第79話 言葉
それから数日ほどは、報道の内容はパリの被害についてだった。
対岸の火事のごとく、なんの被害も被っていない報道番組は、このパリの凄惨な出来事を過剰なまでに取り上げる。
そしてそれは、自称平和団体の活動を活発化させるに過ぎなかった。
平和団体の行動は世界各地で巻き起こり、アメリカのワシントンD.C.では暴動にまで発展する。
そしてその影響は日本にも及んでいる。
日本では渋谷のスクランブル交差点で平和維持活動と称したデモ行進が行われ、日本各地の主要都市では駅前でレッド・フリートの行ったことに関して、「間違った方法」と紹介されている。
もちろん、これはほんの一部の狂信者が行っていることに過ぎないが、こういった過激な画というのはいつの時代の報道社も狙ってほしい物なのである。
さらに状況が悪くなることがある。それは、黒島や後藤の家、また学校にマスコミ関係者や平和の使者を名乗る一般人が押し寄せることである。
仮にも彼らは一般人であり、このような行為がエスカレートする場合には、黒島たちに身の安全は保障されない。
そんな中、一本の電話が入る。
『もしもし、公安の山本だ』
「あぁ、あの時の」
『今新聞を見ているのだが、大変なようだな』
「えぇ、まぁ。それなりには」
『このことに関して、非公式ではあるものの、総理も苦悩されているらしい』
「はぁ、それはどうも……」
『そこで一つ提案なんだが、茨城県警の警察官を学校や君たちの家に配置するのはどうかと打診を受けている』
「それっていわゆるボディーガードですか?」
『そういうことになるな』
「……自分一人では決められないので、相談してからにしてもいいですか?」
『かまわないよ』
そういって一度電話は切れる。
その後、親や学校と相談した結果、ボディーガードをつけることになった。
それからしばらくは、家や学校の前で平和団体が抗議のために大声で叫ぶなどの行為を繰り返すなど、しばらくは警察との衝突寸前になることもあった。
そんな中、黒島は精神的に参ってしまう。
それはこれまでにない、人類を守る責務と実際にはうまくいかずに責任を押し付けられたストレスが重なりあうことで起きている。
さらに悪いことに、ストレスによって、一種の睡眠障害も発症してしまう。
これは少なからずも後藤もそうである。
幸いだったことは、黒島や後藤の身の回りには、これを理解してくれる人間が大勢いたことだろう。
「黒島、今日も顔が悪いぞ」
登下校の途中、黒島の友人が話しかけてくる。
「あ、あぁ。最近寝れてなくてな」
「あの平和団体とか自称している奴らだろ?ああいう奴らはまず自分が戦場に行ってみろって話だよな」
「それもそうだけど、俺が悪いんだ。人類を守れない自分が……」
「黒島ぁ。そうやって自分を責めたところで何にもなんないぜ?もっとシャキッとしようぜ?」
「あぁ、善処するよ」
そういって、黒島は今日も学校へと向かう。
学校の前には相変わらず平和を自称する市民団体が列をなしていた。
「この学校にいる生徒の一人がパリを壊滅的な状況に追い込んだ!これもそれも宇宙人と結託して戦争を行っているからだ!唯一の解決方法は人類が完全に武装解除し、宇宙人の侵略を受け入れること、ただ一つ!」
そんな荒唐無稽な言論を振りかざしている横で、黒島は学校へと入っていった。
その日は偶然にも、廊下で後藤と鉢合わせする。
「あ、後藤……」
「おはよう、黒島君……」
しばしの無言。
しかしそれを破ったのは後藤だった。
「あの、今日の昼休み、空いているかな?」
「あ、あぁ。大丈夫だが」
「じゃあさ、屋上に出る扉まで来てくれるかな?」
「……分かった」
黒島は後藤が真剣なまなざしで話しているのを感じた。
昼休み、黒島は屋上に出られる唯一の階段を上り、扉の前に行く。
そこにはすでに、後藤が座って待っていた。
「あ、黒島君」
「よう。どうしたんだ、急に呼び出して」
その黒島の言葉をさえぎるようにして、後藤は黒島に抱きついた。
「なっ、後藤!?」
「少しこのままにさせて」
そういった後藤の声は少しうわずっていた。
なんとなく心情を察した黒島は、そのまま慣れない手つきで、後藤の黒髪をなでる。
そのまま少し時間が経過した。後藤はゆっくりと黒島から離れる。そして静かに話し始めた。
「パリでの戦いのあと、いろんな人が家に来たの。マスコミや市民団体とか言って家に押し入りそうになって。その時思ったの。すごく怖いって。私から飛び込んだことなのに、こんなにも恐怖で押しつぶされそうになっている。どうしたらいいのかな……」
かなり真剣な悩みである。これを解決できる手段を黒島は持ち合わせていない。
その時だった。
黒島のスマホがなる。
黒島はスマホを取り出してみると、そこにはレイズ一同がいた。
「悩んでいますね、青年たち」
「どういう立場ですか、レイズさん」
「そんな悩める子羊たちに教えを授けましょう」
「キャラブレブレじゃないですか」
そんな黒島のツッコミを無視して続ける。
「いいですか、まず大多数の人間は声をあげません。今の自分の立場に満足しているからです。そして好意的な声をあげる人は強く主張しません。この時点で99%の人間が現状に満足していると思っています。そして残りの1%が反対の声をあげるのです。お二人は1%の人間に対処するのではなく、99%の人間に向き合うべきです」
その言葉に、黒島たちは何かを感じる。それは向き合うべき人間を変えるということ。
「そうだ。人類全員を守るという目標はいい。しかし人類すべてと向き合う必要はない。向き合うべき人間は絞ってもいいのではないかね?」
その言葉は、黒島にとってみれば、目からうろこといったことだろう。
「それにさ、いつまでも過去のことでクヨクヨするのはいけないぜ?宇宙ってのは常に動いているんだ。しかも過去には戻らねぇ。それと同じように、過去ばっかり気にしてないで、未来に向かって動いたほうが色々と得だと思うぜ」
ロビンらしからぬアドバイスである。
「大丈夫。あなたたちは強い。それは私が保障する。あとはどうやって実行に移すかだけよ」
レッド・フリート全員からのエール。
それだけでなんだかすっきりしたような気分になる。
「ありがとうございます。レイズさん。なんだか憑き物が落ちた気分です」
「私たち、ちゃんとやれているんだよね?」
「そうそう。あなたたちは立派にやっています。私たちはそれを保障しますよ」
そういって、レイズは黒島たちを褒めたたえた。
本日も読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ、下の評価ボタンを押していってください。また、ブックマークや感想も随時受け付けています。
次回もまた読んでいってください。




