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英雄、即ち礎

 ──空を制するものはあらゆる戦場を制する。


 この言葉は優秀な軍人だった生前の父が良く言っていた言葉であり、また戦争において制空権というものが如何に重要であること良く示している言葉でもあった。


 雄大な空は世界中のどこまでも繋がっている。莫大な燃料と長旅に耐えうるだけの相応な性能を誇る航空機があれば、何処へだって渡鳥のように飛んで行けるのだ。陸のような領土や境界線もなく、また海のように予め規定された海域、つまり領海というものもない。一方、空はどうだろうか。一応、国と国の境目を領空、としてあるが依然としてそれは曖昧なものだ。


 時と場合によっては簡単に他国の空に侵入することだって出来る。だからこそ、航空機という存在は渡鳥のように簡単に遠くへ行くことが出来、速度も速く利便性が高いものだが、それを兵器にした途端、そんな渡鳥が悪魔と化してしまう。


 間違いなく、航空機。いや、戦闘機や爆撃機は戦争を変えた。


 ──その悪魔が生まれた経緯。それは西側に位置するカナリア大陸の北方に位置する、セジリア連邦という大国が引き起こし、世界的に戦火の渦へと巻き込んだ『第一次セジリア戦争』から十年後の年である1924年。それまでの戦争は隊列を組んで撃ち合っていたマスケット銃から、より遠くに命中させることが出来るライフル銃の撃ち合いへと変わり、そしてその後新たに機関銃や戦車も登場したことによって様々な戦略や戦術にも大きな影響を及ぼした。続々と表舞台に台頭する新兵器を他所に、長年の人類の夢だった飛行を実現できる乗り物──航空機がとある西側諸国出身の二人組のライネ姉妹によって発明された。


 以降、時代は機関銃や大砲、戦車から明らかに航空機へと変わっていった。敵の射程外である上空から安全に且つ、効果的な攻撃を与え続けられる戦闘機や爆撃機が猛威を振るい、小国だとしても大国の陸軍に損害を容易く与えられる方法にもなった。それほどまでに航空機というのはその時代ではまだまだ対空砲などの研究が黎明期ということもあって、正に無敵な存在だった。


 しかし結局のところ。五年間も続いた『第一次セジリア大戦』の勝者は虎の子である航空機を量産できた大国や中小国家になった。小国達もこれ見よがしに航空機に一縷の望みをかけて生産続けて対抗したのだが、列強の単純な国力の差と物量で、生産数も兵の動員数、そして機体性能の差で完全に敗北を喫したのだ。


 その二十年後の1944年にまた四年間にも及ぶ『第二次セジリア大陸』が勃発。理由は単純で、一次大戦の後、世界各国がより一層軍拡に着手し、国際緊張度が更に増した状態で、今度は大国であるシーナ王国が領土拡張のために植民地の確保に乗り出した為であった。


 そして。俺にとって、この戦争が今後の人生の大きな転換点となることを当時の俺は知るよしもなかった。






 ◇ ◇ ◇





 ──昔から争いごとは嫌いだった。自分で言うのもなんだが小さな頃はとても内気で、喧嘩なんてしたら必ず負けてしまうくらいに意気地無しだった。特別なにかしらの持病があったわけではないが昔から身長は低かったし、体格も当時の同級生と比べてみても小さかった方だった。自己主張も上手く出来ない性もあって、ただいじめっ子にいじめられるのが嫌で命令されたことをやりこなす、本当に今にして思うと胸糞悪い毎日を送っていた。


 そんな気弱な奴に当然外に居場所なんてなく、例え自分の意志にそぐわなくても仮初の安定した生活を優先していたのだ。


 だが、ただ悪いことだらけではなかった。自己主張出来ずにウジウジしているような俺をいつも守ってくれて、そしてそんな俺のことを肯定してくれたのはいつも有坂(ありさか)家の家族だけだった。有坂家とはいったものの、そんなに大層な上流階級の家系でもなく、一般的な家系より少し上くらいの中流階級に位置する家系だった。

 後から知った話だが有坂家は代々、優秀な軍人を輩出している為、ある程度の権力は持っていたようだが、世間的な知名度は余り浸透していなかった。軍人の家系的にも歴代で落ちこぼれていた俺に家族はとても親切にしてくれた。


 父は優秀な祖国である大和帝国の軍人で基本的に厳格だったが、怒れる優しさも待ち合わせていた。とても内気で軍人としての適正も見込めない息子である俺のことをとても考慮し、更にひとりの男として尊重し、接し続けてくれたのだ。


 母は文字通りに無償の優しさと慈愛でいつもいじめられて帰ってくる俺を包み込んでくれた。よく甘えさせてくれて、よく尽くしてくれた正に太陽みたいな人だった。


 そして、兄である智樹(ともき)は父も将来をとても期待していたくらいに優秀だった。軍人としての素養と才を兼ね備え、立ち振る舞いも自信に溢れながらも、それでいて常に謙虚さと相手への義理と尊重を忘れずに接することが出来る。そんな、人情にも溢れた素晴らしい人だった。


 話を戻すが、内気な俺でも勿論外で遊ぶ機会もあったが、常に自慢の兄が一緒だった。時には兄と一緒にずっと家で本を読んでは、趣味だった天体観測に勤しんだものだ。


 家の外では認められなかったが、当時の俺にはとても素晴らしい家族が居た。だから、とても幸福だったんだ。


 しかし、そんな幸せな日々も突然崩れ去っていった。




 忘れられない1948年8月7日。


 近隣諸国まで領土を増やしてきた超大国──セジリア連邦による大和帝国への侵略戦争が始まった。大国との戦いではあったが、大和帝国が一時は優勢だった。しかし長引いた戦況は次第に悪化し、資源面や物資面に圧倒的な差があった大和帝国が劣勢になっていった。そんな超大国相手に三年も奮闘するも、本土に侵攻された後に陥落。ついに大和帝国は敗北を喫した。当時俺が十五歳の時だった。


