第36話:手紙
女王陛下の依頼も無事終わり、俺たちはミネルフォート家へと帰還した。
イゾルテさんに報告を済ませて一段落ついたので、約束していたメルゼリアパイを作るために一階の厨房へと赴く。
厨房にはティルルさんがいた。
腕まくりをして、ちょうどデザート作りに取り掛かろうとしている所であった。
二人の足音でこちらに気づくと、ティルルさんはアイリスを暖かく出迎える。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「ロイド様のおかげで怪我もなく無事に完了しました」
「その言葉を聞いて安心しました」
あまり喋らない寡黙な方ですが、アイリスの事は大事に思っているようで、仕草一つひとつにそれが伝わってくる。
二人の関係を言い表すなら従者というよりも姉妹のようであり、瀟洒で大人びているティルルさんに、無邪気な妹のようなアイリス。
「お嬢様を守っていただきありがとうございます」
俺への感謝の言葉も忘れずに丁寧に頭を下げる。
ティルルさんは俺への対応もしっかりしており、存在感の薄い俺に対しても礼儀を忘れない。
「アイリスさんの護衛として当然の事をしたまでです」
相手の礼儀にはこちらも敬意を持った対応をする。
俺も姿勢を正してそのように返答した。
姉妹の再会も済んだあとは微笑ましい日常会話へとシフトする。
「ところでお嬢様、今日はどのようなご用件でこちらまで?
ただ挨拶をするためだけに来たわけではないですよね」
「どういう意味ですか」
「お嬢様は厨房にやって来るたび、なにかと理由をつけてつまみ食いをしたり、スイーツをご要望するではありませんか」
「まるで私が食いしん坊キャラみたいじゃないですか」
アイリスは顔を赤らめながら否定する。
「食いしん坊キャラじゃなかったのか?」
「ロイド様までなんてこと言うんですか。
エメロード様の代行者たる私への侮辱ですよ。
ぷんすかぷんすか!」
「ごめんよアイリス。マカロンをあげるから許しておくれ」
予備のマカロンを取り出し、いつものようにアイリスの口へと素早く放り込む。アイリスはもぐもぐと咀嚼して笑顔になる。
「おいひい! 仕方ありませんね〜。今回だけですよ」
「まるで飼育員と餌を貰って喜ぶ動物のようであります」
ティルルさんは感情のない声で俺たちの関係をそう評価した。
メルゼリアパイを作りにきたと説明すると、ティルルさんが代わりに作ってくれると仰った。
当初の予定とは少しズレてしまったがティルルさんのスイーツ作りの腕前は本物なので任せることに決めた。
ティルルさんはメルゼリアパイの材料を準備しており、テーブルの上に並べていく。
材料を眺めてると目に止まった調味料があった。
「これはなんですか?」
「こちらはバニラオイルでございます。
王都にいる時、ご友人様がシナモンは苦手だと仰っておりましたので、こちらを使おうと思っております」
「よく覚えておりましたね」
「ご友人様の好みを把握しておくのはメイドとして当然の努めでございます」
三週間以上も昔の、それも何気ない一言なのに覚えているとは、ティルルさんの記憶力には驚きである。
メルゼリアパイはバニラオイルを使用する場合もあり、その場合はノースライト地方風味のメルゼリアパイになる。
俺は個人的にそっちの方が好きだ。
「ありがとうございます。俺もそっちの方が好きです」
「ねえティルル。私はシナモンでも大丈夫ですよ」
アイリスが、シナモン大丈夫ですアピールをする。
「はあ、そうでございますか」
と、ティルルさんは気の抜けた返事をする。
「私の時だけめちゃくちゃ対応雑くないですか!?」
「お嬢様の言葉にいちいち反応していたらこちらの身が持ちません」
「がびーん」
その表現久しぶりに聞いた気がする。ショックを受けた時の効果音だな。
メルゼリア王国ではすでに死語となっているが、ローランドでは今も使われてるのだろうか。
ローランドで思い出したが、メルゼリアパイはローランドでも流行っているのだろうか。たしかアイリスはメルゼリアパイを食べるのは王都が初めてだと言っていた。
「メルゼリアパイは甘くて食べやすいので庶民の間では流行っているんですよ」
俺の疑問に答えるようにティルルさんがそのように説明した。
へー、そうなんだ。隣国でも我が国のお菓子が流行っているのは少し誇らしいな。
「すごいぞ我が国ってやつですね。
最近そういうヨイショ表現流行ってますよね」
