第30話:最後の誠意
ローランド城の攻略で注意すべきポイントは結界だ。
ローランド城のあちこちに張り巡らされており、正規のルートでなければ決して侵入できないような造りになっている。もちろん正規のルートを通れば兵士たちが待ち構えているのでアウト。
もしメルゼリア城と同じ内容なら結界レベルはマスター級のはず。
なんちゃってマスター級の俺に、真のマスター級が造った難攻不落の結界を突破できるだろうか。
兵士に見つからないように広大な庭園を歩いているとピンク色の結界が道を塞いでいた。結界を解析してみると意外とイケそうな感じ。結界の術式を書き換えて、俺は結界の先へと進む事ができた。
「ローランド城はあんまり結界魔術には力を入れていないのかな?」
と、安堵しながら先へと進んでいき、ローランド城の内部へと足を踏み入れる。
まずは本館一階。
石造りのホールと天井の高い廊下。初めてやってきた俺には迷路に見えるほど入り組んでいた。
あてもなくギースの寝室を探せば途方もない時間がかかってしまうが、俺はここに来る前にもう一度拘置所に立ち寄って、黒鴉にギースの居場所を詳しく聞き出していた。
ギースの寝室は本館最上階にあることがすでにわかっている。
本館一階も庭園と同じように結界が複数張られていたが、そこまで難しい術式じゃなかった。
むしろ超簡単というか、こんなに単純な術式で王族の身の安全は大丈夫なのか?と心配になるほどだ。
俺程度でも解析できる結界を張るのはマジで危険だよぉ……。
本館三階から警備の分布が少し変わった。
巡回する兵士の姿が消えて、代わりに人型の魔導人形が出現するようになった。
魔導人形は俺を発見すると即座に襲い掛かってくる。
そういえば魔導人形は隠密魔法が効かなかったな。流石に対策されていたか。
俺は《全力肉体強化》を発動して迎え撃つ。
ボッコーン!
魔導人形をぶん殴って木端微塵にした。
その後も魔導人形が次々と襲い掛かってきたが、全員ワンパンで仕留めて順調に進んでいく。
フルグロウはやっぱり最高だな。安心安全の強さ。
このタイプの魔導人形は一体あたり金貨1000枚くらいなんだけど、それが30体配置されていたからすごい金額になりそうだ。
王族ってお金持ちなんだな。
本館四階に入ると魔導人形の気配がなくなる。
その代わり、通路の中心にローブ姿の魔導士が待ち構えていた。
この魔導士は装飾のない白い仮面を被っている。
こっわ。
なにこの人……。見るからに強そう。
あまり関わりたくなかったが、相手はすでにこちらに気づいており、戦闘態勢をとっている。
「…………」
ローブ姿の魔導士が火属性・水属性・風属性・地属性の魔法を次々と放つ。通路全体を埋め尽くすほどの魔法の弾幕。
こ、この人……最上級だ!! 下手するとマスター級かも!
ほんの一瞬だけど外部魔力も操っているような気配を感じた。これができるのは最上級魔導士の証。
だが、ここまで来たら俺も引くわけにはいかない。最上級だろうがなんだろうが、俺の邪魔する奴は全員ぶっ倒す!!
