第10話:矢の行方
「ひょっとするとあの建物、ロイド様が先程おっしゃっていた冒険者ギルドではありませんか?」
アイリスが三角屋根の建物を指差した。
石造りの二階建てで、道路沿いではあるが他の建物と比べると特別感がある。そう感じるのは他の建物よりもひとまわり大きいからだろう。冒険者ギルドは西洋風の外観をしており、壁は白く、屋根はオレンジ色をしている。
冒険者ギルドだとすぐに気づいた理由であるが、盾の紋章が目立つ位置に記されていたからだ。盾の紋章は冒険者ギルドを指し示す言葉だ。
どうやら王都の冒険者ギルドのようにはじめから広い敷地を確保してるわけではないようで、街の一角にある大きな事務所のような感じだ。この様式は別の場所に訓練場があることが多い。
偶然にも未来の職場を発見してしまった。
深夜であるが明かりがついているので平常通り営業しているようだ。
「本当だな。こんな所にあったのか」
「行ってみましょうロイド様。ここならフロルストリートの場所がわかるかもしれません。私の経験上、どの時間帯にも人がいますし、ロビーには必ず街の地図が貼ってあった気がします」
アイリスの素晴らしい着眼点に感心する。
冒険者ギルドは「クエストを依頼する場所」という認識が強かったので、それ以外の用途で活用する発想が出てこなかった。
このような発想の転換にアイリスは優れているのかもしれない。
それにしても、さっき聞こえてきた『窓ガラスが割れるような音』はいったい何だったんだ?
まあいいか。いまはフロルストリートの場所を見つけるのが先決だ。アイリスをしっかりと送り届けて従者の方を安心させよう。
スイング式の扉を開いて中に入る。
冒険者ギルドのロビーは酒場を彷彿とさせる作りになっており、九つのテーブル席とカウンターがある。
テーブル席に四人、カウンターに二人の冒険者がいたが、何故か座っておらず武器を構えたままこちらを睨んでいる。
全員殺気立っており、その視線はすべて俺たち二人に集中している。
なにか様子が変だな。
ギルド全体の雰囲気が妙にピリピリしてる。
すごく嫌な予感がする。
嫌な予感というのは、ほぼ当たるもので、30代前半の無精髭を生やした剣士風の男性が一歩前に出る。
「てめえら……正面から堂々と入ってくるとは随分といい度胸してんじゃねえか」
「「はい?」」
剣先をこちらに向けて、敵意を剥き出しにしている男の言葉に俺とアイリスは同時に声を発した。
現在の状況がまったく飲み込めない。
どういうわけか知らんが、殴り込みに来たヤベー奴みたいな扱いを受けてしまっている。
この男性剣士だけではなく、他の冒険者も同様の反応で、各自武器を握ってジリジリと距離を詰めてくる。
「オイ、なにか勘違いしてないか? 俺たちは道場破りに来たわけではない。迷子になってしまったから、フロルストリートまでの道を教えてもらおうと思って、たまたまここに立ち寄っただけだ」
「ああ!? 勘違いだとぉ!? ふざけんじゃねぇ!! 勘違いでギルドに矢が飛んでくるわけねぇだろ!! ご丁寧に勇者様の肖像画を狙いやがって!! てめえが嘘をついてるのは全部わかってんだからな!」
男性剣士は大きな声でそう叫んだ。
完全な言いがかりであり、まったく身に覚えのないキーワードを並べられて俺たちは困惑した。
「見て下さいロイド様! あ、あれ!」
アイリスが何かに気づいたようで、彼らの背後を指差した。
そこには勇者パーティの肖像画がそれぞれ壁に掛かっている。
勇者、魔導士、僧侶、武闘家が一人ずつ肖像画になっており、当時の姿がわかるようになっている。
彼らは100年前に魔王を倒した国の英雄達だ。
そんな英雄達の、しかもリーダーである勇者の額に一本の矢が深々と突き刺さっている。
勇者だけ魔王軍会議室にありそうな殺しの標的みたいになってる。
また、矢の射線上には窓ガラスがあり、そこだけやけに換気が良くなっている。