 国家が崩壊するほどの甚大な被害は軍だけでなく、本土にまで至った戦火によって多くの民間人にも渡った。多くの人々が犠牲となり、勿論、俺の家族も例外ではなく、俺以外の全員がその犠牲者の中に含まれていた。


 父は本土決戦の日。セジリア連邦からの侵攻を食い止めるべく最前線で陸軍の一万人規模の歩兵師団を指揮していた。しかし結果は散々なもの。当時の詳しい状況は分からないが、その死因は敵国の雨のように降り注いできたP-51マスタング戦闘機による機銃掃射だったというセジリア連邦側に記録があった。あの優秀な軍人だった父が……とても呆気なく。


 母も同じく本土決戦の日。地下シェルターへ逃げ込もうとしたが、多くの人々で混んでいたせいで結果的に逃げ遅れてしまい、そこに襲来した敵国の多数の爆撃機が行った絨毯爆撃による爆風に巻き込まれてしまったと後から知った。


 そして、兄である智樹。彼も父と同じく本土決戦の日に亡くなった。陸軍の父とは違い、空軍にパイロットとして入隊していた。当日は局地戦闘機──紫電改に乗り込み、迫り来る敵国の航空機たちに果敢に立ち向かったらしい。彼が撃墜されたのは、大和帝国の首都上空で行われた大規模な空戦が開始して凡そ二十分後のことだった。しかし、たった一機で六機を相手取り見事に全て撃墜したという鬼神の如き活躍を見せた。死に際はとても鮮やかに敵機と差し違えていたと、あの空戦から生き残った元帝国空軍で同じ日に出撃していたがエンジン不良で戦闘の途中帰還していたパイロットから涙ながらに教えてもらった。



 家族全員が死んだあの日に俺が生き残ったのは、ただ単にとても運が良かっただけだった。何せ、日直係であったのが幸いし、その日の朝はいち早く学校に登校していたのだ。その地下にはシェルターがあったので、直ぐに避難する事が出来たのだ。爆撃の被害に遭わなかったのは、多くの人々で混雑していた街のシェルターに向かった母とは違い、皮肉にもとても近いところにシェルターがあって迅速に避難できた為だった。


 ……そう。本当に運が良かったのだ。ただ、通っていた学校の地下にシェルターがあったから。それだけのことだった。





 その後、大和帝国は首都が陥落寸前に降伏を宣言。建築物の殆どが半壊し、黒煙が上がっている帝都で迅速に大和帝国とセジリア連邦が講和会議をした。

 国としての殆どの機能が戦火で崩壊したため、セジリア連邦に併合されたのち大和帝国を廃して、新たにセジリア連邦領大和共和国として、徐々に復興作業を続けられた。しかし、伝統であった和風建築物の殆どが取り壊され、これまで受け継がれてきた大和独自の文化も尊厳も全て、セジリア連邦一色になって行った。


 その結果、皮肉にもセジリア連邦から様々な支援を受けながら復興を続けて、大和共和国は戦後十年後には立派な準先進国として経済成長を遂げるのである。……本当に馬鹿げた話だ。


 こうして、その地から俺は祖国であった大和帝国の面影は完全消え去り、先進的な国力を有する代わりにに実質的な大和文化の終焉を迎えた。





 戦後、とは言ってもまだセジリア連邦は他の国と戦争中で、未だに『第二次セジリア大戦』自体は終わってないのだが。俺はというと、街に侵攻してきたセジリア兵に捕まってしまった。理由は軍人の家系だったかららしい。

 捕虜として収容所に収監されたのち、街の復興作業や軍に強制される軍事訓練に明け暮れた。セジリア連邦は男の捕虜をそのまま兵士として再利用していたのだろう。何故なら自国の兵士たちより、捕虜達に戦ってもらった方が自国民の損害が少なくなると合理的だと判断したに過ぎないのだから。


 一方で俺は怒りで打ち震えていた。大和の礎だった文化や歴史、尊厳。そして何よりも多くの国民を散々踏み躙っておいてなお、敗北者である俺たち大和帝国民を利用しようと企てるセジリア連邦を。


 そして今すぐ、収容所で嘲笑や哀れみを向けてくるセジリア連邦兵達を消してやりたい気持ちでいっぱいだった。


 しかし、生きるために。亡くなった家族の意志を受け継いでいく覚悟がその逸る気持ちを抑え付け、心身ともに過酷な環境で必死に耐え忍び続けた。


 そして、いっそ兵士になるくらいなら、兄が最後までセジリアのクソ野郎たち相手に戦い抜いたあの広大な空で戦いたいと決心したのだった。




 それからまた三年の月日が経ち、俺が十八歳になった頃。1951年の6月。セジリア連邦は大和帝国にとっても宿敵だった東欧列強の一角であったシーナ王国に宣戦布告した。


 戦況は開始早々からセジリア連邦の優勢だった。破竹の勢いでシーナ王国軍を破っていく連邦軍の侵攻具合に、当時パイロット不足の理由から操縦員予備役として本国にて訓練を行なっていた当時の俺からして見ても、連日流れてくる連勝のニュースには恐れるものであった。


 ──そして初めて祖国の大和帝国はこんな超大国相手に戦って勝てると思っていたのかと逡巡した。


 以降。陸は勿論、制海権、制空権さえも掌握し進むところ敵なし状態が半年間も続き、ついにシーナ王国首都目前まで迫った時、それまで快調そのものだった戦況に歪みが生じた。それは、制空権の面で突然、連邦軍側の敗北が続いたからであった。


 その時の空戦は防衛側であるシーナ王国空軍に軍配が上がっていた。何故ならセジリアとは違い本土で戦闘をすることから、弾薬や燃料の面に心配は要らず比較的粘り強く戦うことが可能だった。また喩え堕とされたとしても脱出さえしてしまえば、そのパイロットの降下先は味方陣地内である。パイロットの補充は困難だとしても機体の補充は容易いため、まるでゾンビのように、王国空軍側は戦闘空域へと生き返ることが出来てしまっていたのだ。それに速度、格闘戦と共に優秀な戦闘機スピットファイアを主力としていたので局地戦においても油断ならない相手だった。