奴の魔法攻撃を解析し、まったく同じ種類の魔法を放ってすべての魔法を相殺する。
「!!!!!?」
と、自身の魔法が相殺された事で魔導士は驚き、その場に硬直する。
その一瞬の隙を俺は見逃さない。
俺は足裏を爆発させて全速力で直進し、二十メートル近くあった距離を一瞬でゼロに変えて、本気の拳を魔導士の顔面に叩きこんで勝利した。
「ふう……。なんとか勝てたよ」
魔導士の仮面を拾って、ホッと一息つく。
だが本番はここからだ。勝利の余韻もそこそこに、俺はギースに会うために先を急いだ。
このフロアには、白い仮面をかぶっているタイプの強者が、他に6人、各所の通路に配置されていたが全員倒した。
余談であるが、白い仮面の皆さんは全員命に別状はない。殴る瞬間にしっかりと威力を調節しておいた。
そしてついに、念願のギースを見つけた。
第一皇子というだけあって派手で豪奢な部屋。
蓋付きのベッドで眠るギースは、黒鴉の特徴にもあった人相をしており、貴族的な伊達男。鳶色の髪は短くまとまっている。
杖でギースの額を突くと、ギースは目を覚まして、寝ぼけ眼で上体を起こす。
俺の存在に気づくと、ギースは数秒の硬直後、小さな悲鳴を上げてベッドから転がり落ちた。
その後立ち上がると、俺からすぐに距離を取って俺の顔を睨み据える。
「お、お前は何者だ!? 俺の守護者じゃないな!?」
あれ、おかしいな。
彼らと同じ仮面を被っていたのに即バレした。
この白い仮面の団体は守護者と呼ばれているらしい。
「お前の平穏を願う隣人とだけ言っておこうか」
と、俺は冗談交じりにそう答えた。
「ふざけたことを! くそっ、第二皇子の手先か、それとも第三皇子か! どっちの手先だ!」
どうやらギースは俺が外部の人間ではなく他の皇子の手先だと思っているご様子。
継承権争い的なのが裏で起きてるのかな。王族の世界って怖いね。
「あいにく俺はそのどちらでもない。
俺がここに来たのは全部自分の意思。
お前の行動は第一皇子として相応しくないと俺が判断した。
だからお前を消しに来たのだ」
最後の一言は脅す意味合いも込めて。交渉の基本は相手より優位になる事。
するとギースの顔が青ざめていく。
「ま、待て! なぜ俺の命を狙う!?」
「理由なら自分が一番よくわかっているだろ? 自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「くっ、まさか黒鴉の事か!?」
自分から罪を認めていくスタイル。
アイリスの事を吐かせたかったんだけどまあいいか。
その調子で国際指名手配犯と繋がっている事を吐かせていこう。
「だがそれは俺ではなくクレイル司教が全部悪いんだ! これを見ろ! クレイル司教が署名しているだろ!? 国際指名手配犯を雇ったのは全部クレイル司教の独断だ! 俺はまったく悪くない!!」
ギースは黒鴉の取引に使っていたであろうと思われる証拠を俺に突きつける。
そこにはギースの名ではなく、クレイル司教の名前で署名されている。
だが、俺は首を横に振る。
「そのような陳腐な嘘で、この俺が騙されると思っているのか?
黒鴉本人から聞いたぞ。
お前が元聖女を消そうとしている真の黒幕なんだってな」
「~~~~!!? あ、あの野郎、俺のことを吐きやがったな!」
ギース第一皇子はそこにいない黒鴉に対して激昂する。
「さあどう弁解する?
