第128話:ゾンゾンの国(1)
ルビーに剣術を教え始めてもう五年が経過した。
人という生き物は不思議で、どんな過酷な状況下でも死ななければ自然と適応していく。
最初の頃は不満ばかりだったルビーも今では真面目に修行を続けている。
逃げ道がないことが彼女にとって一番の刺激になったと考えられる。
また、以前よりも笑顔も増えたような気がする。
名誉と財産を失い、人生のどん底にまで落っこちた彼女であったが、剣術という新しい目標を見つけたことで少しだけ心にゆとりが生まれたのだろう。
ルビーに関しては順調に良い方向へと進んでいるといえた。
一方で、ロイドを殺すという私の目標は完全に滞っている状況だ。
白薔薇先輩ともまったく連絡が取れないため、方向音痴の先輩がロイドのもとにちゃんと辿り着けるか少し心配だ。
まあ、辿りつきさえすれば、私が手を貸さずとも余裕でロイドを倒して下さるだろう。
白薔薇先輩がロイドをボコボコにする姿を直接見ることができない点がこの無人島生活の不満である。
とはいえ、ルビーの成長を間近で実感できたのは、私にとって、とても大きなことであり、ある種の達成感のような感情を感じずにはいられない。
「黒鴉師匠」
ふと、背後から声が聞こえた。振り返るとそこには噂のルビーがいる。
憑き物が落ちたような顔で、年相応な可愛らしい表情をしている。
「基礎訓練が終わりましたので、これから実戦訓練に移りたいんですが、よろしいでしょうか」
「了解でごじゃる」
私がそう言うと嬉しそうに剣を抜いて剣を構える。
「先手は譲るでごじゃるよ」
「ではさっそく」
ルビーの方から斬りかかってきた。
縦方向への鋭い斬撃。
この五年間、基礎をしっかりと固めていたこともあり、彼女の剣式はとても素晴らしいものに変わっていた。
彼女の成長を噛みしめながら私はそれを剣で受け止める。
それから、二回三回と剣を打ち合って、彼女の動きを一つずつチェックしていく。
悪かったところはその場で指摘し、次の動きでは改善させていった。
ルビーは私のアドバイスを素直に聞き、こくこくと頷く。
実践訓練は一時間ほど続いた。
その後、ルビーは昼食の準備に取り掛かる。
食材に関しては昨日の段階で調達してるため調理のみに専念できる。
昔はその料理すら満足にできていなかったが、今ではすっかりと料理ができるようになっている。
私はその姿をジッと見つめている。
すると、ルビーが私の視線に気づいて、怪訝な表情で尋ねてきた。
「黒鴉師匠。なにかおかしいところでもありましたか?」
「またバナナ料理かと思ったんでごじゃる」
「そんなワガママ言われても、ここで取れる食材の大半はバナナじゃないですか」
「そうでごじゃるが、そろそろ牛肉も食べたいでごじゃる」
「この無人島にいる限り、それは難しい問題ですね」
私の願望に対して、ルビーは苦笑する。
母親と子供がやるようなたわいもない会話。
別にこの会話をしたからといって何かが変わるわけでもない。
だが、ルビーとの会話は、私にとってすごく幸せを感じるものだった。