「お嬢様、急に冷めるような事言わないで下さい」
ホントだよ。どうして斜に構えて物事を俯瞰するようになったんだ。
ロイドさん悲しいよ。元気に正義ごっこしていた頃のお前はもっと輝いていたぞ。
「ティルルさんもご家庭で覚えたんですか?」
「はい、孤児院で暮らしている時に、よく妹たちに作っていたんですよ」
へー、ティルルさんも孤児院出身なんだ。
俺も孤児院の出身だから親近感湧くなぁ。
他国のスイーツ料理でもなんなく作ってしまうティルルさんは流石だ。俺もメルゼリアパイは作れても、ローランドパイは作れないんだよね。
日常的にお菓子作りをしている経験値の高さゆえの知識の深さだろう。
俺が魔法の知識に特化してるように、他の人も何かしらそれぞれの専門知識を持っているものだ。
「ティルルさんはお菓子作りのプロフェッショナルなんですね」
「ご友人様、おだてても何も出ませんよ」
そう言いながらもティルルさんは嬉しそうである。表情にこそ出づらいが、彼女も人並みの喜怒哀楽の感情がある事がわかる。
「そうですよロイド様。ティルルはケチだから基本的に何も買って下さらないんです。おだてるだけ時間の無駄です」
「なるほど、お嬢様は私のことを普段からそのようにお思いになっていたのですね。
承知しました。
今日から毎日三食、お嬢様の大好きなピーマンを並べますね」
「ごめんなさああああい!! ピーマンは勘弁して下さい!」
アイリスは即座に全力土下座した。
こういう仕草はやはり子供っぽいと微笑ましく感じる。日常と代行者のギャップと言えばいいのだろうか。
そういうところがすごく可愛らしい。
「ところで、料理長のネロさんはどこに行ったんですか?
アイリスの料理って、たしかティルルさんではなくネロさんが管理してましたよね?」
ここ最近、ネロさんを見かけない気がする。
ネロさんとは従者三人衆の一人で、アイリスの料理長を務めている方だ。
ティルルさんは趣味でお菓子作りをしているのに対して、こちらはガチのプロだ。
ミネルバに帰ってからはまったく姿を見かけない。神隠しにあったのかな。
「料理長なら引っ越しました」
「引っ越し?」
「ミネルバでお店を出すので住居を変えたんです」とアイリスが答える。
「仕事場と住居って別々でも良くないか?」
「私たちもそう言って止めましたが、屋敷で暮らしてると甘えが出ると言って去っていきました。
いずれ独立して自分の店を持ちたいと、ずっと仰ってましたからね。
遅かれ早かれ屋敷からいなくなっていたと思います」
わお、ワイルドでかっこいいなぁ。
長い物には巻かれるのが一番楽だけど、独立して全部自分でやるのも人生の醍醐味だと思う。
「お店を出すんですね。なんのお店ですか?」
「喫茶店らしいですよ。森の隠れ家的な雰囲気にしたいそうです」
隠れ喫茶か。
妖精さんやエルフ族を客層にしたいのかな。ネロさんの感性は不思議だ。
「へえ、一回行ってみようかな」
「それじゃあ今度一緒に遊びに行きましょうか。ロイド様がいらっしゃればきっと喜ぶと思いますよ」
ティルルさんがメルゼリアパイを作っている間、俺たちは庭園にある東屋でお喋りをする。
会話の中で、俺の方からアイリスに渡したいモノがあった事を思い出した。
「はい、これ。アイリスにプレゼント」
「これはなんですか?」
「ウサギ頭巾だよ。アイリスに似合うと思って商人から買ったんだ」
俺がアイリスに手渡したのはウサギの頭巾。
コボルトの尻尾10個と交換で商人から手に入れたもので、とてもかわいいからアイリスにプレゼントした。
渡すタイミングがなかったからずっとアイテムボックスで眠っていたけどこれを機会に渡すことにした。
本当はバニーガールも一緒に渡したかったけど、流石に趣味全開でドン引きされそうだったので自重した。
頭巾くらいなら渡しても不審には思われないだろう。
「すごくかわいいウサギの頭巾ですね。さっそくつけてみてもいいですか」
「もちろんさ」
アイリスはウサミミを装着する。
アイリスが動くたびにぴょこぴょこ動いてとてもかわいい。
「どうですか? 似合ってますか?」
「俺がオオカミなら捕まえてぺろりと食べちゃってるね」
「死ぬほどわかりづらい例えやめて下さい」
アイリスが気に入ってくれて安心した。実は渡すべきかどうか結構悩んでいたんだよね。
「以前、ダイアウルフをテイムしたいとも仰っておりましたし、ロイド様は動物がお好きなんですね」