黒鴉はお前に裏切られてもいいようにたくさんの証拠を残しているんだ。
たとえばこれは黒鴉が残してるお前の証拠だ。
お前が元聖女暗殺未遂に関わったことが死ぬほど書かれているぞ。
お前のやっていることは、正統性を保つためでも何でもない、ただの私怨だ!」
俺はギースの目の前に資料を突き出す。
「お前の命令でクレイル司教が動いたことはすでに調べがついている。これでも言い逃れをするつもりか?」
ちなみにこの資料は全部嘘っぱち。適当な資料を眺めながら黒鴉から聞いた情報をそれっぽく話してるだけ。
だが、正常な判断ができないこいつは俺が証拠を握っているようにしか見えないだろう。
「ち、違う! 俺は被害者だ! なにも悪くない! 俺とはなんの関係もないことだ!」
ギースは酷く狼狽し、長々と言い訳を始めた。
この言い訳がすげえ腹が立つのなんのって、口を開くたびに第三者のせいにしようとしている。
この弁解だけでこいつの人間性が伝わってくる。
コイツの鼻持ちならない態度は本当に気に食わない。
「大体お前、どうやってローランド城の結界を突破してきたんだ! 城の四階には守護者だって配置されていたはずなのに!」
ギースは発狂し、今度は俺に対して当り散らす。
「結界なら一瞬で解除できたし、守護者は全員ボッコーンしてきたよ」
パンチをするポーズを取りながら城内での流れを説明する。
「う、嘘だ! そんなこと認めるもんか! お前が嘘をついているに違いない!」
「信じる信じないはお前の勝手だが、お前がなんと喚こうと、俺がここにいる状況は変わらないぞ。
どうやら寝ぼけているみたいだし、眠気覚ましにお前もボッコーンしてやろうか?」
「ひいいいいいいいいいい!!!!?」
ギースは俺の言葉に動揺し、一歩後ずさる。
これ以上にないほど悲鳴を上げて、その場に尻餅をついた。さらに恐怖のあまり、俺の目の前で失禁する。どんだけ驚いているんだこの人。
「ま、待て! いったいなにが要求だ!
お前が欲しいものなら何でもくれてやる!
だから命だけは助けてくれ!」
なんかいい感じの説得できる流れになっている。
師匠がよく言っていた『圧倒的なチカラってのはすべての物事を解決する』ってやつだな。
偶然にも守護者を倒した事で、ギースに圧倒的な力を見せつける事ができた俺。
これは好機と言える。この優位性を逃してはならない。一気にたたみかける。
「俺の要求は一つだけだ。もう二度とアイリスに関わるな」
「な、なんだとぉ!? アイリスだと!?」
だが、ギースはアイリスという言葉を聞くと、様子が少し変化する。
先ほどまでとは一変して反抗的な態度を見せる。
「それだけは無理だ! アイリスは俺にとって必要だ!」
「必要だと思うなら殺し屋とか送るなよ。お前の言っている事全部おかしいよ」
俺の正論に対してギースはぐうの音も出ず、言葉を詰まらせてしまう。
「ぐっ!? だ、だが本当に必要なんだよ! それにアイリスだって俺のところに戻りたがっているはずだ!」
「勝手に決めつけんな。
アイリスはお前の事なんて綺麗さっぱり忘れて自由に生きてんだよ。
お前も新聖女を新しく迎え入れたんだから、アイリスなんて放っておいてもいいだろ」
「赤の他人が偉そうに皇太子の俺に説教する気か! 大体お前アイリスのなんなんだ!」
「答える義理はない」
「てめぇ、俺は第一皇子だぞ!」
俺は小さくため息を吐く。
「俺とアイリスは友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。これで気は済んだか?」
自分たちの関係を正直に伝える。ここで嘘をついてもしょうがない。
しかし、ギースはその返答がよほど気に食わないのか、発狂したように怒り始める。
「はあ!? 友達だと!!? ふざけるな! たかが友達程度の浅い関係でここまで来たってのか!? お前は間違っている!」
「それはお前の勝手な思い込みだ。友達のために行動することはなにも間違っちゃいないよ」
「黙れ! 俺はアイリスの正式な婚約者だぞ! 友達風情が俺に説教するつもりか! 大体、お前のようなどこの馬の骨ともわからない男と一緒にいるよりも、第一皇子である俺と一緒にいる方がアイリスも幸せだろうが!」
随分と言いたい放題だな。
まあ前半部分は認めてやるよ。
