第92話:正体
「どうやらティルルさんの許可が下りたみたいですね。これで心置きなくセフィリアさんを捜しにいけます」
壁に隠れて、遠目から二人の会話を聞いていたレラがそう答えた。
隣のマルスとは異なり、感傷に浸っている様子はなく、淡々とした口調だった。
結局あのあと話し合ってティルルさんの説得はアイリス一人に任せる形になった。
アイリス自身がそう志願した。
自分の口でティルルさんを納得させるのが筋だとアイリスは考えていたからだ。
俺もアイリスと同じ考えで、ティルルさんの説得にはあまり介入しないほうがいいとは思っている。
どうやら俺の目論見は正解だったみたいで、案外あっさりとアイリスの出発を認めてくれた。
「それじゃあさっそく出発するか。追いかけるならできるだけ早いほうがいい」
「そうしたいのは山々ですが、肝心のセフィリアさんを連れ去ったアルラウネクイーンがどこに消えたのかがわからないんですよね。『東の方角』へと飛んで行ったのは間違いないんですが……」
「俺を殺すのが目的なら俺のほうから近づいていけばそのうち現れるだろ」
「すげえノープランですね。まあ、現状それしかわかっていないので、ほかに何かできるわけでもないんですが」
「先生。奴の居場所に心当たりとかないんですか。一回奴に会ったことがあるんですよね」
「うーん……。奴の正体は俺も正直よくわからないんだよな」
・鬼の仮面をかぶっている。
・アルラウネクイーンという種族。
・マスター級の魔人。
もしかすると魔王が何か知っているかもしれない。
あいつは俺よりもずっと長く生きている。
幸いにも奴はいまイゾルテさんの屋敷で暮らしている。
話を聞くにはちょうどいいタイミングだ。
「レラ、俺はいったん魔王のところへと立ち寄って話を聞いてくる。アイリスの対応はお前に任せるぞ」
「了解です。準備ができたらまた私に話しかけてくださいね、ロイド師匠」
急に師匠なんて呼ばれるとドキッとする。
ただ、特に師匠らしいことしてないなぁ……。
なんかしてあげたほうがいいのかな。
まあいいや。それは後々考えよう。
さて、マルスと一緒に魔王を探そう。
俺はマルスだけを連れて魔王がいるとされる別館へと向かった。
別館は屋敷の東側にある二階建ての建物。
屋敷の中を探索してるとほどなくして魔王が見つかった。
「おっ、ロイドじゃないか。お前のほうから妾のところに訪ねてくるとは珍しいの」
「ちょっと色々あってな。お前に一つ聞きたいことがあるんだ」
「聞きたい事?」
「魔王は、白色のアルラウネクイーンになにか心当たりがないか?」
「白色のアルラウネ? もしかして《白薔薇》のことか?」
魔王はさらっとそう答えた。
まさか名前まで知っているとは思っていなかったので俺は魔王の発言に驚いた。
「魔王さん、奴を知ってるんですか!?」とマルスが驚いた。
「もしかしてお前の知り合いなのか?」
「知り合いというより因縁のある相手だな。妾が魔王軍でブイブイ言わせている時に奴と遭遇して大被害を受けたことがあるのじゃ」
「魔族同士で争ったのか?」
「利害が一致しなければ魔族であっても普通に敵じゃ。妾は西方大陸の魔族、奴は東方大陸の魔族。暮らしている土地が違うから人間よりも確執があるぞ」
言われてみれば俺達人間も人間同士で争ったりするよな……。
「それより奴がどうかしたのか?」
魔王は首を傾げている。
「実はかくかくしかじかなんだ」
「便利な表現ですねそれ」
俺の説明を聞くと魔王が目の色を変えて驚いた。
「な、なに!? セフィリアが奴に連れ去らわれたじゃと!?」
「ああ、そうだ。奴の目的を知りたい」
「うーん。白薔薇の目的か。それは妾にもよくわからないの」
「魔王さんでもわかりませんか……」
「妾が知る限り、奴は余所者に対しての攻撃性が極めて高い。相手が人間ならなおさらだろう。今回の一件も何かしらの要因で奴の怒りの琴線に触れたのかもしれん」
特に心当たりはないが、実際に被害が出てる時点で放っておくことはできない。
なんとか白薔薇を討伐しなければ……。
「ふむ、奴と戦うなら『剣』に気をつけろ」
「剣? それはどういう意味だ?」
俺の記憶してる限り、アイツは剣を使っていなかったはずだ。
もしや別人の事を言っているのか? と思案してると魔王は言葉を続けた。
「奴の本質はアルラウネ。植物が生い茂る場所では自身の特性を強く発揮できるが、そうでない場所では実力の半分も出す事が出来ない」
「それはそうだな。だが、それと剣の何の関係が?」
「奴は自分の弱点を補うために剣術を習得している。それもかなり練度の高い剣式で、奴自身もマスター級の剣士だ」
「セフィリアさんを倒したくらいだからな。でもそんな武器があるならどうして前回使ってこなかったんだ? 魔導士は剣術に弱いなんてわかりきっているじゃないか」
「それは奴の魔族としてのプライドが関係しているだろう。
森の中で敵と相対すれば、自身の力を誇示するために植物系の技を多用する。
有利な盤面で植物系以外の攻撃を使う事は、奴にとっては大きな屈辱となる。
だから使用しなかったのだろう」
魔王の言っている内容は、人間の俺にはあまり理解できないものだった。
有利対面を捨ててまで自身の技を使用する意義。
「人間は、勝つためなら手段を選ばないが、
魔族は、たとえ勝てるとしても自身の強さを仲間に誇示しなければならない。
それが魔族と人間の大きく違うところだ。
……妾の一番の部下もそれが原因で私の元を去ってしまった」
魔王は一瞬、寂しそうな表情を浮かべた。
だがすぐににこやかな笑みを作って俺の肩を叩いた。
「まあなんだ。妾はお前達をとても気に入っている。だからさっさと白薔薇を倒して、セフィリアを連れて帰ってきて欲しい」
魔王も俺達を応援してくれるようだ。
その言葉に少しだけジーンとなった。
必ず、セフィリアさんを救い出す。
俺は改めて心にそう誓った。