三章
少女はまず、雪だるまの鼻を探し始めた。鼻がなければ息ができないからだ。崖の下や巨大コンセントの穴、キャベツ畑の中なんかも捜索範囲に入った。道中の宝箱の中にはコンパスや虫眼鏡があったので、それらを駆使して効率よく一帯を調べ上げるが、どうも見当たらないようである。
少女は歩き続け、とうとうこの世界の最北端に位置する喫煙所に辿り着いた。少女は未成年なので煙草など吸わないが、他に宛ても無いので、意を決して入ることにした。
「いらっしゃいませ」
怠け者の自動ドアが数分かけて呑気に開くと、タキシードに身を包んだミラーボールが挨拶をする。奥を見ると、灰皿に改造された25mプールがあり、ニコチン中毒の魚が群れをなしている。側に置かれた高級感漂うソファーの上では、恐竜たちが談笑をしている。
「このきんぴらごぼう、美味しいねぇ」
「白亜紀からわざわざ来たかいがあったよ」
どうやらここは喫煙所でありながら、娯楽を求める動物たちの生態系が形づくられているようだ。天井ではコウモリがテキサスポーカーをしているし、2階に続く階段ではヤギが通信ケーブルを挿したゲームボーイに夢中。ハムスターは地球儀を回しながらあれこれと議論を交わしているし、防音室では昆虫がギターを掻き鳴らしている。そのなんとも不思議な空間に心が奪われそうになるのを耐えて、少女はミラーボールに問いかけた。もちろん、ミラーボール語である。
「あの、雪だるまの鼻を探しているのですが、こちらにありますでしょうか」
「雪だるまの鼻?」
「はい、雪だるまには顔が必要なんです」
「ああ、分かりました。それなら奥の壁をご覧になってください。」
少女は言う通りに壁に意識を集中させると、そこには雪だるまの鼻だけでなく、目、耳、口、皮膚、毛など雪だるまの顔に必要な全てのパーツの居所が刻印されていた。雪だるまの顔のパーツはこの世界の各地方の真ん中の土の中にそれぞれ埋まっているらしい。どおりで歩くだけでは見つからないわけだ。
「ありがとうミラーボールさん! ところで、何故壁に雪だるまの顔の場所が書かれているのですか?」
「いえ、つい先週、冬を運ぶ飛行機を墜落させたパイロットがここに来まして。もし雪だるまを作った方がこの喫煙所に来たときのためにと、壁を彫刻刀で削っていったのです」
「随分と心配性さんのパイロットだったんですね」
「ええ、更に言うと、彼は心配したことが実際に起きてしまう能力者なのです。彼が墜落を心配したから飛行機は墜落し、彼が雪だるま職人に気を遣ったからあなたがここへ来たんですよ」
「えっ!?」
「嘘です。はは、彼はそんな大したやつじゃありません。飛行機と彫刻刀しか持たない、ただの心配性のパイロットです」
「あっ、冗談。なんだ、あはは、びっくりしました」
「だから、あなたが雪だるまの顔を探すためにここまで歩いてきたのはあなたの意思で、あなたの努力です。どうかその努力が報われますように。応援しています」
「…ありがとうございます」
少女は照れてしまった。
少女は壁を写した地図とスコップをミラーボールに貰い受け、さようならを言って喫煙所を後にする。
少女は、また歩き始めた。