第157話:旅するアトリエ(2)
前世の私はロイドを連れ戻す事に執着して周りが見えなくなっていたので、今世では錬金術師として相応しい理想の自分を思い描きながら旅をしようと思っている。
私は元々ヘカテーを目標にしていた。なので、ヘカテーをイメージして行動すれば理想から大きく逸れる事はないと思う。
「ルビー。お腹空いたー! 今日はカレーが食べたい気分だわ!」
背後よりハクアの声が聞こえた。それからワンテンポ遅れて背中に一肌の重みを感じた。
ハクアの吐息が首元にかかってくすぐったい。ハクアは私に密着して子供のように甘えている。
自然とこちらの口元が緩む。私の肩に手を乗せているハクアの手のひらに自身の指先をおいた。
初めて出会った頃と比べるとだいぶ打ち解けて、子供のように甘えてくるハクアに親近感を覚えた。
「えー。またカレー? どんだけカレーが好きなんだよ」
「だってアナタの作ってくれるカレーはすごく美味しいんですもの」
「喜んでくれるのは嬉しいんだけど、私は今日は別の料理を作りたい気分だね」
「今日はなんの料理を作ってくれるの?」
「ポトフ」
「アナタってポトフも作れるのね! 実は私もポトフが大好物なのよ!」
「テンション上げ上げだね」
「ルビーの作ってくれる料理はすごく美味しいから期待しちゃうのよ」
「それは頑張らないとね」
私はくすりと微笑む。
その後、淡々と料理を作るわけだが、ハクアは後ろから私に抱き着いた状態でその光景を眺め続けている。
地味に動きづらいので離れて欲しいのだが、ハクアは断固として離れようとしない。
「邪魔なんだけど」
「ちょうどルビー成分を補給中だから無理」
「包丁使ってる時は危ないから動かないでよね」
「……すごく安心する」
ハクアは、そのまま眠りにつきそうな声でそう呟いた。
◆ ◆ ◆
夕食後、食後の運動として私はハクアと剣の稽古をした。
それぞれ鷹剣を習得しているので音速での剣の打ち合いが展開される。
キンキンキンキンキンキン!
何十回と剣を縦横無尽に振るう。
時には刀身の中腹にて、お互いの刃を押しつけ合う場面も。刃同士が拮抗して黄色い火花が散る。
「ルビー。一つ聞きたい事があるんだけどいいかしら?」
「別に構わないけど手短にね。ハクは話し出すと毎回長いから」
「誰がババアですって」
「ババアとは一言も言っていない」
「ふふふ、冗談よ。なら短刀直入に聞くわね。その剣術は桜花から教わったの?」
「!」
「隙あり♪」
「あっ」
ハクアに自身の剣を下から弾き飛ばされた。
剣は宙をくるりくるりと回転して地面に落下する。
「どうやら図星みたいね」
「まあ否定はしないよ」
「どうして黙っていたの?」
「ハクが気を悪くするかと思って」
「私があの子の弟子をいじめるわけないじゃない。ルビーは本当に心配性ね」
ハクアはあっさりと私の言葉を信じた。
それどころか、私が黒鴉師匠の弟子である事を深く喜んでいた。
誰かに存在を受け入れられるのは、本当に嬉しいものだ。それも他ならぬ黒鴉師匠の身内ならなおさらだ。ハクアに抱きしめられると自然と涙が零れた。