 一方で、当時のセジリア空軍の主力戦闘機はP-51マスタングであった。様々な面において高水準の能力を兼備していた傑作戦闘機だ。航続距離も長く、シーナ王国の首都上空での空戦でも燃料の心配は要らなかった。機体性能の面では同等かそれ以上だった。しかし、なにやら最前線で連戦続きだった熟練パイロット達の疲労が嵩んでいたことによるコンディションの面で遅れを取ってしまったらしい。


 結果、連邦空軍は想定外の損害をこの空戦で出してしまい、その影響で陸軍の侵攻の方も難攻した。


 戦争において制空権はとても重要なものだ。それはどんなに大軍で高性能な戦車部隊や装甲車による機甲師団で進軍したとしても、空を敵に抑えられていると無防備な上空からどんどんと爆弾を落とされ、ロケットを撃ち込まれ、補給路でさえも敢えなく全滅してしまうからだ。


 何をしようとも、陸戦の怪物である戦車は航空機に勝てないのだ。


 だから制空権が取られることは、そのまま自軍の戦況が悪化することを示唆しているのだ。


 制空権を依然として明け渡す様子を見せないシーナ王国軍の粘り強い反抗作戦で徐々に主力が消耗していき、慢性的な戦力不足になった連邦空軍は予備役も出動させることになった。当然、セジリアの本土の練習機での一年間という訓練で、少々不安があるものの操縦に自信が出来始めていた当時の十九歳の俺も、予備役なので母国や家族など全てを目の前で奪い去った仇敵なはずのセジリアの侵略を助けるために、急遽主力であったP-51マスタングのパイロットとして初陣を迎え、それから何度も空戦に赴くことになった。


 初陣こそ手間取ったものの、その後は安定した戦績を出せるようになった。俺があの地獄のような空戦を生き残ることができたのも、一緒に出撃したパイロットたちが様々な戦場上がりのベテランが多かったのが1番の理由だった。度々後ろにつかれて撃墜されそうになった危機も助けてもらいながら、元敵国のパイロット相手に教えてもらうのは癪だが、恥を忍んでとにかく生き残るために空戦の戦術やいろはの全てを戦いの中で叩き込んだ。後々その時のことをセジリアの奴らに聞いたら、最初は当然捕虜兵だった俺が嫌だったみたいだが、あまりにもしつこかったので渋々教え始めたらしい。が、存外に俺の飲み込みが早くて気付いた時には抜かれそうになったのでいい刺激になったとのことだった。俺もその頃になるとセジリアは嫌いだが、セジリアの人間……特に同じく下っ端である現地の兵士たちを憎めなくなってきていた。ただし上層部は別だが。


 以降は空戦にも慣れていき、優秀な大和帝国のパイロットだった兄譲りの才能があったのかは知らないが、他の奴らより敵機を撃墜出来るようになった。

 最初はイエローモンキーだなんだと俺を舐め腐り、目の敵にしていたセジリアの連中も、依然としてベテランでもいつ死ぬかも分からない熾烈を極めるシーナ王国の首都上空戦に何度も出撃して、敵機を撃墜し必ず生還してくる俺のことをその頃になってやっと認め始めた。中には俺のことを『セジリアの零戦(ジーク)』だと言うやつもいたが、単にP-51マスタングの優秀な機体性能と周りの連中の腕が良いから生き残っているだけだと内心思っている。


 ──それからというもの、空戦の度に出撃し続け、シーナ王国空軍自慢のスピットファイアを擁する局地戦闘機隊も工場が爆撃されたことにより生産が困難になり、継戦も不可能な域に達した。その後、制空権も直にセジリア空軍の手に落ち、空からの脅威が無くなった陸軍の機甲部隊も順調に首都に攻め入った。その二週間後シーナ王国の王室から正式に降伏宣言が出され、1953年6月22日のことだった。その3日後には直ぐに講和会議がされた。


 こうして、やっと『第二次セジリア大戦』が終わる頃には、捕虜兵である俺はもう立派な連邦空軍のパイロットになってしまっていた。その上、俺が度重なり過ぎた空戦で功績を挙げ続けた結果、セジリア連邦空軍のトップエースとして持ち上げられる始末だった。飛行機を操縦し始めてたった二年でここまで生きてこれたことは確かに凄いとは思っていたが、まさかそこまでとは思わなかった。


 二十歳の頃に、亡国となった大和帝国空軍の有坂(ありさか) 快斗(かいと)としてではなく、その祖国を破壊した仇敵であるセジリア連邦空軍のカイト・アリサカとして、トップガンの勲章を授与されるとは思いもしなかった。


 側から見れば、俺がこれまで送ってきたサクセスストーリーと言っても良いだろうか。どうせ多くが、良く敗戦国の捕虜から今度は敵国だった連邦の空軍のトップエースに成り上がったと、素晴らしい成功を収めた人生だと宣うのだろう。しかし、俺からしたら最低最悪の筋書きの人生だった。


 まさか自分が愛していた家族を、祖国を消した国の捕虜兵として、そのままトップエースのパイロットだなんてものに祭り上げられるとは。


 ここまでの俺の人生を言葉で形容するのだとしたら





 嗚呼、なんてクソッタレな人生だ。


 ──と、生涯言い表し続けることだろう。






 ◇ ◇ ◇


【1961年8月7日 セジリア連邦 東セジリア スベニア沖 上空約5,000メートル】



「……初めてトップガンをもらってから八年。今年で28か」


 俺ももうベテランになった、ということだろうか。



『コントラクトからスパイダー隊全機へ』


「──っ……こちらスパイダー1」


 澄み渡った雲上の空を眺めながら、国そのものを失ったあの十三年前からの記憶を逡巡していると、司令本部からの緊急無線で瞬時に曇りがかっていた頭が冴えた。


 数回瞬きをしたのち、操縦しているF-81戦闘機の操縦桿を握り締める。


 いけない。操縦中に他のことを考えるなんて。しっかりしろ。


 そうして、この後に続く本部の無線の内容を聞き逃さないように、しっかりと前を見据えた。


『……現在、スベニア沖で合同演習中だったヘイダー隊とスピア隊が、報告によると約三十機にもなる国籍不明のMiG戦闘機部隊と遭遇。交渉の余地も無く、凡そ二倍ほどの数的不利の中で交戦中だ』


「何?」


 凡そ三十機にもなる国籍不明機。それに全てが東欧のMiG戦闘機で構成されているとすると……現在セジリア連邦と冷戦状況下にある同じく大国のルシア共和国からの偵察部隊が何かか? 