このままギルド内の険悪な空気も全部入れ替えてくれねえかなちくしょう。
完全にこれが原因だ。
ギルドへの襲撃だと捉えられてもおかしくない。そのタイミングでのこのこやってきた俺たちマジで不運。
マジで誰だよこんな馬鹿なイタズラした奴。
英雄の額を矢で射抜くとか今時炎上系配信者でもやらねえぞ。
外にいる時に殺気などは一切感じなかったので、おそらく犯人は愉快犯である可能性が高い。
愉快犯であろうとなかろうと俺達からしてみればいい迷惑だ。
今すぐ表に出てきて俺たちの代わりに謝罪してほしい。
「なーに今ごろ気づきましたみたいな反応しやがって、白々しい奴らめ! こっちは全員お前らが犯人だとわかってんだぞ」
「ご、誤解です! 私たちは何もやってません! 信じて下さい!」
「黙れビッチ!!」
聖女に対してとんでもない暴言を吐いた男性剣士。難癖をつけてアイリスの弁解を全面拒否した。
彼らの横暴な振る舞いに対して呆れた俺は小さくため息を吐いた。
「俺たちを疑うのは勝手だが、俺たちが犯人だという証拠はあるのか?」
「そ、そうですよ。ロイド様のおっしゃる通りです。これは立派な冤罪です。大体、私達は弓矢なんて使えませんよ」
「けっ! これが昼間だったらてめえらのバカな言い訳を信じる奴もいたかもしれねぇけどよぉ! 今何時だと思ってるんだ? 夜中の3時なんですが~~~? こんな夜中に、迷子ですとか信じられるわけないだろカス!!」
こいつうぜえええええええええええ!! 今すぐこいつに上級魔法をぶっ放したい。
だが、理性でそれをなんとか抑えている。
今ここで感情に身を任せて魔法を放てばそれこそ一発アウトだ。
だが、黙っていても状況は改善しないし、よりいっそう悪化するだろう。
彼らは俺らが犯人だと完全に決めつけている。
こちらが潔白だと証明する証拠は何もない。
下手な言い訳は彼らを刺激するだけであり、一触即発といえる今の状態では火に油を注ぐようなものだ。
対話での解決はいっそあきらめて、THE暴力で解決する野蛮な手段がむしろ最善に見えてきた。
俺の魔法の師匠も昔よく言っていた。
『へへっ、知っているかロイド。圧倒的なチカラってのはすべての物事を解決するんだぜぇ』
俺にエクスプロージョンを教えてくれたのもこの師匠だ。
一応、魔導士としてのカッコイイ生き方なども教えてもらった誇れる師匠ではあったが、いま思えばめちゃくちゃだったなぁ……。
それはともかく、今はこの場を収めるのが先決だな。
難しい事はこいつらを全員ぶちのめしてから考えればいい。
言ってわからねえ連中には魔法の理不尽を叩き込んで言う事聞かせてやる。
だが、俺が実際に攻撃をすることはなかった。
突如、吹き抜けの二階フロアから女性の怒鳴り声が聞こえてきたからだ。
「人が寝静まっている真夜中になにを馬鹿騒ぎしておる!!」
見事な金色の髪を腰まで伸ばしている女性が仁王立ちのポーズで見下ろしている。
「ギルド長!」
どうやら彼女はギルド長のようだ。
凛とした顔立ちはとても若く、まだ20代前半にしか見えない。
ギルド長はそこから一歩も動かず、冒険者たちに大声で尋ねる。
「これはどういう状況だ? なぜギルドで剣を抜いている? 私にわかるように説明しろ!」
「ギルド長! 実はアイツらがギルドを襲撃してきたんです!」
「ふむ、襲撃とは穏やかではないな。だが決めつけるのも良くない。まずは私が彼らと話をしてみ……」
アイリスの顔を確認した途端、ギルド長の言葉が途切れていく。
「あ、あああああ!? も、もしやアナタ様はあの伝説の……!?」
ギルド長は驚きのあまり尻餅をついて、こう叫ぶ。
「大聖女アイリス様!?」
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何回か展開を修正しましたが、ようやく納得のいく形になりました。