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第110話:黒蛇の涙(10)

 大切な人への誓いを立てた俺は、今度こそイゼキエルと正面から対峙する。

 イゼキエルは無表情のまま上空から俺を睨んでいる。


「『ウォーターダイダロス』」


 上空にいるイゼキエルに向けて俺は最上級水魔法のウォーターダイダロスを放つ。

 俺の頭上に発生した魔法陣から巨大な水竜が顕現し、イゼキエルへと一直線に向かっていく。

 そのままイゼキエルに直撃した。


 しかし、イゼキエルには傷一つついていなかった。

 いつの間にか、彼女の前方には半透明の防御魔法が形成されていた。

 特に飾り気もないが、その分性能に特化しており、最上級魔法ですら受け止めるほどの防御力があるみたいだ。

 だからと言って攻撃を中断するつもりはない。

 今度は《フルグロウ》を発動して自身を強化し、地面を大きく蹴って上空へと飛躍する。

 飛行魔法のウィングも併用して発動し、空中を稲妻の軌道で駆け上がりながらイゼキエルへと迫る。


 そのまま背後へと回り込み、一撃で戦闘不能にするために思いっきり杖を振るう。

 硬い壁に当たったような衝撃が杖を通して両手に伝わってきた。

 先程と同様、局所的に範囲を絞って防御魔法を使用している。

 反撃に打って出る形でイゼキエルが右手を前にかざし、至近距離で闇の光線を放った。


 咄嗟に、全身を包み込む形でのバリアを作って身を守った。

 光線の威力はさほど高くなかったが、範囲が尋常じゃなく広い。

 ここが上空でなければ被害が出ていただろう。

 いずれにせよ、被害が大きくなる長期戦に持ち込むのは無しだ。

 当初の予定通り、短期決戦でイゼキエルを無力化する。


「『ウォーターダイダロス』!」


 俺は間髪入れずに同じ魔法を放った。

 当然、イゼキエルは先程と同じ防御魔法で対処した。

 だが、俺は構わず《ウォーターダイダロス》の魔力を解放し続ける。


 攻撃魔法と防御魔法。

 それぞれの魔法が衝突しあって花火のように視界全体を覆っている。

 イゼキエルも避ける仕草を見せず、俺の魔法に対抗するように結界の術式をさらに強めた。


 眼下に視線を落とすと、地上ではセフィリアさんとアイリスが果敢にゾンビの大群と戦闘を繰り広げているのが見えた。


 心象具現。

 目の前のイゼキエルは未だそれを解いていない。

 ウォーターダイダロスを防御魔法で受け続けながら、心象具現による空間支配も維持している。

 まことに恐ろしい魔法力である。

 魔導士としての単純な実力はきっと彼女が上なのだろう。


 それでも俺は一歩も引くつもりはない。

 どんなに苦しい状況だろうと絶対にあきらめない。

 必ず勝つ。

 それが俺の魔導士としての証明だ!


「うぉおおおおおおおおお!」


 俺は咆哮して全力で魔法をぶつけた。


 視界の先で、イゼキエルの表情に小さな変化が起きた。

 俺を見つめながら、自嘲的な笑みを浮かべ、ゆっくりと口を動かした。


「がんばって」


 声は聞こえなかったが、そう言っているように聞こえた。

 なぜその言葉を伝えたのか。

 もしかすると、彼女自身も、自分の行動が間違っていると気づいていたのかもしれない。


 だが、真実を知るよりも早く、拮抗が崩れた。

 俺の攻撃魔法がイゼキエルの防御魔法を貫いて、魔力の奔流が彼女の全身を一瞬にして呑み込んだ。


 空中から地上へと墜落したイゼキエル。

 高密度の魔力に直撃した事で下半身は吹っ飛び、上半身だけが辛うじて残っていた。

 だが、その命はもはや風前の灯火であり、彼女の全身が炎となって徐々に消えていく。


 倒れているイゼキエルの側に俺とアイリス達が近づいた。

 イゼキエルは虚ろな瞳でセフィリアさんを見た。


「セフィリア様……。ワガママな、頼みだとわかっています……ギースを、許して……」


 彼女は最後までギースを庇おうとしていた。

 それに対して、セフィリアさんは真剣な表情で答えた。


「わかりました。ギースの罪を許します」

「ありが、とう……」


 イゼキエルは安心したような表情を浮かべ、ついに息を引き取った。

 彼女の亡骸が群青色の炎に包まれて消えていく。


 きっと、これが彼女にとって一番綺麗な終わり方なのだろう。

 大切な人の罪をすべて背負い、昔の恩を返す。

 そんな彼女の想いを否定はするのは忍びなかった。


 だが俺は、彼女が選んだ道が間違いであると信じ、


「『フルリカバー』」


 俺は蘇生魔法のフルリカバーをイゼキエルにかけた。

 すると、一度死んだはずの彼女が再び目を覚ます。


 イゼキエルは、何が起きたのか理解できず、しばらくの間困惑していた。

 俺と目が合うとようやく何が起きたのかを察し、イゼキエルは悲痛な声を上げた。


「なぜ、あのまま死なせてくれなかったの?」


 彼女の赤い眼からは大粒の涙が零れている。


「お前にはまだやるべきことがあるからだ」

「やるべきこと……? だからそれは私が責任をすべての背負って……」

「違う! そんなことしてもギースは救われないし、まともになんかならない! ギースを本当に救いたいなら、ちゃんとギースに罪を償わせることが一番大事なんじゃねえのかよ!」


 俺は強い口調でそう答えた。

 俺が指差す先には壁にもたれかかったまま呑気に気絶しているギースの姿。

 イゼキエルの覚悟なんざ一切見てもいねえただの屑。

 今のアイツがこれから心を入れ替えるなんて1ミリたりとも想像できねえ。


「イゼキエル。俺はお前との魔法勝負に勝った。勝者である俺はお前に命令する権利があるはずだ。だからよく聞け!」


 俺はイゼキエルにある命令を出した。


「これから一生をかけてギースを変えるんだ! その過程で、自らの死という安易な選択肢は許さん! わかったか! この馬鹿聖女!」


 俺の渾身の叫びはローランド城全体に響き渡った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 死を含めて逃亡は責任を取る事にはならない やるべき事をやれって事よね
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