「動物は癒されるからな。昔はガルドを飼っていたんだぞ」
「へえ、そうなんですね。私もガルドになってみたいです」
アイリスはガルドに興味を持っているみたいなので今度ガルドカフェに連れて行ってあげようかな。
アイリスとお喋りをしながら時間を潰しているとティルルさんがやって来た。
大皿には美味しそうなメルゼリアパイがある。
「ミネルバ産の苺をふんだんに使ったメルゼリアパイでございます」
「すごく美味しそうですね! さっそく食べてみましょう!」
「ああ、そうだな」
ティルルさんは丁寧にパイ生地を切り分けて小皿に盛る。
「「いただきます!」」
フォークを使って優雅にメルゼリアパイを口へと運ぶ。
「おいひい!」とアイリスが反応する。
「甘さがちょうどよくて、すごく食べやすいです」
「私も、二人の喜ぶ顔を見る事ができて、とても嬉しく思います」
「ティルルはほんとに真面目ですねぇ、私たちには気を使わなくていいんですよ」
「はい、ご命令どおりお嬢様のことは雑に扱っておりますよ」
「な、なんですとー!」
アイリスの素直な反応に俺たちはクスリと微笑む。
「ティルルさんから見た今のアイリスはどんな感じですか?」
「とても明るくなったと思います。昔のお嬢様は話しかけづらかったです」
「その言い方だと昔の私が感じ悪い奴みたいじゃないですか」
昔のアイリスはプライベートでも無愛想だったから関わりづらかったんだっけ?
「昔のアイリスも一生懸命で素敵だと思うよ」と俺はフォローする。
「えへへ。ロイド様がそのように仰るならいいですけど……」
アイリスの感情の動きに合わせてウサミミがピョコピョコと動く。
ティルルさんがウサミミを凝視している。
「ティルルさん、ウサミミが気になりますか?」
「あっ、いえ、そういうわけではありませんが……。とてもかわいらしいウサギの頭巾だなと思ったんです」
もしかしてティルルさんも小動物が好きなのかな?
「ロイド様。ちょっといいですか?」
アイリスは帽子を渡してもいいか俺に訊ねる。俺は別に構わないけどティルルさんはどう反応するんだろう。
「ティルルも試しにかぶってみますか?」
「ありがとうございます」
清楚なメイド服にウサミミ姿。
とても似合っているじゃないか。メイド長のティルルさん、いつも以上にベリーグッドでございます。
「どうでございますか、ご友人様。私に似合っているでしょうか?」
「すごく似合っていますよ。メイド服にウサミミ、ありありのアリです!」
するとティルルさんは嬉しそうに微笑んだ。少しだけ頬が紅い、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
スイーツを食べながら、ふと思ったことを聞いてみる。
「ところでティルルさん。ずっと思っていたんですが、3年くらい前にローランドで俺に出会ったことないですか?」
「実際に顔を合わせた事はありませんね」
「そうですか……」
「ですが、ルビーのアトリエに依頼の手紙なら送ったことがありますよ」
やっぱりそうだったか。
アトリエの依頼は基本的にルビーが引き受ける。俺の役目はルビーから指定された素材を集めるのみ。俺の方から依頼人に干渉する事は滅多にない。
だが、俺にも依頼人がどのような人物かくらい知る権利はあるので、手紙が同封されていればそれを全部読むようにしている。
えっと、思い出した。
あの依頼は、友達の《魔石病》を治してほしいという依頼だったはずだ。
手紙の熱意に打たれて優先的に素材を集めた気がする。
「あの子は今どうなんだ?」
「先日、一年ぶりに手紙を送りましたが、元気でやっているみたいです」
「よかった」
その言葉を聞いてほっとしたよ。
目の前のティルルさんがあの手紙のティルルさんだったとはね。
意外な偶然もあるもんだ。
そういえば、ティルルさんは最初に出会った時から俺に対して好意的に接してくれていた気がする。専属魔導士としての働きが報われたような気がして嬉しく感じた。
その後、二人に別れを告げ、俺はミネルフォート家の屋敷をあとにした。
【ティルル視点】
私は当時、メイド長ではなく一介のメイドとしてお嬢様の身の回りの世話をしておりました。
料理長のネロとは仲が良く、セフィリアとは赤の他人という感じですね。
お嬢様との関係も今のようなアットホームな関係ではなく、少しでも発言を誤れば私の首が飛ぶほどの強固な身分階層が形成されていました。
ピラミッド構造とでも言えばいいのでしょうか?
