第148話:リスタート(2)
「どうして目の前にロイドがいるの?」
「とぼけたふりをするな。とにかく、俺はもうお前の専属魔導士は疲れた。彼氏も今日限りで解消する」
昔一度聞いた事があるようなセリフをロイドは口にする。
しかし、私は依然状況を理解できず、茫然となっている。
「じゃあなルビー。俺のことはもう捜さないでくれ」
「あっ、ちょっと待っ」
私が言い終えるよりも先にロイドは部屋をあとにした。
そのまま階段を上る音が聞こえてくる。
「どういうことなの?」
私は自分の体を確認する。
五体満足で、怪我も一切してない。
私は自分の頬を思いっきりつねってみる。
めちゃんこ痛い……夢じゃないみたいだ。
それにしても、この状況は本当になんだ?
ロイドはすでに死んでいるはずだ。私だってカタストロフィに負けて殺されたはず。
私は部屋を改めて見渡す。
どう見ても私が七年前に暮らしていたアトリエだ。
答えが見えない疑問に混乱してると、ロイドが階段から降りてきて、返事一つなくそのままアトリエを出て行った。
まるで当時の家出を再現してるようだった。
まさか時間が巻き戻ったのか?
いやいやいや、そんなわけあるまい。
時間が巻き戻るなんて物語だけの話だ。
これは現実だ。
どんなにすごい魔法を使おうとも、時間を巻き戻すなんてできるわけない。
……本当にできないのかな?
私は、魔法の知識はほとんどない。
ロイドの能力にも気づけなかった過去もある。
この不思議な状況も安易に否定するのではなく、冷静に分析した方がいいかもしれない。
■白昼夢のパターン
七年後の記憶そのものが全部夢。一番ありえそうな選択肢だ。
嘘か本当か確かめる方法は、実際に鷹剣を使ってみればいい。
私は錬金術の棒を握り、獣王剣を思い出しながら杖を振るう。
次の瞬間。
キンッ!!!!!!!!
剣術は極めると斬撃が衝撃波になると言われている。
どうやら、今の私はまさにその領域に達しているようで、斬撃が衝撃波となってアトリエの壁を吹っ飛ばした。
「………」
どうやら夢ではないようだ。
だったらこの状況はマジで何なんだ。
私は本当に過去に戻ったのか!?
でもなぜ!?
わからん! でもこれだけは絶対にしなければならない!
「ちょっと待ってロイドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
私はロイドを追いかけるために急いでアトリエから飛び出した。
しかし、ロイドはすでにいなくなっており、私はロイドを完全に見失ってしまった。
「はわわわわわ!? どどどどどうしよう! せっかくロイドと仲直りできるチャンスだったのに!? 私って本当に馬鹿!」
おおおおお落ち着けルビー。
黒鴉師匠から七年間何を学んだんだ。
剣士は冷静さを失ったら負けだ。
私は大きく深呼吸をする。
少しだけ冷静さを取り戻した私は、ロイドが向かった先を思い出せた。
「そうだ……。七年前のロイドはミネルバに行ったはずだ。そこで、アイリスさんと出会って……」
前世の記憶を整理しながら私はロイドの動きを予測する。
しばらく考えて、ロイドは馬車を使った可能性が高いと判断した。
私は駅馬車のある市場へと歩いて向かった。
七年後は死の王国となるこの王都もいまは活気に満ち溢れており、人々は笑顔で日常を送っていた。
彼らの表情を眺めると、昔の自分が気づかなかった人の幸せというものを少しだけ理解できた。
「へへへ。お姉さん。俺達と一緒に遊ばない?」
王都の道を歩いていると、目の前でナンパが起きていた。
ナンパされている女性は、二十代前半くらいで、綺麗な白髪にオリエンタルな民族衣装を身に纏っていた。
その奇抜な衣装に注目を受けてチャラ男にナンパされてるのかもしれない。
ナンパされている女性はというと、男性に対して嫌悪感を抱いたような目つきであり、その目には殺意が宿っていた。
まるで、相手を殺す事を厭わない狩人の眼差し。
その女性がチャラ男の顔に手を触れようとする直前に、私は一瞬で二人の間に入り込んで仲裁を入れた。
「彼女が嫌がっているみたいだからやめなよ」
「……ッ」
私は白けた目でチャラ男にそう言った。
チャラ男は私を一瞬睨むが、すぐに目を見開いて驚く。
「はわわわ!? クロニクル級大錬金術師のルビーさま!?」
男性は頬っぺたに手を当てながら、跳びあがるように驚いた。
一方、ナンパされた白髪の女性は無言で私を見つめている。
「私の事を知ってるの?」
「もちろんですとも! アナタはメルゼリア王国が誇る錬金術師様ですから」
「そういや七年前の私はそんな評判だったなぁ……」
「え? どういう意味ですか?」
「いや、こっちの話。とにかく、彼女が困っているみたいだからナンパはやめなよ」
「はいいいい! わかりました! 本当にすいません」
チャラ男は素直に謝罪してその場から立ち去った。
「礼は言わないわよ。別に頼んでいないもの」
白髪の女性は拒絶するような厳しい口調で私にそう言った。
しかし、フェアの反応と瓜二つだったので、私は懐かしさでクスリと微笑んだ。
「奇遇だね。私もアナタに礼を言われたいとは思っていなかったの。アナタから殺気を感じたから、それを未然に止めただけ。私の目の前で人が死ぬのはもう見たくないの」
「…………」
私がそう答えると、白髪の女性は、冷たい表情で私をジッと見つめる。
「不思議な女ね。私の正体に気づいてもそんな平然とした態度を取れるなんて」
「師匠のおかげかもね。修行の時に殺気をぶつける練習をたくさんしてくれたから」
「…………アナタ、名前は?」
「私はルビー。このメルゼリア王国で一番有名な錬金術師」
「ふうん、そうなの。ただあいにく、私は人間の世界には一切興味がないの。だからアナタのことも知らないわ」
「じゃあ今覚えてよ」
私がそう答えると、女性は目を見開いて驚いた。
そして、クスリと優しく微笑んだ。
「ええ、いいわよ。アナタ生意気だから、特別に覚えてあげるわ」
「ルビー様とお呼び」
「お黙り。調子に乗ると殺すわよ」
「こわっ」
「ふふふ、せっかくだから、私の名前も教えてあげる。一度しか言わないからちゃんと聞きなさい」
女性は、一呼吸おいて、自身の名前を伝えた。
「私は白薔薇。煉獄殺戮団随一の殺し屋よ」