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第86話:妖精竜の脅威

 今日は釣り大会当日。

 俺は会場の浜辺へとレラとマルスの三人で向かった。会場には大勢の参加者が集まっていた。


「おや? 前回よりも参加者の数がすごく増えてますね」

「ざっと見ただけでも100人は軽く超えてますよ。これはいったいどういうことでしょうか?」


 マルスとレラは目を丸くしながら溢れかえっている参加者を眺めている。

 俺自身もこの数には驚きを隠せない。100人は確実に超えており、本大会の人気の高さが伺える。

 俺の知らない間に釣りブームが到来したのかな?


「おお! 見ろ! あんなところに大魔導士様がいらっしゃるぞ!」

「きゃあああ! 本物のロイド様よ! やっぱりイケメンだわ!」

「釣り大会に参加すればロイド様とお会いできるのは本当だったんだ!」


 参加者たちが俺を指差しながら次々と歓声を上げている。

 まるでビックスターが訪れたような熱狂的な反応だった。


「どうやら先生が原因のようですね」


 マルスはそう言って俺のほうを見た。


「俺まだなにもやってないんだけど」

「ロイドさんが正しく評価されて弟子の私もすごく誇らしいです」


 レラは嬉しそうに口元を緩めた。

 マルスもニコニコとほほ笑んでいる。二人とも俺が評価されることを好意的に捉えていることがわかった。


「先生。せっかくなので、彼らに向けて手を振り返してあげたらどうですか?」

「いいですね! 皆さんきっと喜ぶと思いますよ!」


 さっそく手を振り返すと黄色い歓声が上がった。


「きゃあああ! ロイド様が私に手を振り返して下さったわ!」

「あんたじゃないわ! きっとわたしよ!」

「ロイド様最高!」


 いいね~。何をやっても肯定されるこの空間。

 気分が良くなった俺は最上級魔法の《アイスワルキューレ》を彼らの目の前で実演してあげた。


「うおおおおお!?」

「な、なんだあの氷の石像は!?」

「マジですげえ!」


 彼らの歓声がさらに一回り大きくなる。

 魔法を見て大はしゃぎする者、驚きすぎて腰を抜かす者。

 彼らの反応を確認した俺はドヤ顔を作ってマルスに語りかける。


「知ってるか、マルス。人気者はファンサービスをいつだって欠かさないんだぜ。これがマスター級の大魔導士ロイドの流儀ってもんさ」

「清々しいくらい調子に乗ってますね」

「これまで抑圧された人間が解放されると限度を知らないのでこうなるってのがよくわかるイイ見本ですね」


 レラは冷静になってそう分析し始めた。

 二人とも言いたい放題だな。

 だが、俺は別段それを気にしたりはしない。

 相手が誰であろうと、親切に対応することは、決して悪いことではないからだ。

 彼らは俺を認めてくれる。だから俺も彼らを最大限尊重する。

 お互いにWINWINの関係でありたい。


「あっ、いたいた!」


 すると今度はノワールから声をかけられた。


「どうした? お前も俺のサインが欲しいのか?」

「え? いらないけど」

「うわっ、ダサ……」とレラがボヤく。

「それよりロイド。急な依頼で申し訳ないんだけど、このあとVIPがやって来るからそっちを対応してくれない?」

「VIP? いったいどこの誰がやってくるんですか?」


 VIPとは、一般のお客さんではなく、特別なお客さんのことだ。

 お金持ちの商人、上級貴族や王族などがそれに該当する。


「それは会ってからのお楽しみ。アナタも知っている人物よ」

「???」

「マルス、レラ。この男ちょっと借りるわよ」

「どうぞどうぞ。好きにお使いください」

「ノワール×ロイド。この組み合わせも案外悪くありませんね」


 この子は本当に何でもかんでもカップリングに結び付ける……。

 純愛という言葉を知らないのだろうか。

 まあいいや。今はVIP様の対応が先決だ。

 二人にOKをもらったことなので、俺は二人と別れてノワールへとついていく。


 そして、その先で、ノワールが言っていたVIPとご対面した。


「ミネルバの聖女代理のアイリス・エルゼルベル・クォルテちゃんです。今日はよろしくお願い致します♪」


 天使のような満面の笑みを浮かべてダブルピースをしているアイリスが俺の目の前に現れた。

 アイリスがVIPという事実に脳がバグってしまった。


 ど、どういうことだ?

 アイリスはただの『聖女』じゃないのか?


