第165話:旅するアトリエ(10)
魔力をすべて消費した事で変身が解けた。
ケモミミもなくなり、髪色も元の赤色へと戻っていく。
止まっていた時間もゆっくりと動き出した。
「い、いったい起こったんだ。アルケミア卿の姿が消えたと思ったら、いつの間にか聖女様が倒れていらっしゃるぞ!」
「まさかアルケミア卿がやったのか!?」
「で、でもいったいどうやって。なにがなんだかさっぱりかわからないわ!」
当然だ。
彼らには私達の戦いは見えていない。
私達は止まっている世界の中で戦っていたのだ。
私にとっては永遠とも思えるような時間だったが、彼らとってはほんの一瞬に過ぎない。
彼らの困惑する反応を見て、自分の強さがすでに人間の領域を超えているのだと改めて実感した。
「見ての通り、コーネリアは私との戦いに負けました。どちらの言っていることが正しいか、アナタ達もわかったと思います」
私は唖然としている観衆にそう問いかける。
「すげえええええええええええ!」
「アルケミア卿最強!」
「やっぱりアルケミア卿の言っている事が正しかったんだ!」
「冷静に考えてみろよ! 法廷でいきなり陛下を殺す奴がまともなわけないだろ!」
先程までコーネリアの話を信じ込んでいたが、私がそう言った途端に、彼らは打って変わって次々と私を称賛し始めた。
なんという心変わりの速さ。
私は人間という生き物が信じられなくなりそうだ。
群衆達のことは記憶から消して、私はすぐさまハクアの元へ向かった。
ハクアは今も気絶したままだ。
全身には痛々しい大やけどを負っているので、はやく治療してあげたいが、あいにく手元にはポーションがない。
私がその場で困っていると、私の頭を覆うように影が近づいてきた。
ふと顔を上げるとそこには見知った顔。
前世でもお世話になったレラが目の前にいたのだ。
レラはミネルバにいるものだと思っていただけに、王都にいるのは完全に予想外だった。
前世でもこの時期は王都にいたのだろうか?(※ミネルバにいます)
茫然となって彼女の顔を見つめていると、レラは笑みを浮かべながら、
「あのー。もしよければ私に治療させてくれませんか?」
「え?」
「実は私は治療魔法が使えるんです」
「え、ああ。じゃあお願いする……」
「任せて下さい! むにゃむにゃむにゃ……『ヒーリング』!」
レラの杖が光り輝いて、ハクアの全身を光が包み込む。
そして、あっという間に火傷の跡を消してしまった。
「あ、ありがとうレラ」
「おや、どうして私の名前をご存じなんですか?」
そういえば、私達は初対面だったな。
「えっと。町で一度見かけたことがあって印象に残っていたんだ。すごく綺麗だったから」
「えー! 本当ですかぁー! アルケミア卿にそんな風に思われていたなんて、すごく照れちゃいます」
レラは頬に手を当てて、くねくねと体を動かす。
前世のレラと比べると心なしかテンションも高いような気がする。
「おーい! レラ! 陛下も息があるぞ! 早く治療してくれ!」
「あっ! はーい!」
レラは、茶髪の少年の元へと小走りで向かっていく。
その少年はどことなく見覚えのある顔をしていた。
もしや彼がレラの彼氏のマルスだろうか。
前世ではゾンビの印象しかないので、あまり良い印象はないが、ゾンビになる前はどんな性格だったのだろうか。
そんな風に考察してると、ハクアは呻き声を上げて目を開いた。
「ハク!」
私は彼女の名を呼びかける。
「ルビー……。私なんて放っていいから早く逃げなさい」
「ハクを見捨てるわけないだろ。それに、もう全部終わったんだよ」
「終わった? どういう意味?」
困惑してるハクアに、ハクアが気絶してからの経緯を詳しく説明した。
「アナタには随分と迷惑を掛けたみたいね」
「迷惑だなんてそんな……。私はやりたいようにやっただけ。ハクもそんな風に自分を責めないで」
