間章20:聖女のいないローランド
翌朝、私は教会へと赴いた。
イゼキエルは大聖堂におり、信徒に説法を施していた。
一見すると聖女としての務めを果たしてるようにも思えるが、彼女には元魔王軍幹部という裏の顔があるのであまり信用ならない。
聖女アイリスを廃位して、自身が新聖女として成り代わった現状もある
遠くから眺めていると、あちらも私に気づいて外面のいい優しい笑みを浮かべた。
説法がひと段落すると、イゼキエルの方から私に近づいてきた。
「お久しぶりです、セフィリア様。こうやって直接お会いしたのは半年ぶりでしょうか?」
「昨日顔を合わせたばかりなのですが……」
「はてさて、記憶にございませんね。セフィリア様の勘違いではありませんか?」
「……」
「アナタがここにやって来た理由は何となくわかります。ここは人の目が多いので、落ち着ける場所で話しましょう」
イゼキエルはそう答えると、教会の庭園に設置されてる東屋へと私を誘導した。
雨除けの屋根と、中には木製の丸テーブルが置かれている。
イゼキエルが先に椅子に座り、その後、私にも座るようにと促した。
彼女の振る舞いには気品があり、聖女として求められる上品さを感じられた。
昨日は気づかなかったが、よくよく見ると、左手の薬指には指輪をはめている。
「その指輪……」
「ああ、これですか。皇太子に頂いたものですよ。私が大好きな鉱石『アメリテラ』が使われています」
アメリテラは紫色に発光する鉱石のことで、紫水晶よりも希少価値が高い。
この大きさになると総額一億メルも下らない。
ただ、エメロード教の信徒は、美徳として宝石類は所持しないことが慣習になっている。
理由の一つとして、財産を所持しないという意味合いがある。
もちろん強制ではないので、民草の多くは普通に宝石類を所持するのだが、エメロード教の象徴となる聖女が宝石類を身に着けているのは極めて珍しい。
イゼキエルは宝石をウットリとした目で眺めている。
あの男に貰ったことがそんなに嬉しいのだろうか。それとも別の理由だろうか。
「聖女イゼキエル」
「はいはい。なんでしょうか、セフィリア様」
「単刀直入に聞きます。なぜ聖女の真似事をしているんですか?」
「もちろん楽しいからですよ。皆が私を神だと崇めて崇拝する。そんな環境に身を置くことで、私の中の自尊心が満たされるんです」
周りに人がいないとわかった途端、イゼキエルは特に誤魔化すことなく、自分が聖女になった動機を語り出した。
その理由はとても自分本位の内容であり、ローランドを良くしようとする気概は感じられなかった。
「えっと……アナタは聖女ですよね?」
「はい。善い聖女ですよ(^^♪」
「…………」
「心の中で私がどう思おうと、聖女としての仕事を果たしていれば、まったく問題ないではありませんか。それともアレですか? 価値観まで聖女に寄せて、信者に身を捧げろと仰りたいのですか?」
「……すいません」
私はイゼキエルの問いに押し黙った。
彼女の価値観は気に食わないが、私も一度はローランドを捨てた身の上。
アイリス様に対しても、聖女ではなく一人の少女としての幸せを望んでいた。
そんな私が彼女にどうこう説教する資格はない。
「今度は私がセフィリア様に質問してもいいですか?」
「私に質問?」
「昨日私の正体に気づいた、あのブスは誰ですか?」
「……聖女様。言葉遣いがやや不適切でございます」
「あらやだ、私ったらついうっかり。魔族を見ると嫌悪感で本音が出ちゃうんです。うふふ」
イゼキエルは口元を手で隠しながら上品に笑った。
「私もよくわかりません。あの方はギースが雇った魔族です」
「皇太子が雇ったにしてはセンスがないですね。私という超絶美少女の魔人が……はわわ、聖女がいるのに」
イゼキエルはやや不満そうな表情でそうむくれた。
どうやら彼女は、ギースに対しては好意的な感情を抱いているようだ。
「本当に聖女様の知り合いではないのですね?」
「だから昨日も言ったではございませんか。私はあんなブスは知らないって。大体、私は魔族が本当に嫌いなんです」
「それはなぜですか?」
「だってアイツら、私のことを裏切り者と嘲笑するじゃないですか。勇者に勝てなかった自分たちのことは棚に上げて、私ばかりが毎回貧乏くじを引かされてる。部下だったときはへこへこしてたのに、本当にムカつく……!」
(勇者との闘いから逃げたのだから、そう言われても仕方のないことでは?)
と思ったが、それを実際に口に出せば彼女を怒らせてしまうので、私は口を閉じたまま彼女の小言をしばらく聞かされた。
魔王様のように親しみのある性格ではないが、かと言って会話が全く通じない怪物のようにも見えない。
少なくとも、聖女に成り代わった状況を利用してローランドを滅ぼしてやるという恐ろしい計画は抱いていないように思えた。
だからといって、彼女に好感を持ったわけではないが……。
「ところで、アナタが魔族だと知っている者は?」
「あの魔族を除けば、今はセフィリア様一人だけですね」
「今ということは……他にもいたんですね」
「ええ、勘が鋭いのが三人ほど。尤も、今では私の魔法で洗脳してるので問題ありません」
さらっと恐ろしいことを言い出した。
私は怒気を強めて彼女に尋ねる。
「…………その中にギースは含まれていますか?」
「彼は洗脳してませんよ。元からあんな感じです」
あれで正常なのか……。
一瞬でも彼女の洗脳を期待した私が馬鹿だった。
「どうやら当てが外れたみたいですね。今どんな気分ですか」
「最悪の気分です」
「あははは。セフィリア様、別によいではありませんか。彼は気難しい一面もありますが、本当はとても優しいんですよ」
(優しい人は殺し屋を雇って襲撃してこないんだよなぁ……)
どこかズレた彼女の反応を横目に、私は小さくため息を吐いた。
その後、小一時間ほど彼女と世間話をした。
そして、彼女に別れを告げて、教会を後にした。
教会の門の前には私を監視する兵士が立っており、私に気づくと礼儀正しくお辞儀をした。
「申し訳ございません、少し遅くなりました。そろそろローランド城に戻りますので馬車を出してください」
「承知致しました。あの、一応確認なのですが、どこか途中でお寄りしたい場所はありますか?」
「…………騎士の修練場の前を通過していただけると嬉しいです」
「はっ、仰せのままに。(そういえば、セフィリア様って剣聖様と名前が同じだよな……)」
馬車に揺られながら、私は半年ぶりに眺めるローランドの街並みを観察した。
ローランドはアイリス様がいなくとも何の問題もなく回っていることを実感して、少しだけセンチメンタルな気分になった。