『いくら精鋭のヘイダー隊やスピア隊と言えど、このままではいずれ限界が来るとこちらで判断した。格闘戦ではこちら側のF-81セイバーよりMiGの方が若干だが性能が上だ。今はまだ二隊から撃墜された味方機は確認されていないものの、いつまで持つか分からない状況だ。至急応援に向かってくれ。交戦空域の座標データを送る』


「──こちらスパイダー1。更新された座標データを確認した。ここから北北西に約50キロの空域であることから巡航速度で換算し、到着までおよそ四分ほどかかると思われるが、それでも良いか?」


『こちらコントラクト。ああ、こちらからもそちらの位置から指定した空域まで換算したが、充分間に合う筈だ。ヘイダー隊とスピア隊には無理をせず時間を稼ぐように伝えてある。これからスパイダー1はスパイダー隊を率い、指定空域まで向かったのち、奇襲により国籍不明の航空部隊を撃退。或いは壊滅させて欲しい。可能であればだが、国籍不明機の国籍を確認してもらいたい』


「こちらスパイダー1。了解した。至急応援に向かう。アウト──……聞いたかジェイク。どうやら今日はただの哨戒任務じゃなさそうだ。燃料の残量的にも巡航速度を維持して向かうぞ」


 なんとも面倒臭い要望だな。と溜息を吐きながら本部からの無線を切り、僚機たちへの無線に切り替え、二番機に乗っているお調子者なジェイクに軽口を叩いた。


《はいはい聞いてるっての隊長。どうやらまた面倒ごとを頼まれたようだが……同胞の危機となりゃ話は別だな》


「お前がそう躍起になってるのはなんか珍しいな。ジェイク」


《当たり前だ。ましてや今ヘイダー隊やスピア隊みたいな精鋭を失えば、冷戦っていう今のきな臭い状況下でこれからより一層キツくなるだろうしな》


「そうだ。今、あのエース達を失うと戦力低下は免れない。だからこれからスパイダー隊は早急に該当空域で行われている戦闘に参加し、撃退或いは壊滅させるついでに損傷している味方機が居ればそれらの撤退を支援する。それと出来れば国籍不明機の国籍も確認してくれ」


《スパイダー2。了解……軽く敵を捻ってくるか》

《スパイダー3。了解。隊長、私に先鋒は任せて下さい》

《スパイダー4。りょおかーいっ。じゃ、ウチは隊長の援護しまーす》

《スパイダー5。了解しました。僕は撤退する味方機の支援に付きます。隊長》


 それぞれ返事を聞いた感じだと、中々に個性的なメンバーだが、四人とも腕は確かだ。


「よし……だがスパイダー3。先鋒の案はダメだ。敵の数はおよそ30の大編隊で、さらに味方編隊との混戦状態が予想される。その状況で一人だけで先行するのは危険すぎだ。今回は全機で合わせて、混戦している直上から奇襲し、一撃離脱する。それで出来るだけ敵機の数を減らしてからお前の好きにしていい。スパイダー2は全機で奇襲後、直ぐに他味方機と敵機のドッグファイトに介入し、協力して敵機を撃破しろ。スパイダー4は要望通り俺の援護に回り、ツーマンセルで順次に敵機の撃滅を担当しろ。スパイダー5は戦闘により損傷している味方機の支援、撤退の援護をしてくれ」


《《《了解》》》


 そうして、編隊を組み直した俺たちはスロットル100%にして、早急に劣勢を強いられている味方編隊の援護に向かった。




 ……………………


 …………


 ……









《……にしても座標データを見る限り、他にも近海で哨戒任務に当たっている味方編隊が見当たるはずなのに、何故私たちなんでしょうか》


 味方と敵が交戦していると思われる空域まで残り1分で到着する頃に、3番機の女性パイロットのキャシーが疑問に思ったのか、独り言に近いトーンで口にした。俺がそれに答えようとすると、横槍が入った。


《おいおいキャシー。冗談で言ってんのか? そんなの決まってんだろ。たかが敵が30機だぞ。そんなの俺たちだけで充分だからだろうが》


 そんな彼女の何気ない疑問に2、番機のジェイクがいつもの調子で答える。


《ジェイク。私は確かに独り言のように吐きましたが、そうだとしても隊長に質問したつもりです。あと、慢心はやめて下さい。もしかしたらというリスクの事も考えて──》


《──えー? でもウチもそう思うんだけどなぁ》


 キャシーが敵を甘く見積もっている様子のジェイクを諌めようとしたが、そこに介入してきたのは4番機のパイロットである、普段から茶目っ気な性格の女性パイロットのナーシャだった。


《ウチらって全員が元居た部隊の上官に嫌われてここの部隊に入れられたけどその腕は確かだし。キャシーも前の部隊ではトップの戦績だったんでしょ? そこらのひよっこじゃ相手にならないっしょ。それに、こっちには四年連続空軍のトップエースに君臨する隊長もいるしねー》


《そ、それは……確かに、アリサカ隊長に付いていけばとても安心なんですが。……というか、何で前の部隊の私の戦績を?》


《そりゃ噂になってたからだよ。空軍でもエース達で構成された一○一航空隊でも一際目立つ美女パイロット! ってね。当時の私も噂聞きつけて、キャシーの評判もビジュアルも完璧すぎて敵わないなぁーって思ってたけど……ぷふっ、まさかそんなエリートが上官をぶん殴った挙げ句に異動させられてここに来るとは思わなかったなぁ》


