第158話:旅するアトリエ(3)
数日後、私達はガゼルビアという街に到着した。
ガゼルビアは、王都の次に発展している第二の首都であり、フリークス魔法学園などの施設が存在してる。
フリークス魔法学園は、優秀な魔法使いを育成する国家施設であり、数多くの上級魔導士を輩出している。
大魔導士のクロウリーもこの学校の卒業生らしい。
錬金術師の私にとってはあまり縁のない施設なので基本的に関わる事はない。
街を歩けばローブ姿の人々が多く、魔導士の比率も他の街と比べると圧倒的に多い。
「なんだかモヤシみたいな人間が多いわね。私がちょっと小突けばポキッといっちゃいそう♪」
と、イキった発言をするのは、私のパートナーであるハクア。
現在は、私の右腕に自身の両腕を絡めている。
コーネリアの一件以来、私の事がめちゃくちゃLOVEのようであり、付き合いたてのカップルかという勢いで、四六時中ベタベタと私の体に密着してくる。
「油断してるとまたコーネリアの時みたいになっちゃうよ」
「私がそんな何回も出し抜かれるわけないじゃない。あれは不運が重なっただけよ」
白薔薇は反省の色を見せない笑顔でそう答えた。
やれやれと呆れていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ってみるとそこにはソテイラがいた。
ソテイラは私の後輩錬金術師であり、私が前世で逮捕される直接の原因となった人物。
彼女自身は善人なのだが、その時の嫌な記憶が頭に残っているので、トラウマのような感情を覚えた。
「えっと、ソテイラさんですよね?」
「ええ!? こんな私のことを覚えているんですか!? アルケミア卿に名前を覚えられるなんて、すごく嬉しいです!」
「昔何度かお会いしたことがありますから」
「す、すごい嬉しいです!」
ソテイラはとても感激していて、私の手を握って飛び跳ねながら喜んだ。
「ソテイラさんはどうしてここにいるんですか?」
「仕事です。グリフォンの羽根を購入しに来たんです」
「グリフォンの羽根ってそこそこ高かったような」
「あはは……《石化の呪い》にかかった方がいまして、その特効薬となる《ラド・プリズマ》を作っている最中なんですよ」
ラド・プリズマとは、ポーション系の一種であり、様々な呪いを解く事に長けている。
しかし、私は彼女の言葉に首を傾げる。
「ところで後ろの方は? すごく綺麗な方ですね」
ソテイラはハクアを見つめる。
「紹介します。彼女は私の友達のハクです」
「初めまして。ルビーとは先日知り合って、それ以来仲良くさせてもらっていますわ」
「ハクさんですね。私はソテイラと申します。以後お見知りおきを」
「アナタも錬金術師なのですか?」
「はい。隣町でソテイラのアトリエを開いています。ここに来たのは、石化の呪いを解呪するための素材を調達するためです」
私に話した内容をハクアにも丁寧に説明しなおした。一連のやり取りだけで彼女が丁寧な性格である事が見て取れる。
「グリフォンの羽根は手に入りそう?」
「なかなか難しいですね。上級モンスターですから、素材の確保も大変なんです。市場で手に入ればそれが一番なんですが、難しいとなると採取に出向く必要があります」
「採取なら私も手伝おうか?」
「え?」
「ルビーはすごく強いんですよ。私も彼女に助けてもらいましたわ」
ハクアは私を褒めちぎる。
「へー。そうなんですね(ルビーさんの方が専属魔導士より強いってあの噂、本当だったんだ……)」
ソテイラは私からの申し出を快く承諾した。
そして、グリフォンの目撃例があったアスラルド平原へと出向くことが決まった。
移動は馬車での移動となる。
その際、ソテイラの仲間が三人集まった。
それぞれ昔見たことがある顔ぶれ。
彼らは普段からソテイラの素材採取を手伝っているそうだ。
アスラルド平原は、馬車を使えば三時間ほどの距離にある。
グリフォンの目撃例があってからは、あまり使用されなくなったと御者が教えてくれた。
「グリフォンってそんなに強かったかしら?」
ハクアは疑問符を頭の上に浮かべている。
「あはは、一般の方はあまりご存じないのかもしれませんが、グリフォンは上級モンスターに分類されておりまして、ゴブリン100体分の戦闘力があるんです」
ソテイラの仲間である剣士が笑顔で教えてくれる。
それなりに強いって事だが、マスター級の中でも最高位であるハクアにはピンと来ていない。
実際、グリフォンが現れたら瞬殺してくれるだろう。
「まあ任せて下さいよ、ハクさん。グリフォンが襲ってきたら俺が守りますから」
「あっ、こいつ。またナンパしてる」
「おい、ハクさんの前で、変なことを言うんじゃない!」
「すいません騒がしくて。この人たちいつもこうなんです。」
ソテイラが苦笑い。
彼らの仲が良さそうでなによりだ。
「でも、仲の良さなら私達の中も負けてはいませんわ。ルビー、私達もイチャイチャしましょう」
「イヤです」
「むー。師匠をイジめるなんて悪い弟子ですわ」
「きっと黒鴉師匠に似たんです」
私はそう答えてツーンとした態度を取る。それでもハクアはベタベタと引っ付いてくる。
いくら大好きな相手でもずっと一緒にいると辟易するものだ。
黒鴉師匠が単独行動を取るようになったのは、もしかするとこのハクアの性格が要因なのかも。
「そうそう。ルビー。あらかじめ言っておくけど、グリフォンが出現しても私はなにもしないわよ」
「え? なんで?」
「だって私の剣式はすべてアナタに伝えたもの。アナタはすでに私に匹敵する強さだから、私がわざわざ前に出る必要はないでしょう?」
そういうものなのかな? 二人で戦った方が効率的だと思うけど。
気になるところはあったが、別に食い下がる内容でもなかったので、私はハクアの申し出を受け入れた。
それからしばらく馬車に揺られていると、甲高い鳥の声が聞こえてきた。
馬車の窓を開けると、馬車から少し離れた上空には巨大な鳥の影。
標的のグリフォンである。
「むむむっ! あんなに大きい怪物だったなんて」
「私達で勝てるかな」
「勝たなきゃルビーさんたちが大変な目に合うだろ!」
彼らはそう言って、それぞれ馬車から飛び出してグリフォンと交戦する。
しかし、グリフォンはかなり強い魔獣のようで、戦士三人相手でもビクともしていない。
口から光線を吐いて三人を吹き飛ばした。
「「「うわあああああああ!」」」
思った以上に苦戦してるようだ。
ハクアとアイコンタクトを取ると、「好きにしなさい」と許可をもらったので、私は馬車の窓から外に飛び出した。
そのまま三人の間を駆け抜けてグリフォンの膝元へと迫り、剣に手をかける。
「獣王剣《真化》」
先日ハクアより教わった獣王剣の極意とされる『終ノ型』を発動する。
終ノ型は、鷹の型・狐の型・竜の型・蛇の型のすべてを一つに集約したもので、正真正銘、本物の獣王剣である。
始祖リリアの動きを100%再現したものであり、動作のすべてが一撃必殺の威力とスピードになる。
剣式が展開され、私の髪が真っ白になり、象徴となる白色のケモミミが生える。
その瞬間、世界から色が失われ、グリフォンの動きが制止する。
まるで時が止まったようだ。
そして、これは比喩ではない。
獣王剣の最高速度は神速。
時間すらも超越できる。
グリフォンの体に無数の剣線が走る。
そして、時が動き出す。
グリフォンは断末魔を上げることもなく、私の前に崩れ落ちた。