お嬢様はギース殿下と同等の地位であり、私は一般市民です。
会話する事はおろか、素顔を見る事すら許されないほどです。
お嬢様は、平時の時は仮面をかぶっており、屋敷の中でも人前では外しませんでした。
お嬢様が仮面を外すのは、大司教以上の命令か、他国の使者を迎え入れる時くらいで、大半の国民がその姿を知りません。
お嬢様と仲良くなったのは、実はローランドを発つ直前であり、それまでは数回程度しか会話した事がありませんでした。素顔を見たのもその時が初めてです。
聖女時代のお嬢様は、いかなる時も一切笑わず、いつも静かに淡々と業務を行っており、なにを考えているのかわからない寡黙な少女という印象がありました。
装飾のない白い仮面も不気味であり、一部では仮面の下が醜いと囁かれるほどでした。
実際は国一番の美少女でしたが、そういう噂が囁かれるほど当時のお嬢様は近寄りづらかったのです。
元々わたしは孤児院の出身であり、孤児院にはたくさんの家族がいました。
メイドになったあとも休日には孤児院に戻り、家族と触れ合う毎日。
給与が少なく、お金はさほどありませんでしたが、幸せな日常です。
そんなある日、私が特にかわいがっていた義妹のサファイアが《魔石病》という重い病気にかかりました。
魔石病とはその名の通り、体が次第に石になっていく病気のことで、《万能薬》以外では治すことができない病です。
私は頭を抱えました。
問題はこの《万能薬》です。
非常に希少な薬であり、ローランドにはどこにも売ってなかったのです。
仮に売っていたとしても高価で買えなかったと思いますが、当時の私は若かったので、そこまで頭が回りませんでした。
サファイアの治療が困難とわかった時、私は思い悩みました。
万能薬以外で治療ができる可能性があるとすれば聖法力のみ。
聖法力は神法であり、万物の病気に効くと巷で囁かれていました。
聖女の役割は『土地の浄化』であり、市民の治療ではありません。
ですから、お嬢様に対して、私の妹が病気だから助けて欲しいとは、とても言える雰囲気ではありませんでした。
また、身分的にもこちらから治療を頼むことは不可能な状況であり、下手に話しかければ聖女を軽んじた行いとして極刑を受ける可能性すらありました。
聖女はローランドの中では最も神聖な力であり、司祭以上の身分でなければ話しかけることすら許されない崇高な存在。
そんな八方ふさがりの状況で私は、ネロからルビーのアトリエの存在を教えて貰いました。
ルビーという神に愛された錬金術師ならば万能薬を作る事ができるらしい。
万能薬の依頼料として見合っているかどうかは定かではありませんが、手持ちの全財産と手紙を同封して、友達を救って欲しいと手紙を送りました。
もしこれが無理なら、私は命を対価にしてお嬢様に治療をご依頼していたでしょう。
それから一週間後、私の元に依頼承諾の旨を伝える内容の手紙が届きました。
万能薬のお金はなんとかなったようです。
とりあえず、ホッと一安心して、サファイアの容体を確認しにいった所、サファイアはすでに完治していました。
私は驚愕しました。
ガルドが届いてから、サファイアの元まで行くまでに一時間も経っていなかったからだ。
素材を集めたり、調合をする時間が必要なので、少なくとも二ヶ月程度はかかると考えていました。
アトリエから送られたガルドは速達便の最速ガルドなので、メルゼリア王国の王都からローランドの首都までおよそ一日。
つまり、手紙を受け取って一日で万能薬を完成させて、さらに国境を越えてローランドまでやってきたという事になります。
不思議に思った私は、サファイアに詳しく話を聞くと、ロイドという魔導士がやってきたと説明してくれました。
ご友人様にとっては、数ある依頼の一つかもしれませんが、私にとってはその一回の依頼は、最愛の友達を助けてくれた心に残る依頼でした。
余談ですが、聖法力は病気には効果がないと、逃亡生活の中でお嬢様に教えて貰いました。いずれにせよアトリエに依頼する事でしか解決できない問題だったようです。
その日の夜、自分の寝室で私はオルゴール箱を取り出した。
これは神聖ローランド教国から唯一持ってきた私の宝物です。
オルゴール箱の中にしまっている二枚の手紙を取り出して、昔と同じように文面を読み返してみる。
これらはアトリエから届けられた手紙であり、一枚は依頼を引き受けたという簡素なモノ。
残りの一枚はご友人様直筆の手紙であり、励ましのお言葉が丁寧に記されている。
何も知らなかったあの頃の私を思い出して懐かしく感じました。
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