《ははは! ナーシャに同じく。キャシーの見た目からじゃ想像の付かないじゃじゃ馬っぷりには驚いたぜ! いや、マジでさ!》


《しかも今から救援にいくヘイダー隊にそのキャシーに殴られたギャラガー大尉も居るからほんと笑えるよねぇ!》


《自分が危害を加えた相手を今度は戦場で助けるってか! くはは! やべえ! 気不味ぃよこれ! ほっんと傑作だぜ全く!》


《…………ナーシャにジェイク。僚機とはいえ、いい加減にしないとそのケツにフォックス3しますよ?》


《あ、ヤバい。ジェイク盾になって。このままじゃ後ろからミサイル撃たれちゃう》

《キャシー落ち着け。せめてぶちこむならナーシャのケツにしてくれ。俺にはまだ彼女がいねえんだ》


「はぁ……」


 全く。戦闘直前だというのになんて緊張感の無さだ。


「三人とも。キャシーを弄りたい気持ちは分かるが、戦闘前だ。集中しろ」


《そうですよ! ちゃんとし……って、ちょっと隊長!? 私を弄りたい気持ちが云々とかどういうことですか!》

《ほーい。分かったよ隊長》

《へいへい。ってか……隊長ももしかして少し混ざりたかったり?》


「…………」


《その沈黙は何ですか!? えっ……隊長!》

《ぶふっ! キャシーの弄られキャラも板に着いてきたねーっ》

《……隊長って意外とノリは良いよな》


「……いや、そういうことではないんだけどな」


《……隊長にもフォックス3しますよ?》


「──……そろそろ警戒しろ」


《あ、隊長明らかにスルーしたねこれ》

《いや、ただキャシーの威圧が怖くて話題を逸らしただけだぞ》


 いかん。俺もつい混ざってしまった。そろそろ戦闘空域だ。


「全機。見えたな。あれだ」


《うお、ごちゃごちゃだな。文字通りの混戦になってやがる。ここからじゃ誰が味方機か上手く判別出来ねえな。近づかねえと。ちょっと前から上が配備してくれたIFFっていう敵味方を識別してくれる便利なやつがあるから一応分かるが》

《隊長、どうしますか?》


 敵味方が入り乱れ、遠目からでもそれぞれの機関銃の曳光弾が四方八方へと飛んでいくのが分かる。殆どの機体がサイドワインダー(空対空ミサイル)をどうやら使い尽くしたらしい。ただミサイルの有無だけで空戦での生存率はまるで違ってくるので、こちらとしては好都合だ。


「よし。このまま速度を出来るだけ落とさずに高度を上げて、敵機に奇襲する。サイドワインダーの使用も許可する。ただし、必中だと思ったときにだけ使え」


 サイドワインダーはまだ追尾性はあるもののまだ途上の段階だ。なので、ミサイルとはいっても速度とエネルギーがある状態の戦闘機が織りなす急激な機動にはついていけないのが現状だ。よって現在の空戦も十数年経った今でも主に機関砲を使用する。


 皆もそのことを承知しているのか、直ぐに返事が返ってくる。


《《《了解》》》


 俺が機首を上げると、僚機たちも追随してくる。


「──それと各機に通達する……生き残ることを第一に考えろ」 


《《《……了解!》》》


 こうして、スパイダー隊も現地に到着。味方の支援を開始するのだった。




 ………………


 …………


 ……


【スベニア沖 同戦闘空域 セジリア連邦空軍 ヘイダー隊 隊長機 機体 F-81】


《──ギャラガー大尉! 味方からの支援はまだなのか!》


「ジョーンズ! 予定ではもう着いてる頃だ! もう少し耐えてくれ!」


《無茶言うな! こっちはもう機体制御も怪しいくらいに被弾してんだぞ! ……っくぅ! 幸い敵方のパイロットのレベルが低いから良いものの、流石にあと1分が限界ってところかっ》


「それなら上出来だ! 俺は二分耐えてみせるがなっ! ……く、また一機増えてケツに付きやがった虫が三匹になっちまった!」


 合同演習中にこんなイベントがあるなんて聞いてねえぞ畜生! 


 ……しかし、この状況じゃまともに指揮することも連携を取ることも叶わない。なんとか耐えてはいるが、機体性能はほぼ互角。嬉しいことに今回の空戦の全体的なパイロットの練度と腕はこっちが圧倒しているので、未だに一機も撃墜されていないことは流石と言ったところか。必死に敵もミサイルを発射してきていたが、あちらもこちらと同じような性能で追尾性が芳しくなかったので、容易に避けることができた。だからさっきから敵さんもミサイルが当たらないことを悟ったのか機関砲をばら撒いてくる。正直、機関砲をばら撒かれる方が厄介で危険だった。


「くそっ! 数が……多すぎるッ」


 操縦桿を握る手の力も、さっきから連続的に続く全身が急激な回避機動によってかかるGで、もはやどちはも感覚が無くなってきた。機体の方も敵機からのミサイルや銃弾を避けるために無理な機動をさせてるせいで限界も近い。殆どのフルスロットルしてるので、エンジンの熱もとても熱くなってきてやがる。限界かもしれない。


「まだ、なのかっ! ──っ!?」


 敵機の銃弾が尾翼あたりに当たったか! 


 ただでさえ負荷が掛かっていた尾翼に被弾して、更に制御が難しくなった。ちぃ! 操縦桿が重くなりやがった! 


《ギャラガー大尉っ! もうっ……オレ、む、無理ですッ!》


「──ダメだカーンズ! フラップを使って機動性を上げろ! 出来るだけ時間を稼ぐんだ!」


 普段の戦場でもお調子者な三番機のカーンズが本気で血相を変えて危機を知らせてくる。どうやら敵機にやられそうになっているらしい。


 ……って! あのバカ! あんな甘い機動したらまともに敵弾を喰らうぞ。助けてやりたいが、しかし今ここで急旋回すると追われている敵機にそのまま銃弾を撃ち込まれやすい被弾面積を晒すことになってしまう。


「……カーンズっ!!」


 間に合わねぇッ……! あのままじゃカーンズが蜂の巣に! 


