その2
妹はソファーで震えながら母の胸に顔を埋めていた。原因が何か分かるまでは外には出られない。
「食べ物はあるの?」
「3日くらいは料理できるわ。」
私の問いに母が答えた。
「今日大事なプレゼンがあったんだが、それどころじゃないな。」
父は苦笑いしながら、腰を下ろした。しかし落ち着かない様子で足を揺すって床を鳴らしていた。
テレビから不快な音が鳴り、緊急速報というテロップが映し出された。ガスマスク姿のニュースキャスターが、震える手で原稿を抑えて話し始めた。
「お伝えしております、人々の突然変異の原因が分かりました。変異した人々を検査した結果、インフルエンザウイルスが体内から検出されました。インフルエンザウイルスが赤い月の光に照らされることにより、人々の姿形を変化させているとのことです。尚、赤い月の原因は現在調査中です。」
…誰でも知っているウイルスだった。私たち家族は驚いて言葉が見つからなかった。
「只今入ってきたニュースをお伝えします。インフルエンザウイルスによって変異した人が、家族を殺害するという事件が起こりました。変異した人々は、言葉を失い、凶暴化する傾向にあるとのことです。現在、姿を確認できている変異した人々について、警察が保護するためのパトロールを開始したとのことです。赤い月が沈むまで、皆様外には出歩かないようにしてください。」
しばらく続いた沈黙の後、父が口を開いた。
「俺のこの髪は感染してるってことかなぁ、あっはっは…」
場の空気を変えようと思ったのか、父は自分の白髪頭を指差して、下手に笑った。母は怒りで顔を赤くして、ソファーにあったクッションを父に投げつけた。
「そんな冗談、全然面白くないわよ…!!」
母は妹の頭を撫でた。
赤い月が沈むまでの辛抱だ。私はキッチンへ行き、コップにお茶を注ぐと一気に飲み干した。