第一皇子であるお前の方が優位性は高い。
国の責務は絶対だからな。
政治に無関心な俺にだってそれくらいわかる。
だが、お前の言葉を俺の感情は絶対に正しいと認めない。
認めるわけにはいかない。
特に最後の一言。
「お前と一緒にいる方が幸せ?」
俺は、ゆっくりと壁際に近づいて、自分の感情をすべて拳に乗せて壁をぶん殴る。
世界が爆発したかのような轟音。ローランド城全体が大きく揺れて、激しい地響きを起こす。
俺が衝撃を与えた壁には巨大な穴が空いており、瓦礫にまみれた廊下が姿を現した。
俺は大きく息を吐いた。
怒りの感情を理性で抑え込み、思考を正常な状態へと戻そうと頑張ったが、どうやら今は無理みたいだ。
ゆっくりとギースの方を振り返ると、ギースは酷く青ざめた顔をしていた。
今の俺はどのような表情をしているだろうか。
自分でもわからない。
「お前にその言葉を口にする資格はない。
アイリスの幸せを壊そうとした奴が、アイリスの幸せを二度と語るな」
ギースを黙らせるにはその一言で充分だった。
その後は順調に進んだ。
俺の要求はすべて通り、ギース第一皇子は今後一切アイリスには関わらないことを約束した。
さらにメルゼリア王国との戦争も取りやめると約束した。
口約束だけでは信用できないので書類上でも破棄できないようにした。
書面にはギースの署名と血の契約。
本来、血の契約とは奴隷契約に対して行うものであるが、この書面上でも行った。
もしギースがこの約束を破棄すればギースは呪いで死ぬ。
「こ、これでいいか?」
「ふむっ……まあいいだろう」
俺の要求はシンプルだ。
アイリスにはもう関わらない。
これさえ守れるなら俺はもう何も言わないよ。
本当はギースを王位継承権から失脚させたいが、流石にそれをやってしまうと、他のトラブルが発生しそうなので今回は保留にしておいた。
とりあえず、アイリスの安全が保障されただけでも万々歳だ。
その後、ローランド城から拠点へと戻り、魔法陣を利用して《ルビーのアトリエ》へと帰還した。
テーブルの上にある置き時計を確認してみると朝の5時になっていた。
まだ外は暗いが、カーテンの隙間から見えるメインストリートでは、新聞を配達する若い少年の姿。一部の市民は本日の活動を開始したようだ。
ギース第一皇子の謝罪状が女王陛下のところに到着するのは今日の夜頃らしい。
この謝罪状というのは、女王陛下への脅迫状を訂正するようにギースに指示しておいたものだ。
普通のガルドだとメルゼリア城とローランド城まで三日ほど期間を有するが、王族が使用している超最速のガルドは半日で到着するとの事だ。
九つの転移魔法陣へと視線を戻す。
これらはもう二度と使わないので封印を施そう。
本来、転移魔法陣はとても貴重なモノ。
ルビーが錬金術で作った《竜脈のインク》と、俺の《竜族の秘術》の二つが揃って初めて成立するものだ。
特に《竜脈のインク》の作成が極めて難しく、専属魔導士時代のすべてを合わせても、たった一回しか作る事ができなかった。
この九つの魔法陣は、その貴重な一回を大切に使用したものだ。
二人の集大成ともいえる技術なので本当は封印したくなかった。
でも、これはやらなければならないことだと思う。
転移魔法陣の封印が完了した。
これで誰かに悪用される心配はなくなった。
現在、《竜族の秘術》を知っている者は俺と師匠だけ。だが他にいないとも限らない。そしてそいつが善良である保証はどこにもない。
転移魔法陣は悪用されるのが一番危険であり、仮の住居を購入してでも俺は転移魔法陣の悪用を警戒した。
アトリエを去るという事は、これまで定期的に行っていた転移魔法陣の点検ができなくなるということを意味する。
邪悪な存在に対して無防備になってしまうのだ。
だから封印しなければならない。
終わってしまったとはいえ、ルビーも俺にとって大切な人だった。
彼女が傷つかないように、転移魔法陣の封印という、最後の誠意はしっかりとつけておいた。
その後、カーテンを閉じて部屋をあとにした。
階段を降りて、アトリエを去ろうと玄関扉に手を触れた時、背後から冷たい声が聞こえた。
俺は無言で振り返る。
そこには元恋人のルビーがいた。
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