《ギャラガー大尉ぃい──》



 その時。無線からカーンズの悲痛な叫びが聞こえた途端、俺はもう目を背けていた。諦めてしまった。部下が今、目の前で危機だっていうのに、俺は。

 もうダメか。そう思った時だった。




《──こちらスパイダー1。これより、スパイダー隊全機は同空戦空域での戦闘に参加する》






 誰とも知らないが、聞き覚えのある声が無線から聞こえて来た瞬間──混戦の中で三十機ほどいたはずの国籍不明機のおよそ十数機が一挙に爆散、或いは瞬時に堕とされていくではないか。


「……っ!」


 目の前で突然起きた信じられない状況に目を見張る。


 これは……上から奇襲してきたのか


 そして気付いた時には、突如現れた恐らく友軍と思われる綺麗な五機の編隊が物凄い速さで下へ通り過ぎていった。


 俺のケツに付いていた三機の敵機からの猛攻もいつの間にか収まり、ふと後ろを見ればそこに奴ら姿はなかった。

 自然と、下の方を見やると黒煙や炎上をさせて錐揉みにしながら堕ちていく敵機が見えた。


 恐らく奴らもあの五機の友軍機が片付けたのだろう。しかも、あの一瞬で。


「……な、なんなんだあいつらは。いや……そうか」


 たった五機のたった一度の一撃離脱で十数機を持っていくなんて……いや、そんな芸当やれる奴はあいつらしかいない。


《お、おいギャラガー! 気持ちは分かるがボーッとしてる場合じゃねえ! 俺らも加勢するぞ!》


 すると、二番機のジョーンズが無線越しに


「! あ、ああそうだな! ──ヘイダー隊全機へ告ぐ。これより攻勢に入る。あの五機は恐らく本部が寄越してきた援軍だ。数は少ないが、練度的には恐らくあのスパイダー隊だ」


《え、あのスパイダー隊って……キャシーが異動していった、あの空軍トップエースが居る八○八航空隊ですか!?》


「ああそうだ……俺のこと殴ったまま謝りもしてねえバカ女が居る部隊だ。それにしても良かったなカーンズ。お前はあの『ジーク』に助けられたんだ」


《……! まさかあのパイロットがトップエースの!》


「……とにかく、俺たちも体勢を立て直し次第加勢するぞ! こっちには『ジーク』率いる空軍でも指折りのパイロット達が居るんだ! ここは勝ったも同然。各機、散開! 今までのツケはここできっちりと返す!!」


《《《了解!》》》



 ………………


 …………


 ……


 奇襲は成功した。その影響か数的不利の状況で劣勢を強いられていたヘイダー隊とスピア隊の面々が立て直しつつある。こうなったらこの戦闘が終わるのも時間の問題か。


「全機、手筈通りに頼む。散開(ブレイク)


 だがウカウカしてはいられない。まだ空戦は続いているのだ。俺が無線で合図を送るとそれぞれの仕事をしに続々と編隊から離脱し、各々の戦いに身を投じていく。


「ナーシャ。奇襲して高度で稼いだこのエネルギーを維持。先ずはあのスピア隊に絡んでる五機をやるぞ!」

《はーいっ!》


 手筈通りに獲物を定め、先行する俺に四番機であるナーシャが追随する。


 一方で、獲物である敵方の五機編隊は突然空戦に乱入し、一挙に味方を十数機倒してみせた化け物ぶりを見せつけてきた謎の二機のセイバーがこちらに接近してくることを察知し、あちらも危機感を感じて同じく散開する。狙いはその得体の知れない俺たち二機の攻撃を避けるためと、少し崩れていた体勢を立て直すことにあった。


 しかし、そんな狙いは俺とナーシャからしたら小細工にもならない。


 俺は冷静に隊長機と思われる機体を、搭載されている火器管制システムのレティクル内にてロックする。


 隊長ということもあって、他の緩慢な機動をする敵機とは一味違い、こちらからのロックを簡単にさせまいと鋭く左右にロールする。


 しかし、甘い。


「フォックス2」


 そこで、敵機の尾翼付近へと機首に搭載している炸薬たっぷりな12.7mmM2ブローニング機関銃6門が火を吹き、命中させると敵機の機動性が著しく低下した。今頃、機体制御もままならないだろう。