「ルビー。アナタは本当に優しい子ね。アナタのためなら自分の命なんて捨てても構わないわ」
ハクアは目に涙を浮かべながら、私の手のひらをそっと握った。
コーネリアとの戦闘が終わって一時間後。
レラの治癒魔法によって回復した陛下は、何事もなかったように裁判を再開させた。
「裁判中に君主の暗殺未遂をしでかした聖女コーネリア。なにか申し開きはあるかしら?」
黒い笑顔で正座中のコーネリアに尋ねる。
コーネリアは力なく首を横に振る。
「ありません。アルケミア卿に敗北した今、私はどんな罪でも受け入れます」
「素直でよろしい。聖女コーネリア! 今回の騒動の発端となったアナタには責任をとってもらうわ! 正統聖女の身分を一時的に剥奪するわ!」
ドンッ☆
陛下はコーネリアを指差しながらそう言い放った。
しかし、判決を聞いていた聴衆はその判決に納得しなかった。
「陛下! どうしてそんなに判決が甘いんだ! 処刑しろ!」
「そんな奴さっさと殺せ!」
「ふざけるな! 殺せ!」
聴衆は憎悪の念をあらわにしてコーネリアの死を渇望する。
殺せの合唱コールに法廷は異様な雰囲気に包まれた。
「お黙りなさい!」
しかし、陛下の一喝で法廷が静まり返る。
「たしかに民衆を扇動したのはここにいる馬鹿聖女よ。でも、それにおもしろおかしくのっかって好き勝手に暴れたのは他でもないアナタ達じゃない。アナタ達には罪はないって言うの? 私はね、マスコミに踊らされてすぐに意見をコロコロと返るアンタたちのようなしょーもない民が一番嫌いなの!! たとえキチ〇イでも一貫性のあるコーネリアの方が100倍マシよ!」
どうやら陛下は、すぐに手のひらを返す民衆が本当に気に入らないみたいだ。
それはわからなくもない。
私の言葉を信じたり、コーネリアの言葉を信じたり、一回信じたら最後までそいつの言葉を信じろって説教したくなる。
「ハクはどう思う?」
「いまはルビーしか見えてないから何もわからないわ♡」
彼女は平常運転のようだ。
裁判の結果もどうでもよくなっているみたい。
「さて、アルケミア卿」
「え?」
急に陛下に名前を呼ばれたので、私はびっくりした顔を上げた。
「国一番のエレガントなアナタに頼みがあるんだけど、この馬鹿聖女をアナタの旅に一緒に連れて行ってくれないかしら?」
陛下は笑顔を浮かべてそう言った。
「え!?」「え!?」
私とコーネリアは同時に驚いた声を上げた。
◇
コーネリアは白薔薇が生きている限り、絶対に白薔薇の討伐を諦めないことを、私は長い付き合いの中で知っていた。
彼女はエメロード教を盲信している。
どんな手を使ってでも白薔薇を探し出して殺そうとするだろう。
だったら発想を変えて白薔薇とコーネリアを絆させて仲間意識をもたせればいいのでは? と思い至った。
白薔薇のことを大好きになれば、コーネリアも白薔薇を殺そうとはしないはず。
私はそう考えた。
ルビーは本気で嫌がっていたが、コーネリアが納得しない限り、今回のようなトラブルは何度でも起こりかねない。
これはルビー自身のためでもあるのだ。
私の権力では、コーネリアにこれ以上の罰を与えることができない。
コーネリアは歴代聖女の中で最も由緒ある完璧な聖女。
勇者の祖父と聖女の祖母を持ち、母親が王族の血を引いている。
さらに秩序神エメロードの加護を得ているため、教会側とも繋がりがある。
西方剣術 《エクストリオン》の腕前も一級品であり、さらに『神聖剣』という古代の流派も習得している。
血筋・才能・強さ。
すべての素質を持ち合わせているパーフェクト聖女。
今回の裁判だって本当はコーネリアに釘を刺しておく程度に留めるつもりだった。
本気で裁こうとしたわけではない。
つーか無理。
コーネリアの扱いは私も困っているので、彼女の教育もかねてルビーに依頼した。
ルビーならきっとなんとかしてくれるはずだ。