第154話:リスタート(8)
教会を飛び出した私はアトリエへと引き返した。
聖法力という強力な毒に犯された白薔薇をなんとかして治療しなければならない。
治療を後回しにする選択肢もなくはなかったが、苦しんでいる白薔薇を見ているとそれができなかった。
白薔薇に対して感情的になりすぎている自覚もあった。
だが、昔のような自分のことしか考えられない醜い自分には戻りたくなかった。
本棚を漁って治療に関する本を探す。
発想魔法を使えば調合に必要な素材は思い浮かぶ。
しかし、私の発想魔法は欠陥があり、エリアゼロの素材にしか対応しない。
そのため、別の人物が記した発想魔法のレシピを使用しなければならない。
本棚を隈なく探していると、ある一冊の本を見つけた。
『解毒に関するレシピ(上級編)』
本にはそう書かれていた。
初級錬金術師の私には困難な内容かもしれないが、一応確認してみる。
すると、聖法力に関する内容も記されていた。
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■ダークロード・ポーション
・聖法力に犯された魔族の治療に効果的。
発想者 ヘカテー
◆要求素材(要求度 110)
《デビルの羽根》、《魔界草》、《アインズ魔鉱石》
◆調合手順(難易度 90)
上上下下左 右左右赤黄 左下右赤黄
上上黄下左 右左右赤黄 左下右赤黄
上上下下左 右左右赤黄 左赤右右黄
上下下赤左 右下右赤黄 左下右赤黄
上左下下左 右左上赤黄 左下青赤黄
上上下下左 右左右赤黄 左下右赤黄
◆最終得点 200点
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難易度90!?
コマンドはかなり複雑だ。失敗する可能性が極めて高い。
しかし、幸運なことに素材はすべて揃っていた。
コンテナの中には《デビルの羽根》、《魔界草》、《アインズ魔鉱石》が少量だがそれぞれ残っていた。
私にこれを使って錬金術をしろと神が言っているのだろうか?
でも、私は初級の錬金術すら満足に……。
すると、白薔薇の呻き声が隣の部屋から聞こえてきた。
私はハッと我に返る。
なにを迷っているんだ私。
目の前で苦しんでいる人がいるのに、それを見捨てたらそれこそ錬金術師失格だ。
私は覚悟を決めて、素材を錬金釜に投入し、オールをそっと水面につける。
錬金術の成功に直結するタイムリミットが錬金釜の頭上に浮かび上がった。
時間は10秒。
これが0秒になるまでに正確にコマンドを入力しなければならない。
絶対に成功させる。
私は全神経を手に持っているオールに集中させる。
そして、スタートと同時に、レシピに記されていたコマンドを思い出しながら無心で入力していく。
残り10秒
上上下下左 右左…
残り9秒
……右赤黄 左下右赤黄
上上黄下左 右左右赤黄 左下右赤黄
上上下下左 右左右赤黄 左赤右右黄
上下下赤左 右下右赤黄 左下右赤黄
上左下下左 右左上赤黄 左下青赤黄
上上下下左 右左右赤黄 左下右……
残り8秒
赤黄。
入力が完了した。
しかも、ミス一つなかった。
私は、成功のキーワードを眺めながら、その場で茫然となっている。
「で、できた……? でもどうして……?」
その時、腰に装備している剣が視界に映った。
「もしや、剣術の訓練をしていたから?」
剣を何十回も振り、それがすべて同じ位置に刺さるような正確性。
敵の剣を一瞬で見切る判断力。
それを可能にする起動力。
いまの私はそのすべてが自然と身についている。
だから、錬金術の成功に関わるコマンド程度ならほぼ一瞬で打ち込めるようになったのかもしれない。
そんな推測が脳裏を走ったが、その分析を一旦おいておき、ダークロード・ポーションを手に取って白薔薇の元へと戻る。
ベッドの上で苦しんでいる白薔薇に寄り添い、そのポーションを丁寧に飲ませていく。
すると、白薔薇を蝕んでいた聖法力の毒素が消えて、白薔薇は元の体調へと戻った。