 その結果、狙いが絞られないようにあれだけ回避行動してた敵機が火器管制システムのレティクル内に大人しく収まり、やがてロックオンする。


「AIM-9 ロックオン。フォックス3!」


 そうして射出されたサイドワインダーが敵隊長機に飛翔し、命中。爆散する。


「これで敵の指揮系統に支障が出て、更に敵機たちが緩慢な動きになるはずだ。ナーシャ、存分にやれ」


《待ってましたぁ!》


 そうして、瞬く間に隊長機を潰された影響で混乱していた四機の敵機を、俺がニ機、そしてナーシャもサイドワインダーと機関銃を巧みに扱ってニ機を撃墜。


 他の二番機のジェイクや三番機のキャシーも同じように、敵機達を冷静に掃討して、見事に空戦を支配していた。


 消耗していたヘイダー隊やスピア隊も体勢を立て直して戦線に復帰して、一挙に攻勢転じたセジリア側が順調に敵機を撃破し、ついに三十機ほどの敵大編隊の全てが撃墜された。


 こうしてセジリア連邦空軍は今日も勝利を収めたのであった。




 ◆ ◆ ◆


【セジリア連邦 スベニア空軍基地】


 セジリア連邦の北西部に位置し、スベニア沖と接する海岸沿いのスベニア空軍基地。現在、冷戦真っ只中であるルシア共和国とスベニア沖を介しての最前線の基地となっている。


 またも十数年前のあの時と同じく、在籍しているのは前線基地だ。いい加減退役して余生を穏やかに過ごしたいところだ。


「はあ……」


 まあ、軍はそれを許してくれないんだが。何せまだ敗戦国の捕虜の扱いだからな。


 と、溜息を吐きながら、機体のスロットルを下げて、滑走路の脇に停止する。それからエンジンを切り、ラジエーターも切って完全に機体の動作を停止させる。


『こちら管制塔。アリサカ空曹長。今日もお手柄でしたね。お疲れ様でした』


「……ああ、ありがとう」


『流石はジークです』


「はぁ……毎回その呼び名はやめてくれ」


『あら、それはどうして?』


「それはまあ……なんとなくだ」


『ふふ、分かりました。アリサカ空曹長。あと申し訳ありませんが第二格納庫前までお願いします』


「……了解」


 またこいつか。この基地に来て以来、この謎の管制官に妙に絡まれる。声からして女性だろうが、いかんせん毎回絡みがウザったらしい。


『ああそれと、この後戦勝会が第一食堂で行われるみたいですよ』


「……そうか」


『主役は勿論、空曹長だと話は聞いています』


「今日の空戦だって、今さっき起こった出来事だっていうのに、帰った途端パーティか。ハッ……これまた随分と用意周到だな」


『まあまあそう言わずに。ですが実際に空曹長……あなたが出撃した空戦は負けた事がありませんからね。誰かが事前に戦勝会の準備をしていたのでしょう。それになぜ皆があなたを主役だと言うのか……それは、これまで数多のセジリア連邦空軍のパイロットを救われたからです』


「残念ながら、それは勘違いだな。本部に命令されたから戦いに参加して結果的に勝利を収めたに過ぎないし、正直言っても俺だけじゃなく、他の腕利きなパイロットたちが居たから勝てたからに過ぎない。空戦に絶対ってもんはねぇんだよ。それに……俺は自主的にセジリア人を助けた訳じゃねえ」


『……重々承知していますよ。あなたの祖国であった大和帝国を侵略し、挙句に崩壊まで追い込んだセジリア連邦を憎んでいることは』


「……」


『──それでも、私はあなたが……セジリア空軍のトップエースであることを誇りに思っています』


「……聞いて呆れるな。セジリア空軍のトップエースが元敵国の人間とか。世界最強の空軍とか言われてる割には、ここのパイロット達も随分と堕ちたもんだな。それにセジリア人はほんと面倒臭い奴らばかりだ。なあ? 管制官A」


『ふふっ。ええ、全くです』


「……アンタもセジリア人だろうが。というかあんたに言ってんだけど」


『存じていますよ。それに、セジリア人は自由ですからね。その分、あなたのような真面目な方は希少ですから。私も管制官を名乗ってはいますが、普段は休暇をどう過ごすかという不真面目な事ばかり考えていますからね。なのであのトップエースにここのパイロットの腕は堕ちたとか、私を含めてセジリア人が面倒臭い奴らだとか、そんな事実を突きつけられては何も返す言葉が見つかりませんよ』


「はっ……全く。パイロットもそうだけど、管制官もこの体たらくじゃいつ死んでも可笑しくねえな。仕事のこともちっとは考えたらどうだ」


『はい。申し訳ありません。ですが……それが空曹長の素なんですね。やっと見せてくれて私は嬉しいですよ』


「……っ! チッ。今日はどっかの管制官のせいで気分悪いから戦勝会は出席しないと言っておいてくれ」


『それはまた残念ですね』


「ふんっ。──こちらスパイダー1。通信を切る」


『ふふ。はい。お疲れ様でした。スパイダー1』


 それから、少々気を立たせながら通信を切り、キャノピー開けてコックピットから出ると、整備員たちが駆け寄ってくる。


「──お! 英雄のお通りだぞ!」

「よくやったぞ『ジーク』! 話は聞いてる!」

「俺らが責任を持ってお前のセイバーを完璧に仕上げてやるからな!」

「次も頼んだぞ『ジーク』!」

「どうやらまたやってくれたらしいな! トップエースはちげぇなあ」


 また鬱陶しいのが始まった。


 というか『(ジーク)』なんて名前一体誰が付けやがったんだ。


「はいはい。ありがとう。てか気安く触るな。お前らは俺より階級下だろうが。分を弁えろよ」


「いや、なんか確かにトップエースだけど、空曹長って柄でもないじゃん?」


「……はぁ」


 それに、なんで俺には威厳が無いのやら。一応、身長は170後半で平均くらいで、旋回や上昇したりすると襲いかかってくるGを耐え切れるように死ぬ気で鍛えているので、筋肉もあると思うのだが。


「……顔、か?」


 やはり、顔なんだろうか。よくここの奴らに子供っぽい顔だの揶揄われているから、可能性としてはあるな。


 その後、適当に生意気な整備員たちと別れて、戦闘報告するために司令官室まで歩いていく。


 道中でも、あの整備員と同じように口々に「よく敵にぶちかましてくれた!」とか「流石はトップエース様だ」とか要らないヨイショをされる。嬉しいのは嬉しいのだが、こちとら数時間も飛行してて疲れてるんだよ。ほっといてくれ。


「……それにしても。あの管制官」


 女性だということはわかる。それに中々食えなくて、少し気に障るような人間だということも。


 毎度毎度、俺に深く関わってくる意図はなんだ? 


