第25話:元専属魔導士のロイド
ミネルフォート家から宿屋に帰宅後、長旅に備えて荷物をまとめているとマルス達がやってきた。
「イゾルテさんから聞きましたよ。王都に行かれるそうですね」
と、マルスが言った。
「ああ、しばらくミネルバを離れる事になる。
ミネルバに戻ってくるのは二ヶ月後になるだろう」
もしかしたらもっと早く帰ってくるかもしれないが、往復だけで6週間もかかる長旅。
どんなトラブルが起きるかわからないし、期間は少し長めに見積もったほうがいいだろう。
「二ヶ月後ですか……。
わかってはいましたが、ロイドさんとしばらく会えなくなるのはすごく寂しいですね」
「二ヶ月なんてあっという間じゃないかレラ。クエストを10回くらいこなしていたらすぐに過ぎてるぜ」
クエスト10回というと、一ヶ月に5回だから、一週間に平均1.2回くらいか。
つまり、一回のクエスト日数はおよそ……いや、なに考えてんだ俺。
こういうどうでもいい事が気になってしまうのは俺の悪い癖だな。
「マルスくんらしい例えだね」
レラは苦笑する。
「ロイドさん、王都から帰ってきたらまず一番に私たちの所に会いに来て下さいよ」
「わかった。お土産もたくさん買ってくるよ。マルスはなにか欲しいお土産とかあるか?」
「俺は特にないです。長旅になるでしょうから、お体の方を大事にしてください」
「あっ、マルスくんだけズルいー。隙あらばロイドさんのポイント稼いでる!」
「別にそんなつもりで言ったわけじゃないんだけどな」
二人とも仲が良さそうで何よりだ。
その日は久しぶりに三人一緒に外食することにした。
最近は俺も忙しかったし、彼らもそれぞれ予定があったから一緒に食事をとる機会は少なかった。
お互いに自分のできることを一生懸命やってたので、今回の外食はとても充実感があった。
彼らに頼りすぎず、でも極端になりすぎないように、楽しむ時は一緒に楽しむ。
精神的な自立とは、多分こういうことなんじゃないかと俺は思う。
「ところでロイドさん~。あのアイリスさんとはどこまで進展したんですか? キスはもうしたんですか~?」
「おいやめろよレラ。先生が困っているだろ」
「光のカップリングエルフとしてロイドさんの恋愛は見過ごせません。ハーフエルフは政治がわからぬ、だが他人の恋愛には誰よりも敏感であった」
それめちゃくちゃ面倒くさい奴じゃん。そういうの余計なお節介というんだよ。
あの日以来、俺と顔を合わせるたびにレラは、アイリスの事を毎回聞いてくるようになった。
普段は真面目なレラも、恋愛の事になると節操がない。
厄介なレラの対応はマルスに任せて、その日はゆっくりと過ぎていった。
翌日、イゾルテさんが馬車を6台も用意し、そのうち2台を自由に使用してよいと答えた。
俺、アイリス、従者三人なので、一日ごとにメンバーを替えていく事に決まった。
ティルルさんの配慮で俺とアイリスは常に固定との事だ。
俺は別にアイリスと固定でなくとも良かったのだが、「襲撃者がやってきた時、ロイド様の隣が一番安全であります」と俺の能力を全面的に信頼してくださった。
残りの馬車4台は、黒鴉の護送用とアイリスの護衛用として、それぞれ利用するとの事。
アイリスが乗る馬車を中央に置いて、前後に連なるように馬車が配置された配置。
そのすべての馬車には騎士が三人ずつ乗っている。
ここまで護衛が本格的だと本当に要人を乗せてるんだなと実感する。
万が一にも襲撃者が現れたとしても、アイリスの身は安全だろう。
だが、もし護衛がつかなかったとしても、俺はアイリスを守り抜く覚悟はあった。
ミネルフォートの屋敷まで見送りに来ていたレラ達に別れを告げて、俺たちは屋敷を出発した。
俺たちを乗せた馬車が、速度を増して、辺境の町ミネルバを心地よい馬の足音と共に駆け抜けていく。
窓から顔を出して、遠くなっていく町を眺めるアイリスの銀色の髪が、風に吹き上げられて綿菓子みたいに膨らんだ。
町を出ると人の数も次第に減っていき、山脈のつらなる雄大な大地が俺たちを出迎えた。
「メルゼリア王国の王都に行くのは初めてなんですが、どんな所ですか?」
「華やかで活気があって楽しい所だよ。アイリスもきっと気に入ると思う」
その言葉にアイリスは笑顔になる。
「さっき友達に貰ったお菓子なんだけど一緒に食べようか」
「はい」
アイリスと仲良くビスケットを食べながら、窓から顔を出して来た道を振り返ると、ミネルバはもう見えなくなっていた。
馬車に揺られること三週間、俺たちは無事に王都に到着した。
その道中、黒鴉以外の刺客は黒鴉が言った通り出てこなかった。
どうやら黒鴉の言ったことは事実だったようだ。
およそ2か月ぶりの王都。
10台の馬車は、駅を通り過ぎて王国騎士団の駐屯所まで進んで、ゆっくりと停車した。
ガルドを使って情報を送っていたようで、すでに数十名の騎士が俺たちの到着を待っていた。
俺は馬車から先に降りて、アイリスに手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
アイリスは柔和な笑みを浮かべて俺の手を握り、馬車から降り立つ。
騎士たちはアイリスの姿を見てざわめいて、お互いに顔を見合わせる。
「あれが《神聖ローランド教国》の元大聖女、アイリス・エルゼルベル・クォルテ様か」
「噂通りの美しさだ」
「綺麗だ……」
アイリスを凝視しながら、それぞれ感想を口にした。
冒しがたい空気で周囲を圧倒するアイリスの美しさで見惚れている騎士たちとは対照的に、ギルド長は粛々と黒鴉の身柄の引き渡しを行っている。
その際、黒鴉と目が合って、彼からめちゃくちゃ睨まれたので、俺は笑顔で手を振ってあげた。
彼は憤怒するがすぐに取り押さえられた。
黒鴉は拘束具がさらに追加され、王国騎士団の護送車に運ばれて、その場からいなくなった。
これにて黒鴉の問題は一件落着。もう二度と奴と会う事はないだろう。
バイバイ黒鴉、キミの事は忘れるまで忘れないよ。
「イゾルテ様、国際指名手配犯の一人である黒鴉の逮捕に協力していただき、本当にありがとうございます」
「お礼は私ではなく、そこのロイドに言ってくれ。奴を捕まえたのは私ではなくロイドだ」
イゾルテさんは俺を指差してそう答えた。
好奇の視線が一斉に俺に集中する。
さて、どう答えようか。
逃げるように王都を離れたので、専属魔導士のロイドと彼らに説明するのは好ましくない。
もう終わったことだし、昔の俺を引き合いに出すのもおかしな話だ。
でも、今回だけは例外だと感じだ。
「元専属魔導士のロイドです。今は冒険者をしています」
はっきりとそう言った。
ここで逃げるのだけはやりたくなかった。
少しだけ自信がついたというべきか。
マスター級とバレる事が不幸な生活に繋がらないように、専属魔導士のロイドとバレる事も不幸な生活に繋がらないと、マルス達との出会いの中で学んだ。
成功より失敗の方が多かったが、今の俺は不幸ではない。
だから俺ははっきりと、『元専属魔導士のロイド』と、正直に彼らに伝えた。
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