ニ章
少女は歩き始めた。信じ難いことだが、先ほどまで嫌というほど踏みしめた砂たちは高層ビルに変身し、見飽きた空は紫とピンクを混ぜ合わせて、乾いた匂いは化学変化ガスに紛れたのだ。気でも狂ったみたいな惨状に鳥肌が立つものの、きっと散歩日和に間違いは無い。
雨の代わりか人骨が降ってくるので、傘が欲しいところだが、体が濡れるわけでもなし、気にしなければ問題なかった。
骨粉で舗装された道路の真ん中には掃除用具入れが置いてあったので、少女はモップを取り出して辺りを綺麗にしてみた。すると二足歩行の鯨が少女を褒めてくれたので、少女は初めて笑顔を作った。少女は幸福だった。
現在、少女は夢中になって雪だるまを作っている。エンジントラブルで墜落した飛行機の中は、これでもかというほどの雪が積もっていて、お遊戯にピッタリの環境だ。雪玉を転がしてどんどん大きくしていき、二つの球を作り上げ、器用に組み合わせると、可愛いお友達が完成する。それはこの世に生まれた初めての作品で、その艷やかさたるは美しいという他なかった。なんて素晴らしいのだろう。私は、自分が神様であることに感謝した。
しかし、どうも彼女は不満気である。悴んだ手に溜め息を吹きかけては、途方に暮れた様子を見せる。どうしたことだろう。私は神様でありながら、少女の心を読む能力を有していないのだ。私に募る焦燥は背後をくすぐり、背骨がぐちゃぐちゃになる。ぐちゃぐちゃついでに、役に立ちたいものだが。
「この子、顔が無い」
なんと、少女は喋った。砂漠を前に不満一つ溢さなかった少女がだ。いつ言語を習得したのだろう。思えば鯨に褒められて嬉しそうにしていたし、今喋ったのはクジラ語だ。少女は鯨に言葉を貰っていたのだ。嬉しいことに、私は少女の心を読み取る機会を手に入れた。
しかし、雪だるまの顔が欲しいのは分かったけれど、あいにく3Dプリンターは先週リサイクルショップに売ってしまったので、私が少女のために出来ることは何一つ無い。仕方がないので、見守り続けることにした。
少女はまた歩き始める。雪だるまの顔を探しに行くのだろう。私は少女の武運を願った。