第120話:イェル院長(7)
レラとアイリスを連れて向かった先はネロさんのお店。
ネロさんにマルス達のことを相談しようと思う。
玄関扉を開けて店内へと入る。
ネロさんは厨房におり、俺達に気づくと明るい笑みを浮かべ、迎え入れてくれた。
「おお、アイリスか。今日は遊びに来たのか?」
「はい。ここに来ると落ち着きますから」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。よし、今日はいつも以上に張り切って美味しいものを作ってやるからな」
ネロさんはとても嬉しそうだ。
俺達は壁際のテーブル席へと座り、先ほどの出来事についての感想をそれぞれ述べた。
「素朴な疑問なんですが、彼らは本当に悟っているんでしょうか?」
アイリスは真顔でそう言った。
「なんてこと言うのアイリスちゃん」
「ずっと側で耳を傾けていましたが、彼らのやり取りは集団幻覚のような症状でした。大体、心剣が本当に存在するなら、うちのセフィリアだって使用できるはずです。私はセフィリアが心剣という言葉を使っているところを今まで一度も見たことがありません」
「見たことがないのではなく、剣士じゃなければ見えないのではないのですか?」
「そうだとしても、ロイド様が見えないのがおかしいと思うのです。ロイド様はマスター級の剣士相手に互角に戦う事ができるすごい魔導士です。いくら剣士ではないとはいえ、ロイド様より劣っているマルス様やイゾルテ様が視認できて、ロイド様が視認できないのは少々奇妙ではないでしょうか?」
「言われてみれば……。でも、それをどうやって証明するんですか?」
「証明するのはとても簡単です。実際にロイド様がマルス様やイゾルテ様と戦ってみればいいんです。本当に強くなっているようでしたら、心剣は事実だし、そうでなければ集団幻覚という事になります」
「なるほど。たしかに戦ってみるのが一番早いな」
アイリスの案を採用し、俺達は食後すぐにネロさんのお店をあとにした。
俺達が向かった先は最後に彼らと別れた冒険者ギルド。
するとそこでは、大変なことが起こっていた。
「え!? 冒険者の大半がミネルバ山脈に登山を開始した!?」
いつも対応して下さる白狐族のケモミミ受付嬢が、大汗を流しながら俺に報告してくれた。
「あそこは現在、妖精竜がいる危険エリアですので、立ち入りが禁止されているんですが、『危険はスパイスだろ?』と謎の言葉を残して次々とミネルバ山脈に走っていったんです」
「頭がおかしくなった奴らに共通点はないか?」
「えっと、あーそうそう。不思議な事に全員剣士の方ばかりでした」
受付嬢はそう答えた。
俺はレラとアイリスの方を見て、ゆっくりと頷いた。
「やはり決まりですね。いくら悟りを得たとはいえ、妖精竜と戦おうなんて考える奴らは全員頭がイッています。これは集団幻覚に違いありません!」
「あの、アイリスさん。その理屈だと私達のほうにも飛び火します」
飛躍的に強くなったことで、本人の戦闘意欲が上がる現象は別に珍しくない。
だが、心剣というキーワードを剣士のみが知っており、それに対して固執するのは明らかに奇妙だ。
きっと、何かしらの洗脳がかかっているのだろう。
「ロイド師匠。仮に洗脳がかかっているとして、犯人はいったい?」
「わからない。だが、マルスが持っている本が怪しいと睨んでいる」
「でもその本を持ってきたのは、他でもないイェル院長ですよ?」
「レラよ。考えも見ろ。イェル院長がそれをマルスに渡したところを実際に見たか?」
「あ!」
「俺はイェル院長の性格をよく知っている。あの人は自分から行動を起こさないと何もアドバイスをしない方だ。俺でさえ魔導書を貰ってないんだから、完全な赤の他人であるマルスに直筆の本を渡すと思うか?」
「言われてみれば……」
「俺が思うに、マルスが持っているあの本は、イェル院長とはまったくの無関係の本だ。剣術が飛躍的に上がっていたから、本当にイェル院長が書いたように思えるが、あの人は基本的にすぐ強くなるようなスピーディーな成長をめちゃくちゃ嫌ってるし、何なら俺に対しても10万回ウォーターボールを撃てと未だに言ってるような修行大好き人間だ」
「もしそれが本当なら早く止めないと大変なことが起きます!」
俺達三人は頭がおかしくなった剣士一行を止めるためにミネルバ山脈へと向かった。