 …………いや、聖女なら余裕でVIP級か。

 普段からカジュアルに喋っているせいか、アイリスが地位の高い存在であることをすっかり忘れていた。

 アイリスはメルゼリア王国の中では女王陛下や聖女コーネリアに次ぐ存在。

 いわば殿上人のようなもんだ。

 ノワールの対応のほうがむしろ一般的なのだ。


「今日は突然の訪問を受け入れて下さってありがとうございます」

「全然気にしてないわ。私は多くの人に釣りの素晴らしさを知ってもらいたい。釣りをしたいという気持ちがあれば誰でもオールオッケーよ」

「お心遣い感謝します。ロイド様も今日はよろしくお願いします」


 アイリスはぺこりとお辞儀した。

 また、彼女の背後には専属メイドのティルルさんもおり、ニコニコとした表情で俺とアイリスを眺めていた。

 ティルルさんとも挨拶を交わして、俺達は浜辺と引き返した。


 さて、今回のアイリスと一緒に行う釣りは、船の上から行う海釣りだ。

 アイリスはVIPなので専用の船が住民から貸し出された。

 20人以上も乗れる立派な船で、俺とアイリスとノワールとティルルさんが同席した。それに加えてアイリスの従者が10人同席した。

 出会ったばかりの頃は、アイリスの従者はティルルさんとセフィリアさんとネロさんの三人だけだったが、この半年間の中で新たに10人雇われている。

 メイド長のティルルさんの指示に従って、その他の従者たちはアイリスが快適に釣りができるように各自行動している。

 テーブルを設置したり、紅茶を作ったりとテキパキと作業をしている。


「なあアイリス。今日はセフィリアさんはいないのか?」

「セフィリアは二日前から休暇を取ってます。魔王と一緒に《炎の神殿》へと出かけるそうです」

「どうしてまたそんな場所に?」

「《朱光のタリスマン》を作るためです。ティルルがもうすぐ誕生日なのでその時に渡したいって言ってました」


 アイリスはティルルさんに聞こえないように、小声でそう囁いた。

 《朱光のタリスマン》とは上級魔法具の一つであり、炎のダメージを軽減する補助効果を持っている。

 俺も何回か仕事を通してその素材を集めたことがある。

 ファイヤーゴーレムやファイヤーメタルアーマーといった上級モンスターが、タリスマンの素材となる《朱色の魔石》を落とす。


 セフィリアさんが《炎の神殿》へと出かけたのは、おそらく上記のような炎モンスターを倒すためだろう。


「へー、ティルルさんもうすぐ誕生日なのか」

「はい。私はネロのお店で手作りクッキーを作ろうと思っているんですよ」

「アイリスらしくていいと思うよ」

「えへへ、たくさん作ってたくさん食べたいです」


 いや、お前が食べるんかい。

 アイリスはやっぱり天然だ。

 それぞれの近況を語りながら俺はアイリスと釣りを存分に楽しんだ。


 ◆ ◆ ◆


 そして、釣りを始めて一時間ほど経過したタイミングで、アイリスが改まった口調で話しかけてきた。


「……こんな楽しい時間がずっと続けばいいですね」


 どこか含みのある言葉だった。現に、アイリスの表情には少しだけ陰がかかっていた。


「どうした? なにかあったのか?」

「……昨夜。悪夢を見たんです」

「悪夢?」

「はい。町全体を覆うほどのモンスターの大群が押し寄せてきて、それが原因で私の大切な人たちが次々と死んでいく恐ろしい夢です」


 アイリスが見た夢はとてもショッキングな内容だった。

 彼女の夢の中ではミネルバの住人はほぼすべてが死去していた。

 モンスターに捕食されるもの、モンスターに押しつぶされるもの、多くの住人が災厄に巻き込まれていた。


「たしかにそれは不安になるよな」

「あの夢を思い出すだけで今でも震えが止まりません」

「でも気にしすぎるのも体に悪いよ。所詮夢なんだから、本当に起こるわけじゃない」


 そう伝えて彼女を励ました。

 昨夜目撃した謎の赤い光といい、不吉なことが続いている気がする。

 上の二つに関連性があるのかどうかは定かではないが、あまりアイリスに心配をかけさせさせたくないな。


「ロイド様は昨夜、なにか不思議なものを見たりしませんでしたか?」


 と、言ってるそばから答えにくい質問が飛んできた。

 不思議な景色ならちょうど昨夜見たばかりだ。


 ごまかすこともできたが、アイリスには嘘をつきたくないので、俺は正直に昨夜起こった出来事を説明した。


