第5話:誇り
王都での用事は終わった。
残っても特に得るものはない。わたしは帰国のため、乗り合い馬車を呼んだ。
御者の合図で扉を開けると、中には青年と少女が一組。少女はエルフ族らしい長い耳を揺らし、こちらを見るなり表情を輝かせた。
明るく、やや距離感の近い笑み。服のほつれや装飾品の安さから見て、旅慣れてはいるが気質は素朴。
――情緒型の典型。チンパン力はA級ですね。
脳内でそう評しながらも、表には出さない。最低限度の礼儀として挨拶を返し、席につく。
どうやら二人はミネルバに向かうらしい。
「ミネルバには聖女アイリス様がいらっしゃるから」
エルフ娘は興奮気味にそう言い、身振り手振りで語り始める。声量が車内の空気を揺らす。
聖女は一国に一人ではないのか――と、わたしの脳裏にコーネリアの姿が浮かんだ。
「アイリスは元々、隣国ローランド教国の聖女様でしたが、エメロード教の教義に反したので追放されたんです」
エルフ娘は早口で説明し、さらに息継ぎもそこそこに付け加える。
「実際は、後継者争いですね」
なるほど。宗教も人も、理念と現実は別物だ。
馬車は軋みを上げ、街道を進む。わたしは軽く頷きながら、外の風景に視線を移した。話の続きを求められないように。
「ところで、あなたの職業は?」
青年が何気なく尋ねてきた。
「魔法学園の教員です」
短く答える。
その瞬間、二人の視線が微妙に変わった。まるで、こちらがとても偉い役人であるかのような、妙な尊敬の混ざった目だ。
馬車は相変わらず軋む音を立てながら、ミネルバへの街道を進んでいく。
外の風景が流れる中、わたしは窓の外に視線を戻し、会話の熱がこちらに向かないよう距離を保った。
突然、馬車が急停車した。
前方の街道に、獣の唸り声と蹄を打つような重い足音が響く。茂みの間から、牙を剥いたモンスターが数体、進路を塞ぐように現れた。
わたしは長杖に手をかけ、立ち上がろうとした――その瞬間、向かいの青年とエルフ娘が同時に動いた。
「任せてください!」
そう言い、二人は馬車を飛び出す。短剣と弓を手に、連携してモンスターを引きつけ、確実に仕留めていく。
手際は粗いが、行動は速く、迷いもない。
……ふむ。ならば出番はない。
わたしは杖を下ろし、その様子を座席から静かに観察した。数分後、道は再び静寂を取り戻し、御者が手綱を鳴らす。馬車は再び街道を進み始めた。
「随分とお強いのですね」
車内に戻ってきた二人にそう声をかけると、エルフ娘は笑顔で答えた。
「困っている人を助けるのが、冒険者としての誇りですから」
その一言に、わたしは少しだけ評価を改めた。
自分はいまの職業に誇りはない。だが、彼女は確かにその信念を行動に変えている。
――この娘は、少なくとも今はチンパンではなく、冒険者として見ておこう。
馬車は再び揺れ、空の色がゆっくりと変わっていった。