 良く俺は噂を聞きつけて、単純に握手をしに来る奴とか、茶化しに来る奴は居るが、少なくともこれまでの彼女の口振りからはそのような意図は感じられなかった。


 彼女のあれは……純粋に興味を持たれているような。はたまた何か俺にして欲しいことあって、それで関わって来ているような。何にせよ、会ったことすらないからな。真相は闇の中だ。


 と、考え事をしてるうちにここのボスが居座る部屋に着いたようだ。


「……バンリー中将。アリサカ二等空曹です」


 ──入れ。二等空曹。


「失礼します」


 入室すると、机に右肘を付いて葉巻を吸い、一際豪華な刺繍がある軍服に身を包んだ、中肉中背の男性が座っていた。

 彼はバンリー中将。これまでの様々な戦争の最前線で指揮を執り続けて、勝利を収めてきた正しく連邦軍の真打とも言っても良い名将だ。歳は五十代後半と聞いたがその身体は一般と比べてかなり若々しく見受けられる。


 そして、その側に佇むのは秘書でありながら、俺より階級が上な一等空曹の階級証が刺繍されている軍服に身を纏った女性だった。彼女の名前はシルビィ一等空曹。俺はシルビィさんと呼ばせてもらっている。身長は俺と同じくらいの170後半で、女性としてはかなりの高身長だ。今は秘書をやっているが時たまパイロットとしても活躍している。それを証明しているのか、確りと地に足を着け、天井へとすらりと伸びている背から見るに、かなりの体幹の持ち主であることがわかる。暫く出撃していないらしいが、いつ出撃してもいいように相当鍛え込んでいるようだった。


「報告か。アリサカ」


「は」


「それなら問題無い。既にその全容はシルビィから聞いている」


 お、じゃあ帰れるな。さっさと退散するか。


「そうですか。それなら私はこれで失礼しま──」

「──まあ待て。まだ話がある」


 こちとら出撃した後で疲弊してんだよ。


 そんな俺の事情を知ってか知らずか、側に控えているシルビィさんも苦笑いだ。


「……」

「そんな仏頂面されてもな。頼むから少し時間をくれ」

「申し訳ありません……それで、話とは」


「先程、本国の本部から入電が来てな。『カイト・アリサカの多大な功績を鑑みて、貴官を捕虜兵から完全なセジリア連邦の国籍を与えようとしている』だ、そうだ」


「……私に、国籍ですか?」


「ああ。どうやらこれは政府からのお達しらしい。君の卓越したパイロットとしての能力とどんな機体でもその性能を最大限まで引き出すことが出来る神懸かり的な操縦スキルが認められたんだ。それに、私個人としても数年前から思っていたのだが、君のような優秀なパイロットが何故長年の捕虜兵のままだったのか不思議でならなくてね。正直、この案が可決されれば私としても嬉しい限りなんだがな」


「……いえ。これまでの成果は空軍の全体的な練度が高いので、それに比例し多くの能力が高いパイロットたちの助けがあったからです。そして、私はその上で運良く功績を残すことが出来ただけのこと。それでお言葉を返すようで失礼ですが、私の他にも捕虜兵でありながら一定以上の戦果を残しているパイロットは沢山いるはずでは?」


 そんな俺の問いに、今度はシルビィさんが答えてくれる。


「それに関しては今でも議会で論議されているらしいです。今回の空曹長に国籍を与える措置が行われたことをきっかけにして、『第二次セジリア大戦』が終わり、冷戦になっている現状況下でなおも空軍に貢献してくれている捕虜兵たちに厚遇をするべきだと。ですが、現在意見は真っ二つに割れており、速攻に厚遇措置を与えるのは厳しそうなんです。ですが、その意見に反対している議員たちもあなたなら良いとのことで、賛成しているそうです」


「……何故私だけなんですか?」


「知らないでしょうが、本国では空曹長はすっかり英雄として名が知られています。理由の多くは、八年前に終戦した第二次セジリア戦争を機に空軍を退役していった多くのパイロットたちが、あなたのことを身近な人だけでなく、ドキュメンタリー番組に出演してでも話したからだそうです。その結果、多くのメディアに『祖国を奪われた捕虜兵なのに二次大戦中も、後の冷戦の最前線にも立って連邦のために戦い続けているエースパイロット』だと大々的に取り上げられて、今や多くの国民たちがあなたに国籍を与えるべきだと政府や空軍に抗議している状態にあるんです」


「……そこまでして、私に国籍を与えるメリットは?」


「今、ルシア共和国と我が国は対立を深めている。冷戦などいうがほぼほぼ戦争状態に近い現状が続いているのだ。その為、情報統制が敷かれている中で現在の戦況を詳しく知らされていない国民たちは、一抹の不安を抱えながら日々を過ごしている。ましてや、息子や夫が出征しているのなら尚更だ」


「……」


 なるほど。そういうことか。


 バンリー中将が言いたいことはそこで既に察する事ができた。


「君には大恩がある。我が国の最前線の空域で敵国のベテランパイロットの餌食になるはずだったまだ戦中だった約十年前の若きルーキーのパイロットたち。その中に君もいたが、君の並々ならぬ空戦のスキルでたちまち救い、当時のベテランパイロットでさえも助けられた。また任務に対するその忠実な姿勢は周囲にもとても良い影響を与えた。そのおかげで当時のルーキーたちは皆、今は晴れて主力のパイロットとして戦えているし、当時の多くのベテランパイロットたちが無事に生還できた。また君が今、制空権を取り続けているお陰で、領空は守られ、陸軍や海軍は空からの脅威に怯えずに存分に任務をこなすことが出来ている。アリサカ二等空曹。改めて礼を言うよ。君がこの国にいてくれて感謝しても仕切れないほどに、感謝している」


「中将からお褒めに預かり、恐悦至極であります」


 長い前置きと共に仰々しくも座りながら頭を下げてくる中将に、俺も事務的に聞くものによっては心のこもってない平坦な声色に聞こえるように返した後、敬礼をする。多分、側で立っているシルヴィさんもそんな俺の明らかに不機嫌さを薄々勘づいていると思う。


 そこで中将はこれまでの諭すような口調を止めて、「ここで話は戻るのだが……」と、一挙に視線を鋭くし、威厳のある声色でこう言い切った。


「──君には正式にセルジア連邦の国民の一人となってもらい、さらには不安の渦中にいる大統領を含めた官僚たちと国民たちの光に。セルジア連邦の英雄になってもらいたい」





 ──言い換えるとするならば、彼は無慈悲に言ったのだ。この国の礎になれと。

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