ。
そして100分後、案の定腹を壊した。最悪だ。
◆ ◆ ◆
最初の一時間は波打ち際で5人で水遊びをした。
手で水をかけ合ったり、追いかけっこしたり、青春物とかでよくある感じの特に語る事のない内容だ。
水遊びのあとはしばし砂浜で休憩。
ティルルさんとレラはパラソルの下で談笑していた。
体力が有り余っているマルスは今度は沖の方へと向かった。
アイリスは砂浜で小さなカニと格闘していた。
カニはアイリスの水着を切る事を目的としている。
いわゆる海イベントのノルマを達成しようと奮闘していたのだ。
対して、アイリスは自身の水着を切られまいと手でパンパンパンとカニの攻撃をガードしている感じだ。
俺は裸体よりちゃんと服を着ている方がえっちだと思うタイプの人間なので助けに行くぜ☆
杖でペシッと弾いてカニを撃退する。
「ふう……ロイド様助かりました。すばしっこくて中々手ごわいカニでした」
「古今東西カニと戦ってる聖女はたぶんアイリスだけだろうね」
「ロイド様はこのあとどうしますか?」
「特にやる事ないからビーチを散歩しようと思っている」
「それじゃあ私もお供します」
アイリスと一緒にビーチを散歩する事が決まった。
そして現在、俺はアイリスと二人っきりで砂浜を歩いている。
旅行補正もあって、ただ一緒に歩いているだけもすごく楽しさを感じた。ビキニのおかげでおっぱいも強調して見えるしね。すごく眼福だ。
キラキラ光る貝殻や人魚のウロコ、浜辺のサンゴを拾っていく。屋敷に持って帰ってオブジェとして部屋に飾る予定だそうだ。
両手で抱えるのが難しくなってきたので、アイリスに対して俺の《アイテムボックス》を使うようにと勧めた。
「ありがとうございます、ロイド様。とても助かります」
アイテムボックスにアイリスの持ち物が追加されていく。
これでまたアイリスの手が空いたな。
「ロイド様の《アイテムボックス》は本当に便利ですね。ローランドで魔法を習っていた頃も、こんな魔法は一度も見た事がありませんでした。ウォーターダイダロスの件もありますし、ロイド様は本当に凄い魔導士なんですね」
「いやいや、俺なんて大したことないよ」
いつものように俺はアイリスにそう謙遜する。
砂浜の先には岩場があって、そこには横穴があった。
今は満潮なので入る事はできないけど、あと数時間もすれば干潮になって横穴に入れるようになるだろう。
「干潮になったあとにもう一度来てみようか」
「はい、そうですね」
来た道を引き返そうと踵を返す。
その時、アイリスは何かに気づいて岩場付近を指差した。
水の底には翡翠色のウロコがあった。
アイリスが興味深そうに見つめてたので水中に飛び込んでそれを取ってきてあげた。
ここ俺ちょっとイケメンかも。あとでレラからビーバーみたいと言われたけど。
アイリスはウロコを手に取ってマジマジと見つめている。
「ロイド様。これはなんですか?」
「それは《カレイドマーメイド》のウロコだな」
「カレイドマーメイド……たびたびお名前を聞きますが、どんな人魚なんでしょうか?」
どうやらアイリスはカレイドマーメイドと一度も出会ったことがないようだ。
「一言でいうと足のついてる人魚だよ。お尻の上に尾鰭のような尻尾がついてるけど、外見はほとんど人間と変わらない」
「へえ、一度会ってみたいですね」
「アイリスならきっとすぐに打ち解けることができると思うよ。彼らは温厚な種族として有名だからね」
カレイドマーメイド。
海の支配者と言われている魚人。
一般的な人魚とは異なり、人間のような二本の足がついている。水面の上を滑るように走ったり、水中を高速で泳いだりできる。
性格はとても温厚で、どの種族に対しても分け隔てなく接する寛容さがある。
また、彼らの衣装は独特。
露出度は控えめだがヒラヒラが多くて『透明感』があって華やか。
要するに疑似的な露出度が高いってことだ。正直かなりえっち。
たしか港町にカレイドマーメイドの衣装が売ってたような気がするし、今度アイリスにも買ってあげようかな。
くっ……いかんいかん。
カレイドマーメイド衣装に惑わされるな。今はアイリスの水着を見て落ち着くんだ。
過ぎたるは及ばざるが如し。
水着という最高クラスの衣装を着てもらっているんだ。
今はそれ以上を求めれば天罰が下るぞ俺。
俺が衣装の事をブツブツ呟いている間に、アイリスは髪飾りみたいにウロコを装備した。
「ロイド様、似合ってますか?」
アイリスは笑顔で尋ねてきた。
ウロコを髪飾りとして用いるセンスは中々イイネ。
「うん、すごく似合っているよ。まるで……えっと、うんすごくかわいい!」
「急に語彙力が低下しましたね……」
「それだけアイリスがかわいいってことさ。言葉では言い表せないよ」
「ふふっ、ロイド様も口が上手になりましたね」
アイリスはご機嫌になった。
やったね、バッチリ好印象。
好感度という指標が存在するなら3%くらいは上がった気がする。
10分ほど歩いて俺達はテントの所まで戻ってきた。
テントの側では幻のナンパが起きていた。
ナンパの対象はレラとティルルさん。いかにも陽キャって感じのイケメン二人に絡まれている。
「へい、そこのかわいこちゃん達。俺たちと楽しいことしない?」
「きゃ! NTRプレイに発展しそうなチャラ男二人組からナンパされちゃった! どうしようティルルさん」
「すでに子供がいるとお伝えすれば去っていくと思います」
ティルルさんは冷静にそう答えた。たしかに上手い返しだな。
俺もそう言われたら諦めざる負えない。
「俺は人妻でもオッケーだぜ! むしろ人妻がいいっ!」
さらっととんでもないワードがチャラ男から飛び出してきた。
一部の男性は普通の女性では満足できなくなって人妻を好むようになると言うが本当だったんだ。
レラは慣れたような口ぶりで全然困ってなさそうだけど、ティルルさんが結構困っているみたいだから助けにいくか。
アイリスをその場に待機させてズンズンと進んでいく。
「悪いね、その子達は俺達の連れなんだ。悪いがナンパなら他所でやってくれ」
俺の方からチャラ男にそう告げた。
「なんだよ。男連れかよ」
「しゃーない、諦めて次に行こうぜ」
すると、彼らはあっさりと諦めて去っていった。
人妻はオッケーで男連れはダメってどういう基準なんだろう。
いずれにせよ彼らからティルルさんを救う事ができて良かった。
ティルルさんはナンパを見事撃退した俺に対して丁寧にお辞儀をした。
「ロイドさんも随分と成長してきましたね。ナンパから女性を守るなんて中々できることではありませんよ」
「ティルルさんが困っていたからな。男として当然だよ」
「さらっと私を抜かすのやめてくださいませんか? 私も一応女性なんですけど」
「レラにはマルスがいるじゃないか。俺ではなくマルスに守ってもらいなよ」
レラがマルスの事を意識してるのは明らかなので、俺の方からはあまり干渉しないようにしている。
まあ、ガチで困っているような感じだったら俺も助けに入るけどね。
そういえばマルスはどこにいるんだろう。
すると、レラが不満げに沖の方を指差した。
マルスは楽しそうに海を泳いでおり、レラ達がナンパされてる事に全然気づいていなかった。
あー、レラも大変だな。
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