「おそらく、それは《不吉な紅い月(イービルレッドムーン)》ですね」

「知ってるのかアイリス?」

「エメロード教では国が滅ぶ前触れと定義づけられています」

「国が滅ぶ!?」

「あくまで憶測です。本当にそれが《不吉な紅い月(イービルレッドムーン)》なのかは私にもわかりません」


 その割には表情は深刻だ。


 俺の驚いた声に釣り作業中のノワールも気づき、こちらに視線を向ける。

 せっかくミネルバでの暮らしが充実しているのに、その矢先に破滅するなんて聞いてないぜ。


「それはまた物騒な前触れだな。具体的にどんなことが起きて国が滅ぶんだ?」

「150年前に滅んだガゼルビア王国の場合は、『妖精竜フェアリーライフ』が直接的な原因になったと言われています」


 ガゼルビア王国は中央大陸の南東にあった小国で、俺が暮らしているメルゼリア王国からはだいぶ距離が離れている。

 軍事国家で大陸の呪い(エリアゼロ)に対しての危機意識も高い王国とされている。

 150年前に妖精竜に滅ぼされているのは知っていたが、その予兆に《不吉な紅い月(イービルレッドムーン)》が起きていたのは初耳だった。


「もしそれが本当なら《シューティングスター》を買う必要があるわね」


 すると、ノワールが真面目な口調でそう言った。


「シューティングスター?」

「ゴールデンフィッシュを釣るために必要なSランクの釣り竿(ロッド)のことよ」

「え? なんで唐突に釣りの話を?」

「それはこっちの台詞よ。アンタ達の方こそ釣り大会の途中で、王国が滅びるとか悪夢とか、辛気臭い話をしてんじゃないわよ。あんなにたくさんいたお魚達が逃げちゃったでしょう」

「ご、ごめんなさい」


 アイリスは申し訳なさそうに頭を下げる。


「アイリスさんもそうよ。楽しいことをしてる時は楽しいことに集中しなさい。相談事があるなら大会が終わった後で全員で協議すればいいじゃない。ロイド一人に相談したからってロイドの負担になるだけでアイリスさんの悩みは何も解決しないわよ」


 ノワールはずばりとそう言い切った。

 アイリスは目を見開いて押し黙る。

 ノワールの意見はシンプルだった。

 自分一人で抱え込んでも意味ないし、俺一人に相談しても意味がない。

 難しい内容になればなるほど情報を共有しなければ自分達の負担になるだけ。


「そう……ですね……。たしかに、ノワールさんの言う通りです。あやうくロイド様一人に悩みを押し付けるところでした」

「わかればいいの。心配だったらギルドに依頼として投げときなさい。アイリスさんの悩みだったらイゾルテも人員を割いて動いてくれると思うし。みんなが協力してくれるとわかればアイリスさんだって気が楽になるでしょう?」


 そこまで話して、ノワールがようやく微笑んだ。

 アイリスはというと、ノワールに対して尊敬の念を込めた視線を送っていた。

 俺もノワールの言葉には脱帽した。

 ただの釣りバカじゃなかったんだ。

 

「私もノワールさんの意見に賛成でございます。お嬢様の夢が現実になるかどうかはともかく、《不吉な紅い月(イービルレッドムーン)》に関しては、皆で乗り越えましょう。一人より二人、二人より三人、協力者は多ければ多いほど良いに決まってます」


 ティルルさんもノワールの案に賛成する。俺も同様だ。

 ぶっちゃけ、俺一人に相談されても困るってのが先程までの感想だった。

 でも、イゾルテさんや多くの人達が協力してくれるとわかれば、解決できそうって前向きな気持ちにもなる。


「ロイド様も申し訳ございません」

「謝る必要なんてない。むしろ相談してくれて嬉しかったよ」


 俺は、このミネルバが好きだ。

 勝てるかどうかは怪しいけど、妖精竜が襲来してきたらむろん戦うまでだ。


 俺は杖を握る右手に力を籠める。

 アイリスは口の端を緩めて、俺の左手をギュッと握った。


「ロイド様。その時は私も仲間に入れて下さい。私もこのミネルバが大好きですから」


 アイリスもそう宣言した。


「まだ俺は何も言ってないぞ」

「言わなくてもわかりますよ。ロイド様は優しい方ですから」


 俺達は微笑みあって、《不吉な紅い月(イービルレッドムーン)》の打倒を、お互いに誓い合った。


なんと本作品の第2巻が発売されました!

ボリューム満点ですのでぜひご覧ください!

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